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夕暮れ

夕暮れ。私は気になる彼と一緒に、家の近くの緩い坂道を歩いていた。私も彼も、同じ大学の同じゼミに通っている。私が彼を意識し始めたのは、こんな些細な出来事がきっかけだった。

今年の春。大学2年生になった私がうっかり学内にあるカフェテリアの場所を忘れてウロチョロしていると、彼が
「どうしたの?」
と訊いてきた。その時は「あっ、同じゼミの子だ」としか思わず訳を話すと、
「じゃあ連れてったげる。」
と言って、わざわざ案内までしてくれた。それだけではない。お礼のつもりで
「一緒にどうですか?」
と言ってカフェテリアに誘い、一緒にホットケーキとコーヒーを飲んだのだが
「えっ。お金が足りない!」
支払いの時になって、そのことに気づいてしまったのだ。その時にも
「払うよ。」
彼はそう一言言うと、何でもないかのようにレジで払ってくれた。私がお礼のつもりで誘ったのに……。私が詫びると彼は
「気にしないで。僕も、ちょうど甘いものが食べたかったんだよ。」
と笑って返す。それ以来、私は彼に好意を寄せているのだ。

で今日は何をしていたのかというと、お出かけである。私は引っ込み思案なため、なかなか彼を誘えなかった。だがこのままだといけない。そういう思いで、私は彼に誘いをかけてみたのである。彼は笑って快諾し、今日のこの舞台が整ったのだ。私はもちろん彼に告白するつもりだった。だが、流石に気後れして今に至ってもなお言い出せていない。
「カナカナカナ」
ひぐらしが啼く。ああ、何か言わなくちゃ。もう家が近い。どうする?
「あ、あの……。ま……。」
私は「また会ってくれますか?」と口に出そうとして戸惑う。そうだ。彼は忙しいのだ。いつも講師に聞きに行ってはノートにまとめ、ゼミの中でも一番勉強している学生なのだ。今日だって本当は……。そうこうしているうちに家についてしまった。
「じゃあね。」
彼は私に手を振りながらそう言う。ああ、もう終わりか。私は少し悔しくも、
「……じゃあ……。」
と、ぎこちなく手を振ってアパートの中に入る。その時だった。
「あの!」
彼が突然呼びかける。私は少し怯えながらも、
「何……?」
と聞いてみた。すると、
「こ……、今度は……。今度は!いつ会えるの?」
と言うではないか。
「今度……?」
私はおっかなびっくり彼に訊く。
「そう。君さえよければ、また会おう?」
彼は少し恥じらいながらもそう答えてくれた。私の顔が一気に晴れ、
「いつでも!」
そう、微笑んで答えれた。

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