第5話(2) 練習試合 VS常磐野学園戦 前半戦
翌日の土曜日、昨晩の雨が嘘のように晴れました。試合会場である市民サッカー場に到着した私たちは、ユニフォームに着替え、早速ウォーミングアップを始めました。皆、強豪チーム相手と言っても変な緊張は見られず、それぞれ良い動きを見せています。特に竜乃ちゃんは元気一杯です。
「ふん……竜乃のやつ、もっと緊張でガチガチになるかと思ったのに」
「……」
「桃ちゃん?」
「あ、ご、ごめん、ちょっと考え事していて」
「今日のフォーメーションのこと?」
「いや、そうじゃなくて……あ、出てきたよ」
今回の対戦相手、常磐野学園のCチームがロッカールームからピッチに入り、アップを始めます。Cチームと言っても、Aチームとユニフォームが変わるわけではありません。シンプルな緑色のシャツに、白色のショーツ。これまで雑誌や映像などで、散々目にしてきた絶対女王のユニフォームです。
「風格あるわねって言いたいところだけど……背番号が皆大きいわね。40番台がほとんど。本当にCチームなのね、まあそれでも人数ギリギリのうちよりは格上よね」
「なんだ~?ピカ子、もしかしてビビッてんのか?」
竜乃ちゃんが聖良ちゃんをからかいます。
「別に今更ビビりはしないわよ。ただよく試合を受けてくれたなって話」
「元々別の対戦相手を予定していたみたいだけど、それがキャンセルになったみたい。そこにうちから話があって、折角会場も抑えていたから……っていう流れみたいだね」
「なるほどね。幸か不幸かって感じもするけど……あ、スタンドにも何人か人がいるわ、向こうの関係者かしらね」
そんな話をしている内に、試合開始時間となりました。私たちは各々のポジションへと散らばりました。
「キャプテン……」
「人事は尽くしました。後は天命を待つのみです」
ピッチ脇で、キャプテンとマネージャーが何やら話をしています。聞こえませんが、内容は何となく想像はつきます。ピッチ中央の主審が手を上げて笛を吹きました。いよいよ試合開始始、キックオフです。
『○年度練習試合 対常磐野学園』 日付:4月○日(土) 天候:晴れ 記録:小嶋美花
基本フォーメーション
常磐野学園
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| 青木 | 池田 |
| 金子| 趙 |
| 斉藤 中野 | 武 脇中 |
| | 松内 |
|村上 福田 原田| 永江|
| | 桜庭 |
| 後藤 田村 | 龍波 丸井 |
| 岡本| 姫藤 |
| 西村 | 緑川 |
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仙台和泉
常磐野学園(以下常磐野)は4-3-3システム(※DFを4人、MFを3人、FWを3人並べたシステム)の発展形、4-1-2-3。4人のDFと中盤の間に1人アンカーを配置。仙台和泉(以下和泉)はオーソドックスな4-4-2。4人の中盤をダイヤモンド型ではなく、お椀型に並べた形。
【前半】
1分…和泉のキックオフでスタート。DFラインまでボールを下げて、池田が斜め前方にロングパス。姫藤、走りながらこれをトラップ。
姫藤がスピードに乗って切り込む。「バイタルエリア」と呼ばれる、ペナルティーエリアと相手中盤の間に存在する守備側にとっては危険なゾーンに侵入する。
「こっちや!」
「よこせピカ子!」
姫藤の左右を龍波と武が並走する。パスかどうか、常磐野学園DF陣に一瞬の迷いが見られた。姫藤はその隙を逃さず、右足を振り抜いた。ゴール右に低く飛んだボールは、常磐野GK村上が弾き出して、ゴールラインを割った。CKコーナーキック獲得、和泉にとっては、いきなり最初のチャンス到来である。
2分…和泉の右からのCK。キッカーは緑川。常磐野のDFは、長身の龍波と武を警戒。
最初のセットプレー(コーナーキックやフリーキック、ペナルティーキックのこと)を獲得しました。蹴るのはキャプテンです。右サイドから左足で蹴るため、ボールが相手ゴールに向かっていく、いわゆる「インスイング」のボールを蹴れます。和泉はほとんどの選手が敵陣に上がりましたが、私と池田さんは相手のカウンターを警戒し、自陣に残りました。
「9と16、注意して!」
