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inning:1 動き出す時

 ドタバタした入学式から、新入生らしいガイダンスに始まり。

そして、高校生の内容……授業が始まっていく。

高校入学という華々しく清々しい、お花畑のような毎日から、現実へと引き戻される。

ちゃんと勉強して就職しなければならないので、真面目に頑張ります。

中学時代は学年テストで10番以内に入り続けたし、高校でも手を抜かずに。

そんなこんなで、入学してから1週間が経過。

色々あったけど、僕は再び穏やかで孤独な学校生活を送っている。

あの後事情を話したらお母さんに心配されたが、まあ怪我は無いので良し。

1週間経つと授業も始まって、更に誰がかっこいいだとか可愛いだとか付き合ってるだとか、どこの部活に入るのかとかそんな話が舞い込んでくる。

しかし、鋼汰は自分には関係無いと机に突っ伏して、教室にやってきた響子に起こされるのだが。


「……」


授業が終わり新入生が外に向かうと、運動部の部員達が雪崩れ込むように新入生を乱獲?しにかかる。

そんな喧騒の中を素早くすり抜けて、鋼汰は帰路に就く……。


「鋼汰ー!待てー!」


と、僕を追いかける響子の姿が。

脚を止め、彼女は僕の肩を掴んだ。


「え!?響子!?」

「取り敢えず体験でいいからどっか部活に入りなさい!」

「やだよ、僕アルバ「できないから!」

「あれ?新入生かな?」

「あれ?君って県大会優勝した山田君でしょ?」

「マジ!?即戦力じゃん!てかイケメンじゃん!」

「す、すいませんそれじゃ!」

「あ!こら!鋼汰!」


狙われそうになっていた所を鋼汰は駆け出し、響子は怒気を孕んだ息を吐く。

すたこらさっさと学校を後にして、そのまま手早く帰路を歩き、後ろを見て誰も着いてきていないことを確認して安堵の息を吐いた。


「……はぁ、アルバイトしたいなぁ」


そう呟いて、彼は足元の小石に脚を滑らせた……。




 ⚾︎⚾︎





 ……その夜。


《ツーアウト三塁で北海道の打席には、昨年巨人から復帰した、代打・陽!》


「……」


なんとなくつけたチャンネルで、たまたまプロ野球がやっていたので眺めることにした。

対戦カードは北海道網走ファイナルズ対埼玉チーターズ。

打席には、北海道網走ファイナルズの背番号1、台湾の英雄と呼ばれた陽岱恩。

世界的に女性がひしめく野球界で、先進国の仲間入りを果たした台湾のスター。

状況は2-3。ファイナルズがビハインドの場面で、陽の4球目。




《打ったー!完璧な当たり!行ったか?
お、オウ?イットイーズ、ゴーンヌ!》


「おお……ゴーンヌ」

完璧なレフトへの当たり。陽選手の確信歩きとバット投げ。その優雅さに、鋼汰は思わず言葉を漏らす。

巨人時代は精彩を欠いていたが、古巣に復帰するとそれらが嘘であったかのような活躍を見せ、シーズンが始まって間もないが、現在打率10割という大活躍。

低迷するチームを支え、脚も肩も膝もボロボロだが全盛期を彷彿とさせる見事なプレーを連発しているのだ。

黒髪から金髪に戻した彼女を見て、本人のようにどこか朗らかな表情を浮かべてしまった。


「……すごいなぁ」


この煌びやかな世界に憧れたことがないかと聞かれたら、嘘になる。

普通の人間なら、こうな煌びやかで華やかな世界で活躍したいと思えるのは普通と言える。


すると家のドアが開き、


「ただいま」

「おかえり」


遅くまで仕事をしてくれる母さんが帰宅。

テレビを消して、僕は自室へ。


「鋼汰、出かけるの?」

「部屋にいるだけだよ」


そう言って、手すりを掴みながら階段を上る。

そして自分の部屋へ。

特段変わったことはなく、棚の上に県大会優勝のメダル、表彰状、そして思い入れのある短距離用スパイク・クロスブレイクを置いているだけ。

それ以外は想像できる普通の部屋だ。

窓の向こうには響子の自宅、響子の自室が見える。


「……野球か」


棚の引き出しを引いて、中にしまってあるグラブとボールを見る。

……確か、響子が中学の部品を借りパチしたんだっけ?


