第56話 後ろ盾
「あの依頼はあなただったんですね。グラハム伯」
僕の問いに、当のグラハム伯の返事はつれない。
「依頼は知らんな。レッドジャイアントを2人で狩ってきた冒険者夫婦がいるという噂を聞いただけだ」
「噂ですか」
「そう、噂だ。ギルドは秘匿しようとしていたようだが、レッドジャイアントの巨体を街に持ち込んでおいて誰にも知られない事を望むというのは、いささか虫が良すぎるというものだ」
僕もそれは思わないではなかった。ただ僕たちと関連付けられなければそれで良いくらいに思っていたのだけれど、さすがに世間の目はそこまで逃がしてはくれなかったらしい。
「それでも誰かが狩ってきたってだけですよね。ギルドにも別にレッドジャイアントを狩ったことそのものを秘匿してくれとは言ってませんし」
そう答える僕にグラハム伯は、まるで頭痛の頭を押さえるようなしぐさをしながら
「お前たちは自分達がどれほど目立つ存在なのかを自覚したほうがいいぞ」
こんな事を言う。
「目立つ。僕たちが。ですか」
僕はミューを見て、ミューも僕を見て、2人そろって首をかしげて
「あたしたちの、どこが目立つっていわれるんですか」
ミューが先に聞いた。僕も頷く。それに対してグラハム伯は大きな溜息を吐き
「本当に気付いておらんのだな。まず見た目だ。お前達は、その外見を当然の属性としているようではあるが、相当に整っているからな。スタンピードの際の祝賀パーティーで有力者の娘たちがファイに群がったのは英雄の血だけが理由ではないぞ。そのファイの横に並んで見劣りしないミューもな。そして実力。冒険者登録を7級で行ったと言ったが、たった2人でレッドジャイアントの討伐を成功させる7級冒険者などおらんわ。そして実力にともなう物腰。その若さでそれだけのオーラを纏う落ち着いた物腰。スタンピードを抑え切り、曲がりなりにも有力者の権謀術数の洗礼を受けたお前たちは既に感覚が1級冒険者を超えている。目立たず、力を蓄えるというのであれば、その一般冒険者との感覚のズレを意識したほうがいいぞ。つまり、それほどに目立つ2人が持ち込んだレッドジャイアント討伐を他の誰かがやったことにするというのは無理があったということだ」
僕もミューも言葉を失ってしまった。かなり気を使っていたつもりだけれど、それでもまったく不足だと言われたのだから。そしてグラハム伯は続けた
「目立つことを避け、じっくりと力を蓄える。それも1つの方法であることは確かだ。しかし、もう1つ方法がある」
僕とミューは目を見張った。
「もう1つの方法ですか」
グラハム伯が頷き
「もう1つの方法とは、最初から後ろ盾を持つことだ。ある程度以上の権力と世への影響力を持つものを取り込み後ろ盾とする。そしてその庇護のもとで一気に力をつけるのだよ」
「し、しかし、今の僕たちは犯罪者ということになっています。その後ろ盾になるというのはリスクが大きいのではないでしょうか。それに僕たちとしても信頼できない人を後ろ盾にするわけには」
「おや、今の君たちはハモンド夫妻ではなく、新人冒険者のファイとミューではなかったのかな。それに信頼の部分もおそらくは問題ないだろう」
グラハム伯は続けた。
「俺が後ろ盾になろうと言っているのだよ。ちょうど力のある人間も欲しいところだったしな」