第3話 誘い、信頼
村の広場では勇者様をお送りするという名目のもとに宴会を行っていた。ただ本来は祝福され盛大に行われるはずの宴会も、主賓たる勇者様によりそう女性の姿に微妙な空気が漂っている。僕としては狩ってきた獲物を提供する程度で積極的に関わりたくはないのだけれど。そうも言っていられない部分がある。そのひとつが
「フェイ、なんで、どうして、うちのアーセルが勇者様と一緒に行くことになっているの。しかもフェイは一緒に行かないなんて。あの子はフェイのお嫁さんじゃないの」
アーセルの母親アシュリーさんが詰め寄ってきた。
「僕もアーセルは僕のお嫁さんって思ってたんだけど、アーセル自身はそう思ってなかったみたいで……」
それ以上は言葉を続けることができなかった。それで察してくれたアシュリーさんは、それ以上深くは聞いてこなかった。
勇者様の横にはアーセルの他に村長がその立場上付き従っていた。そして村人が寄って行っては一言二言話しては、そのまま会場を離れていく姿が見えた。彼らは一様にやり切れない表情でちらりと僕のほうを見やっては申し訳なさそうにしていた。通常はこのような宴では主賓が立ち去るまではその場にいるものなのだけれど皆体調不良を理由として場を離れていく。その様子を見て空気を読んだのだろう村長が
「勇者ギーゼルヘーア・フォン・ヘンゲン殿が明日お発ちになります。勇者様の武運を祈念しこの宴をおわりと致します」
そう宣言し、宴を切り上げた。
後片付けをしている僕のところにアーセルがやってきて声を掛けてきた。
「フェイ、このために狩りに行ってくれたんだってね。ありがとう」
「いや、僕がアーセルのためにしてあげられるのはこれが最後だから、せめてはなむけにと思ってね」
「それでね、その、言いにくいんだけど。フェイも勇者様のパーティーメンバーとして一緒に来てくれないかな」
その言葉に最初に反応したのはアーセルの母親アシュリーさんだった。”パチーン”大きく鋭く音が響いた。アーセルの頬をアシュリーさんが思い切り張っていた。
「アーセル。あ、あんたは、どれだけ恥知らずなことを。どれだけフェイの心を踏みにじれば気が済むの」
僕はふたりの間に入り込み
「アーセル。それは勇者様の意向なのかな」
そこに勇者様がやってきて
「フェイ殿、この宴に供された獲物は貴殿が一人で狩ってきたものと聞いた。それだけの実力を見込み頼みたい。たしかに貴殿とはアーセルをめぐり穏やかならざる関係であることは認めるが、これは国を守るためだ。受けてはもらえないだろうか」
「申し訳ございません。お断りします」
「ね、ねぇ。フェイ。お願い、一緒に来て。フェイが来てくれたらあたしも安心できるもの」
「アーセル。いいか。安心を求めるのなら冒険の旅に出るのは違う。そういうものを投げ捨て目的のために戦うのが冒険の旅に出るということなんだ。僕はこの村で静かに生きていくよ」
「フェイ殿、そこをなんとか」
「勇者様、僕はあなたのパーティーメンバーにはなれません。アーセルには話したことがあったよね。パーティーメンバーは死地において背中を預け合う信頼で結ばれた仲間でなければいけないって」
「う、うん。だからフェイならあたしは信頼できるから」
「僕が君たちを信頼できないんだよ」
沈黙してしまった二人。
「勇者様、ご武運をお祈りいたします。せめてわが幼馴染にブルーローズの幸せをもたらしてやってください」
最後に僕は勇者様に声を掛けて立ち去ることにした。