第二話『過去の記憶、救世の勇者伝説』
……エリシャと冒険の日々を過ごす中で、一人また一人と仲間ができていった。
全員で力を合わせて数多の強敵を倒し、勇者一行として名声を得ていった。その勢いは各地に波及し、色んな国が俺たちを支援してくれた。
そうして四年が経った頃、俺たちは魔王がいる大陸へと攻め込んだ。
もう後戻りはできなく、勝つ以外の選択肢は無い。そしてそれは同時に、俺がこの世界に来た目的の終焉が近づいていることも意味していた。
魔王城の近郊の岩地で、俺は独り寝そべって夜空を見ていた。もし無事に魔王を倒せたとして、自分はこれからどう生きればいいのだろうかと悩んだ。
「ここは……、やっぱり夢の世界だ」
あれだけ幼い頃に思い描いた剣と魔法の世界で五年近く過ごしたが、俺はこの地にさほど魅力を感じてなかった。いつも心の内にあったのは、懐かしい日本の日々だ。
自分でも不思議だったが、俺はあんなに退屈だと思っていた日常に戻りたかった。
だけど一つだけ、どうしても心揺らぐものがあった。それは長い旅を共にしたエリシャのことだ。もし日本に帰るというなら、もう二度と彼女とは会えないだろう。
俺は世界を天秤にかけてもいいと思えるほど、エリシャのことを愛していたのだ。
結論が出せずモヤモヤとしていると、俺がいる岩山の上にエリシャが跳び乗ってきた。そしてすぐ隣に腰を下ろし、心から心配した様子で話しかけてくれた。
「レンタ、皆が心配してましたよ。いったいどうしましたか?」
「別になんでもない。ちょっと夜風に当たりたかっただけだ」
「……もしかして、帰れないって言っていた故郷のことを考えてましたか?」
一瞬言い詰まる俺を見て、エリシャは確信した様子で目を向けた。
「もし良かったら、私にレンタの故郷のことを教えていただけませんか」
「それは…………いや、ここまで来たならもういいか」
これまでは仲間を不安にさせたくなくて黙っていたが、心を許しているエリシャにならすべてを打ち明けてもいいと思った。
「日本のこと……か、どこから話したものかな」
最初こそどう説明したものか悩んだが、一度口を開けば言葉は自然と溢れてきた。
空を埋めるほどそびえ立つビル群や、道を行き交う馬車とは違う自動車の存在。他にも数々の懐かしい景色と記憶を、できるだけ分かりやすく話していった。
気づけば俺の声は涙で震え、途中から自分でも何を言っているのか分からなくなった。そんな俺をエリシャが優しく抱き寄せ、ついに押しとどめていた感情が溢れた。
俺はエリシャの胸で小さな子どものように泣き、「帰りたい」と嗚咽を漏らした。エリシャも静かに身体を震わせ、俺の悲しみを自分のことのように受け止めてくれていた。
それから時間を掛けて心を落ち着け、二人で夜空を見上げ未来のことを考えてみた。
「すべてが終わってここで暮らすなら、誰も俺を勇者と知らないところへ行きたい」
「でしたら、私もご一緒してよろしいでしょうか。レンタと一緒なら、どこへだってついて行きます」
「あぁ、もちろんだ」
エリシャと一緒なら、きっとこの世界でも楽しく生きていけると信じられた。そして二人で話を続けながら、地に置いていた手を自然と絡め合わせた。
「絶対に勝とう。エリシャ」
「はい、レンタ」
そう強く誓い合い、魔王を倒した先にある未来を思い描いた。
決戦の日、俺たち勇者一行は正面から魔王城へと乗り込んだ。
幾度とない強敵との討ち合いで、仲間たちは一人また一人と倒れた。誰もが勇者である俺に未来を託し、瀕死の身体を引きずって湧き出てくる魔物と戦ってくれた。ついにはエリシャも傷つき、魔王が座す最奥の間に邪魔が入らないようにするため残ってくれた。
「レンタ……、後は頼みます」
「任せろ、今すべてを終わらせてくる」
玉座の間にたどり着いた俺は、完全なる一対一の状況で魔王と対峙した。自らが持つ技と魔法を幾度となくぶつけ合い、死ぬ気で命を燃やし続けた。
俺と魔王は互いの剣と槍を鍔迫り合わせ、激しく火花を散らしながら睨み合った。
「…………やるではないか、女神の犬たる勇者レンタよ。かつては最弱の勇者と後ろ指されたお前が、ここまで我に喰らいつくとはな」
「あぁ、そっちも化物風情にしてはやるじゃねぇか。魔王ガイウス」
俺は刃から七色の魔力を発し、魔王を弾き飛ばした。そして全力の一撃を放つ構えを取ると、魔王は笑いながら全身を構成する影のような黒い魔力を振るわせた。そして両腕により強大な魔力を集め、血のように赤黒い雷を発生させた。
勇者の剣から溢れる七色の光と闇の魔力の波動がぶつかり、床が抉れて砕けていく。
先に動き出したのは魔王で、球状に形成した雷の一撃を俺へと放とうとした。だがその瞬間に扉の向こう側から緑の魔力に包まれた黄金の矢が飛び、それはがら空きだった魔王の胴体へと深々と突き刺さった。
エリシャが生み出してくれた隙で、俺は一瞬の好機を狙い駆けた。
「----永劫に眠れ! 魔王ガイウス‼」
叫びと共に勇者の剣を振るい、驚愕に目を剥く魔王の身体へ光の斬撃を喰らわせた。
魔王は呪詛のような断末魔を叫び、影のような身体を少しずつ消滅させていった。それを最期まで見届けて倒れ込むと、俺の身体を誰かが抱き留めてくれた。
見上げるとそこには、涙を浮かべて安堵するエリシャがいた。俺たちは共に手を取り合い、互いの無事を祝福してぎゅっと身体を寄せ合った。
「俺たち……、本当に勝ったんだよな」
「えぇ、これで世界に平和が訪れるはずです。お疲れさまです、レンタ」
ようやくすべてが終わるのだと思い、俺は朦朧とする意識のまま眠りにつこうとした。
しかし突如として魔王城全体が震動を始め、近くの壁や天井がひび割れて崩れ始めた。床には無数の魔法陣が浮かび上がり、それは時間と共に光を強くしていった。
「あのクソ野郎。最期は道ずれにする用意までしてやがったのかよ!」
急いで逃げようとするが、手足にはまったく力が入らなかった。エリシャだけでも逃げるよう願ったが、覚悟を決めた眼差しで首を横に振ってきた。
「そんなことはできません。だって、一緒に旅をすると誓ったじゃないですか」
「でも、このままじゃ二人とも死んでしまう!」
「その時はお付き合いします。だから、命の終わりまで二人であがきましょう」
エリシャは細い身体で俺を支え、引きずるように出口へと進んでいった。だがどう頑張っても最奥の間を抜けるのが限界で、その先にある通路など超えることはできないのは明白だ。一縷の望みをかけて仲間の名を呼ぶが、誰からの声も返ってこなかった。
よろよろと進んでいる内に通路が塞がれ、俺たちは脱力して地に倒れ込んだ。もうどちらにも立ち上がる気力はなく、荒く息を吐きながら向かい合った。
「ずっと……、ずっと愛しています、レンタ」
にこりと微笑むエリシャに、俺も同じ気持ちだと伝えようとした。だが口を開いた瞬間に真上の天井が崩れ、無慈悲に瓦礫が降り注いできた。
俺は残された力を振り絞り、エリシャの上に覆いかぶさった。辺りには轟音が鳴り響き、それを最期に意識は深い闇へと落ちていった。