「……僕には無理かな」


と、彼は現実を思い出して引き出しを戻した。

どう考えても、高校から野球を始めてプロ野球選手になれるわけがない。

そもそも野球は女性のスポーツ。花園に土足で上がり込む猿は淘汰される運命になるのだ。


「……」


スパイクを見ると、中学時代の苦労を思い出す。


苦労に苦労を重ねて、自分には才能が無い。そう結論付けることができた。

因みに同級生の田中は、全国の準決勝で敗退。関東大会は3位入賞という結果に終わったらしい。

その実績が認められ、都内の陸上の名門高に特待生での入学を果たし……1年生ながらリレーメンバーに抜擢されたんだとか。

……もう自分には関係ないけど。


そんな彼に勝った県大会。

新聞は下剋上とかどうとかって色々囃し立てたけど、僕が引退して注目は田中に移った。まあ当然だよね。


「……響子も、名門からスカウトはあったはずなのに……なんで僕と同じ学校に……」


まあ、特待生じゃなかったら私立はお金がかかるから嫌がるのは当然かな。

響子は成績は下の方だったけど、一緒に勉強して何とか合格を勝ち取った。
僕は元々勉強を頑張っていたし、推薦入試で合格できたから、響子の勉強を全面サポートできたのが功を奏したんだと思う。


「…風に当たろう」


そう呟いて、カーテンを開けた……


「え゛」


思わず目が点になる。



そして、響子と眼があった。


綺麗に伸びる四肢、そして白いスポーツブラに包まれる膨らんだ胸。


今正に服を着ようとしている響子のあられもない姿が、眼と脳裏に焼き付いていく…。


そしてその状況に、恥じらいから響子が顔を真っ赤にしたのを見て、僕は慌ててカーテンを閉めた。



「鋼汰あああああああ!!」


羞恥と怒りが入り混じる叫びが僕にぶつかり、心の中で土下座した。

……懺悔と贖罪をしていると少しして、窓にノックが為される。


カーテンをそーっと開いて、
響子は窓を開けるように促すジェスチャーを僕に見せた。

ジト目で赤らめている頰、僕は響子から眼を逸らし窓を開ける。

そして響子がベランダから乗り移り、僕の部屋へ。

Tシャツにホットパンツといういつものラフな姿。こうやって、軽装で僕の部屋にやってくることがある。というか毎日。

しかし、さっきの姿を見てしまったせいか胸とホットパンツに視線が行く。


……ていうか、ブラジャー透けてるし。


「どこ見てんの!」


ずいっ、と響子は僕に顔を近づける。

ボールをは思わず真っ赤になり、


「ご、ごめん!」

「…ばか、えっち…見たいなら見たいって言えば良いのに」


胸を右手で隠し、左手でホットパンツを隠すようにして蹲る。何か呟いたみたいだけど…?