相手のGKが指示を飛ばします。竜乃ちゃんと秋魚さんが警戒されています。キャプテンがキックの助走に入ります。竜乃ちゃんたちはニアサイド(ボールに近い側)に走りよります。常磐野DFもついていきます。しかし、キャプテンは直接ボールを放り込みませんでした。近くの松内さんに短くパスを出します。ショートコーナーです。常磐野の選手もすぐさま体を寄せますが、松内さんは右足ダイレクトで蹴りこみます。ボールは選手の密集するニアサイドではなく、ファーサイド(ボールから遠い側)に飛びます。そこにはフリーになった脇中さんが待っていました。そして放たれたヘディングシュートがゴールネットを揺らしました。和泉先制です!先手を取ることが出来ました。私はその場で小さくガッツポーズを取りました。
4分…和泉、姫藤、サイドから中央に切り込む。常磐野アンカー福田が寄せる前に浮き球のパスを選択。相手DFラインの裏を取った武、ワントラップして左足でシュートもクロスバーの上を越える。
7分…和泉、敵陣内で桜庭がボールをカット。趙に繋ぐ。趙、中央に切り込むと見せかけて、外側を走る池田にパス。池田スピードに乗った状態で相手の左SBサイドバック青木を振り切ってペナルティーエリアまで侵入。短く左に横パス。走りこんだ趙、左足インサイドで狙うも、シュートは常磐野キーパー村上の正面を突く。
狙い通りに先制点を奪えた私たちは、その後も優勢に試合を進めていました。すると……
「貴方たちいい加減目を覚ましなさい‼このままだと全員冬までスタンド観戦よ!」
常磐野ベンチからコーチの怒号が飛びます。スタンド観戦=大会メンバー外ということです。格下と思っていた相手に、開始10分まで良いところ無しという状況は、いかに練習試合といえども、強豪チームとしては許されないことなのでしょう。この檄をきっかけに、常磐野メンバーの目の色がガラッと変わりました。そこから試合の様相が一変します。
12分…常磐野、斉藤からのロングボール。原田が脇中に競り勝ち、落としたボールを中野がシュート。永江が弾いて、常磐野CKのチャンスを得る。
13分…常磐野、左サイドからのCK。中野の蹴ったボールはニアサイドへ。走りこんだ原田が頭で後ろに逸らす。中央で待っていた後藤のヘディングはクロスバーを叩く。
16分…常磐野、岡本が後ろに下げて、西村が右から左へ大きくサイドチェンジ。左ウィングの金子がキープ。後ろから攻め上がってきた左SBの青木へスルーパス。青木のクロスに中央で田村が合わせるが、丸井がブロック。
俄然動きの良くなった相手チームに対し、私たちも反撃を試みます。
18分…和泉、桜庭からのパスを受けた趙、カットインしシュートを狙うも阻止される。
19分…和泉、池田のパスを松内、ダイレクトでスルーパスを武に通すが、オフサイド。
相手のDFラインが落ち着きを取り戻してきたため、こちらはシュートまで持っていくことも難しくなってきました。
21分…和泉、緑川の左後方からのやや低い弾道のロングパス、バウンドが伸びたが、常磐野DFラインの裏で上手く受けた武、右サイドからクロスを送る。
秋魚さんが右サイドでキープします。軽いフェイントを入れて、逆サイドに緩やかなクロスを上げます。そこにはフリーになった竜乃ちゃん。思えばこの一週間、ミニゲームを中心にマネージャーが撮影してくれていた練習風景を映像で再三確認し、試合へのイメージトレーニングを重ねてきました。その効果でしょうか、強豪チームのマークを外して、良いポジショニングを取っています。和泉にとって久々のチャンス到来です。
「もらっ……どぉあ⁉」
シュートをダイレクトで撃とうとした竜乃ちゃんですが、昨晩の雨の影響でしょうか、やや滑りやすくなったピッチに足をとられ、体勢を崩してしまいました。何とか放ったシュートは完全に当たり損ねで、ボールは大きくゴールから外れてしまいました。竜乃ちゃんはピッチを手で叩いて悔しがります。
24分…和泉、桜庭から姫藤へのパスが福田にカットされる。常磐野のカウンター。福田→田村→原田と繋ぎ、DFライン裏に中野が走りこむ。
パスカットから素早く繋がれて、あっという間にバイタルエリアまで攻め込まれてしまいました。相手FWが少し下がってボールを受け、すぐさま反転し、相手の左サイドから中盤の選手が私の後ろ側に向かって対角線上に進む、いわゆる「ダイアゴナルラン」の動きを見せます。そこにスルーパスが出ます。しかし、パスの勢いは若干緩めでした。カット出来ると思い、足を伸ばした次の瞬間……
「!」
