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第32話 村人との壁と本当に話したい事

 パレードの翌日、前日の精神的疲労から僕もミーアも普段に比べて大きく寝過ごしてしまった。別に用事があったわけではないので構わないのだけれど、寝過ごすと何か損をしたような気になるのは狩人生活の癖だろうか。そんなことを考えながら治療院の井戸で水を汲んで顔を洗っていると。
「フェイ」
僕を呼ぶ小さな声がした気がして周囲を見回した。街中なので探知までは展開していないけれど、その声の主はすぐに見つかった。
「アーセル」
「その、おはようフェイ」
「ああ、おはようアーセル。僕が倒れている時に来てくれたんだってね」
「だって、フェイがそんな大けがするなんて思ってなくてビックリしたから」
「いや、ありがとう。助かったよ」
「それにしても、フェイが英雄になっちゃうなんてね」
その言葉に僕は顔を顰めるしかなかった。
「なりたくてなったわけじゃないけどね」
「ふふ、昔からフェイは騒がれるの嫌がってたものね」
「それにしても、今日はどうしたんだ。勇者様と一緒じゃないのか」
「う、実は話したい事があって」
「話したい事か……」
改まった話となると、どこかで腰を落ち着けて話す必要があるけれど、さすがにアーセルと2人きりというのはよろしくない。なので
「いいよ、部屋で聞くよ。ミーアもいるけど良いよな」
「え。その出来ればフェイだけが。ダメかな」
「さすがにそれはダメだよ。いくら幼馴染とは言っても、僕はもうミーアと結婚していて、アーセルは勇者様のパートナーなんだからね」
「う、そっか。そうだよね」
そう言ってアーセルは俯きながら僕の後ろをついてきた。
「ミーア。アーセルが来たよ」
「アーセル、どうしたの」
アーセルの様子にミーアが首をかしげる。僕はとりあえずアーセルにイスをすすめる。
「アーセルすわって」
僕はアーセルに向かい合わせにイスにすわる。
「フェイもミーアも、もうケガは大丈夫なの」
「ああ、もうすっかりね。アーセルの治癒魔法のおかげだよ。改めて礼をいうよ。ありがとう」
「そんなのは良いの。あたしだって、フェイに死んでほしくはないもの」
「フェイの体質についてあの時はまだ知らなかったから、後で知って、あたしヤキモチ焼いちゃったけど、それだけよ」
ミーアがちょっといたずらっ子になっている。
しばらく雑談をして、そろそろと思ったので僕が促してみた
「それで話っていうのは」
アーセルはかなり話しにくそうにしている。無理に聞き出すのも違うだろうと僕もミーアも黙ってアーセルが話し始めるのを待つ。
「昨日、みんなのところに行ったの。ラシェルさんはいなかった。ううん、ティアドさんもラリサさんも……」
「でも、アシュリーさんはいただろ」
「うん、確かにお母さんはいた。以前と変わらず優しいお母さんだった」
「あのスタンピードの中、村の住人約150人中、生き残れたのは34人。そこに自分の母親が入っていたなら喜ばしい事だろ。何か問題があったのか」
僕はアーセルに憮然とした声を掛ける以外に思いつかなかった。
「問題があったわけじゃないの。みんな普通に接してくれたし。でも、何かが違うの。ホワイトラビットの群れにグレーラビットが1匹紛れているような違和感とでもいうのかな」
魔獣は基本的に他種の魔獣と群れを作らない。数少ない例外がラビット種でホワイトラビットの群れにグレーラビットのハグレが普通に混ざりこむ。でも排除しないし餌も一緒に摂るけれど、やはり別種なのだとはっきりとわかる。そういう違和感を村の皆と一緒に居て感じたのだろう。そこにミーアが入ってきた。
「それは多分、スタンピードから協力して避難したことでの1体感が出来ているのと、ちょっと言い難いけれど、アーセルは勇者様と冒険の旅に出て、住んでいる世界が違ってしまったのも理由じゃないかしら。それは仕方のない事よ」
そう言うミーアの言葉を聞きながら僕は、アーセルの態度に何か違和感を感じていた。多分他にも話したいことがある。むしろそっちが本命の話題なのではと感じている。
 しばらく話してアーセルは
「フェイもミーアも話を聞いてくれてありがとう。また寄らせてもらってもいい」
僕とミーアは顔を見合わせて、
「もちろん気軽によってくれ。幼馴染として歓迎するよ。あ、でもその時は勇者様同伴は勘弁してくれな」
それを聞いて寂しげに微笑んだアーセルはイスから立ち上がり出口に向かう。そこで僕は声を掛けてみた。
「アーセル。本当は他に話したいことがあるんじゃないのか」
一瞬ビクっと身体を強張らせたアーセルは
「う、ううん。他にはないよ。大丈夫」
そう言って出て行った。

僕は溜息をついてミーアと顔を見合わせた。
「アーセル、さっきの話の他に何か悩んでいるみたいだったね」
ミーアも首を傾げて
「勇者様とうまくいってないのかな」
「この前ギルドで話した時にはそんな感じなかったけどね」
「だとすると何かしらね」
「なんにしてもアーセルから話してくれるのを待つしかないかな」
「それしかないかしらね」
「それにしてもさ」
「何フェイ」
「今日アーセルと顔を合わせても何も感じなかったんだよ。アーセルと勇者様との事があってたった数か月だっていうのに、まるで何十年も前みたいな感じがして、アーセルの事も普通に幼馴染として特別な感情無しで見れたんだ」
「それでなのね。フェイがアーセルを普通に部屋に入れてきたからあたしはびっくりしたけど、でも、あたしもあたしの中にアーセルへのわだかまりみたいなものは無かったのよね」
「スタンピードでミーアと生死の境目で肩を並べて戦ってさ、そういうの飛び越えちゃったのかもね」
「そうかもしれないわね。アーセル達も絆を結べるといいのだけど」
そう言いながらミーアは僕の方に頭をのせてきた。僕もミーアを優しく抱き留め
「やっぱり幼馴染には幸せをつかんで欲しいって思うね」
僕たちはお互いの体温を確かめるようにゆったりと肩を寄せ合った。

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