トット・カラードという男
「お、おい。あそこにザクいるぞ。」
「ホントだ。おい、帰れよ」
俺の姿を見た村人たちは、皆一様にそう言って追い払う。もしくは遠巻きに見ながら、ぼそぼそ陰口を叩くのが常だ。ここ数年ずっとそうなので、俺は悲しいとか怒りとか、そういう負の感情を彼らに抱くことすらしない。それを抱くだけ時間とエネルギーの無駄なのである。
俺の名はトット・カラード。トットのほうがファミリーネームだ。この村でトット家の者であると言えばたいてい村人に歓迎され、褒められる。何故なら俺の祖父である故・トット・レンリンはかつて世界征服をたくらむ魔王討伐のパーティーに勇者として参戦、苦節の末に魔王討伐を成し遂げたためだ。
当然レンリンは英雄扱い。時の王には顕彰されて村の人たちには崇められ、おまけに魔族の娘たちを囲ってハーレムを作っていたらしい。
英雄の子供には往々にして異常なストレスがかかる。俺の父もその一人だった。父もまた、村人たちから注がれる期待のまなざしに怯えながら鍛錬に励んだらしい。
その甲斐あって勇者学校を主席卒業。六十歳が差し迫る今なお現役で門番を務めており、これまた村人たちから尊敬のまなざしで見られている。
そんな偉大な祖父と父を持つ俺に、村人たちの期待のまなざしは重すぎた。
祖父と父が一発で合格した勇者学校の入試には三浪の後に補欠で合格。
入学後の成績も酷く、同期は年下ばかりなのにも拘わらず、悪い意味での主席争いを演じている。そんな俺に対する村人たちの評価はひどく、いつしか凡庸を意味する「ザク」と呼ばれるようになった。
「何でだよ!」
今日も俺は自分の部屋で床を叩く。夕暮れ。四つん這いになっている僕を、西日が赤く照らす。また勇者学校の試験に落第した。
本物のスライム(HP:1200・攻撃:120)よりはるかに弱いはずの疑似スライム(HP:100・攻撃・10)に対して、ダメージを十も減らせずに惨敗したのである。当然クラスの笑いもの。先生にも
「お前は本当にトット家の人間なのか?」
と首を傾げられた。
「知らないよ。」
ボソッと俺は呟いた。
「知らないよ!」
否、勝手に言葉がこぼれ落ちていた。
「父さんと俺は違うんだよ!」
次に涙がこぼれる。
「大体なんなんだ?みんな寄ってたかって『お前はザクだ』?『父さんやお祖父さんを見習え』?『もっと頑張れ』?赤の他人に向かってそんなことを言えるお前は何様なんだ?」
ドン、ドン、ドンドンドンドン
少しずつ早く床を叩く。
「俺だって、俺だって努力してきたんだよ!」
ドンッ!大きな音を響かせて俺は立ち上がり、大声で泣き出した。昔からこうだ。俺は父や祖父と比べられるたびに、こうして泣いてきた。
ひとしきり泣いて落ち着いた俺の耳に、聴き慣れないベルの音が響く。
ガランガランガランガラン……。
俺はハッと気づく。これは……、
敵襲の合図だ!