私は濡れたピッチで滑ってしまい、ボールを奪い損ねてしまいました。こぼれたボールを拾った相手選手が前に出てきた永江さんの位置をしっかりと見極め、左足で難なくゴールに流しこみました。これで同点、私のイージーミスで追いつかれてしまいました。
「ドンマイ。切り替えましょう」
キャプテンや皆がそれぞれ声を掛けてくれました。私は黙って頷きました。しかし、ここから相手の攻勢はどんどん強まってきました。
26分…常磐野、左サイドのスローインから青木がアーリークロス(※早いタイミングの、浅い位置からのクロス)を上げる。右サイドから中央に入ってきた岡本が頭で合わせるも丸井が体を寄せたため、ボールはジャストミートせず、ゴール左に外れる。
29分…常磐野、斉藤から原田を狙ったロングパス。脇中が競り勝つもセカンドボール(※こぼれ球)を中野に拾われる。中野の横パスを受けた福田。そのまま攻め上がってシュートを放つが、ボールはゴール右に外れる。
30分…和泉、永江のゴールキック。龍波が競り勝つも、ファウルの判定。常磐野の素早いリスタート(再開)、後藤→福田。福田から速い縦パスが入りバイタルエリア付近でボールをトラップした原田、振り向きざまに強烈なシュートを放つもキーパー永江の正面。
(この試合は35分ハーフ。練習のミニゲームなどでは、実質30分ハーフで行ってきました。体力面でやや不安が残りますが、この後の5分間をなんとか凌げれば…)
緑川が思考を巡らせる。ただ、局面打開の有効策が急に出てくるわけではない。
31分…松内のパスが相手CBセンターバックにカットされる。再び常磐野のカウンター。中野が金子に預ける。金子がキープしている間、中野がその外側を回り込む。そして中野へのスルーパス。中野は池田の猛追を受けながら、ほとんど滑り込みながらクロスを中央へ上げる。右ウィングの岡本が飛び込む。
相手選手の左サイドからのボールは低く速く、かつ鋭い弾道でした。相手が触ったら即ゴールに繋がるような質のボールでした。私の後方から相手の右ウィングの選手が、私の前に出てボールを押し込もうとします。私もそうはさせまいと必死に体を寄せます。結果、私の伸ばした足のほうが先にボールに触れました。しかし、結果は最悪のものでした。私が相手と競り合い、必死にクリアを試みたボールは自陣のゴールへと吸い込まれていったのです。これで1対2。相手の逆転です。記録は私のオウンゴール……。体を大の字にして倒れこんだ私は、しばらく起き上がることが出来ませんでした。
「気にするな、今のはトライにいった結果だ。しょうがない」
そう言って、永江さんが私を引き起こしてくれました。しかし悪いことは続くものです。
34分…常磐野、右サイドで持った岡本がキープ。その後ろから西村が猛然とオーバーラップ。西村の動きを囮に使い、岡本短く中央に浮き球パス。2列目から飛び出してきた田村がボールをキープする。
右サイドからもっと長いクロスが入ると思っていただけに、短めの浮き球は予想外でした。中盤の選手が前線に飛び出してボールを受け、ペナルティーエリアに侵入してきました。慌ててチェック(体を寄せ)に行った私は簡単にかわされそうになってしまいます。このままではマズいと思った私は、思わず相手選手の肩を掴みながら、ボールを獲りに行ってしまいました。倒れこむ相手の選手。主審は笛を鳴らし、ペナルティースポットを指差します。最悪です。ペナルティキック(PK)を与えてしまいました。呆然としていた私にキャプテンがなにやら声を掛けながら、ペナルティーエリア外に誘導します。そこから先のことはほとんど覚えていません。相手のFWが蹴ったPKは永江さんの逆を突いてゴールイン。これでスコアは1対3。強豪相手に2点のリードを許すという最悪の展開です。そこから数十秒、あるいは数分経ったのか、もう私には分かりませんでした。気が付いたときには、前半終了の笛が鳴っていました。10分間のハーフタイムです。
<和泉ベンチ>
皆、私にどう声を掛けていいか迷っているようでした。その場に居たたまれなくなった私は
「顔を洗ってきます…」
と言って、洗面所に向かいました。顔を洗った後も、しばらく頭を上げることが出来ませんでした。どうしてこうなってしまったのか?緊張?重圧?不慣れなポジションだったから?心の中で自問自答を繰り返します。そんなところに……
「なんて顔してんのよ」
私が声のする方へ顔を向けると、そこにはある人物が立っていました。
「ヒカルさん……」
「昨日ウチに言いたい放題言ってくれた顔とは随分違うじゃない」
私はつい昨日あったことに思いを馳せました。