「な、何て?」

「何でもない!この変態!スケベ!」

「痛い痛い!謝るから!許して!」

「許せるわけないでしょ!女の子の着替え覗くとか有り得ない!」

「いや、着替えてるかとか分からないじゃないか!」

「私がこの時間帯にお風呂入るの知ってるでしょ!?」

「はっ……!ご、ごごごめんなさい!許して!」

「覗き魔!」

「の、覗くつもりじゃなかったよ!ただ風に当たろうって…」

「覗きはみんなそう言うの!」

「覗かれたことあるの?」

「今!あんたにね!」

「それ経験談できないよね!痛い!ごめんなさい!」


身長184cmの鋼汰に、小柄な響子がぽかぽかと当たっている様は、どこか兄妹喧嘩のように見える。

側から見たら微笑ましいが、恥じらいでこの気持ちをどこにやればいいか分からない響子は、鋼汰への攻撃を止めない。


「ふふ、やるわねえやってるわねぇ」


騒ぎを聞きつけ、そんな一部始終を見ていた鋼汰の母は、こちらを見ながらニヤニヤと笑っていた。

その笑みは、自分の息子にようやく彼女ができたか、といった揶揄いのもの。


「あ、あ!お、お邪魔してます!」

「はい鋼汰、避妊はちゃんとするのよ」


と、この家のどこにあったのかアレを棚に置いた。


「そ、そんなんじゃないから!」

「上に行ったと思ったら女の子連れ込んでるなんて…やるわねえ」

「ち、違うから!」

「響子ちゃんは嬉しそうだけど?」

「え」

「う、うう嬉しくない!嬉しくない!」

「あらー?顔が赤いわよ?……あ、美香からメール。素直じゃないけどお願いします、だって」

「お、お母さん!?」


響子は更に顔を真っ赤にする。
ちなみに美香というのは響子の母親だ。

昔よく遊んでもらったなぁ。響子とは違って、どこか落ち着いた人だった。


「ふふ、じゃあごゆっくり」

「べ、別に変なことはしないからね!」

「気にしなくて良いわよ~」


と、母さんはそのまま下に降りて行った……。


「……」
「……」


気まずい空気が流れ、僕達はチラチラと互いを見やり、眼があったら逸らす。

そんな何とも言えない空気が流れ、早5分。

気まずくなって、窓が目に入ってそちらを向いた。


「わ、私……戻る……ね」

「う、うん」

「じゃ、じゃあ……まあ明日」

「うん……また、明日」


響子はベランダから再び戻ろうとする。

だが、響子は悲鳴をあげて戻ってきた。


「ひゃあ!虫!虫!」

「え、え、きょ、響子!?」

「む、虫!やだ!」


響子が鋼汰に抱きつき、近くにあったうちわを振る。

響子が重りになって身動きが取りづらいが、なんとか虫を窓の外に追い払った。


「ほ、ほら……行ったよ……」


抱きついている響子を見下ろす。

彼女は顔を真っ赤にし、僕を見上げている。

余程に怖かったのか、相変わらず虫嫌いは変わらないな、と兄のような気持ちになった。



……だがしかし、そこから僕の目についた場所はそこではない。


左手を回して響子を抱きしめたつもりだった。


……しかし、その左手で響子のお尻を鷲掴みにしていたのだ。

それに気付いた鋼汰は、目を点にして息を飲む……。


「あ、あ、あ……」


響子は気が動転しているのか、顔を真っ赤にして眼を回している。

鋼汰はすぐに手を離し、


「あ、あの!べ、別にわざとじゃ「死ねえーー!」



目の前の光景に、拳が広がって来る。



「うわあああ!」


こうして、未だ痛みが癒えない紅葉ができた頰をさすりながら…僕は眠りに落ちたのだった。










 ⚾︎⚾︎




 ……響子にボコボコにされてから、1週間。高校生初の土日も挟んで部活も仮入部期間に入り、響子は中学時代と変わらず野球部に入部したらしい。

1年生の同級生が3人いるらしく、楽しそうに野球をしている。

高校時代に引き続き、ピッチャー一筋というスタイルは崩さない。

博多paypayホークスに在籍していた、負けないエース・斉藤和巳投手に憧れているらしい。数少ない、2000年代の男性タイトルホルダー。

中学時代はエースで4番。
常にフルスイングのバッティングで何度もチームを救った所は見てきた。


「はあ、アルバイトしたいなあ」


一応、アルバイト許可は貰えたが長期休暇期間のみということに。

……まあ、これが落とし所か。


そんなこんなで、高校に入って2回目の土曜日。

特にやることもなく、トレーニングが終わって汗を流してリビングでだらけている。


「(アルバイトしたいなあ)」


切実にそう思うのは、母さんが土曜日にも出勤しているからだ。

母子家庭であるウチは、父さんが労災で亡くなり、その際の多額の賠償金と父さんが残してくれたお金でこうして生活している。

だけど、母さんは僕を大学に行かせると言って毎週のように休日出勤。

それを少しでも助けたいという思いが、心の中でくすぶっていた。


「……」


すると、インターホンの音が鳴り響く。

鋼汰は返事をして、歩いて玄関のドアを開けた。


「はーい……」

「あ、鋼汰君?ごめんね急に」


現れたのは、響子の母・美香。

響子とそっくりなこの人は、巾着袋を差し出した。


「どうしましたか?」

「響子ったら今日練習試合なのに忘れ物しちゃって。届けてくれない?私今から町内会の集まりあるのよ」

「はあ…分かりました」

「ありがとね。じゃ、よろしくね」

「はい」


受け取った巾着袋を片手に、僕はスマホと家の鍵をポケットに突っ込んで扉の鍵を閉め、そのまま学校への道を行く。


「…確か、学校で13時に練習試合やるって言ってたな」


そう呟いて、僕はスマホで時間を確認。


「やば、もう12時30分だ。アップとか考えたら早めに届けた方が良いよね」


驚き、心に焦りが生まれる。

あわあわと辺りを見渡している赤毛の女の子が目に入る。だがこちらの方が大事だ。

そうして鋼汰は、学校への道を急いだのだった。









 一方、白蘭高校のグラウンド。

試合開始45分前。チームはウォーミングアップを開始していた。


「あ~どうしよ~」


響子は内心かなり慌てている。


「忘れたのはもう仕方が無い。
忘れた自分が悪いと考えて、学校のものを借りろ」


クールで女性にしては少し低めの声を響かせる。黒髪…毛先は紫色の髪を赤いリボンで纏め、鋭い目付きで響子を見つめるのは、同じ一年生の聖川 浴衣(ひじりかわ ゆかた)

小さな体ではあるが、捕手を務める。


「ま、まあ…今日練習試合だし。
グラブが違ってても響子ちゃんなら大丈夫だよ」

「1日くらい大丈夫っすよ」


そう慌てる響子に透き通るような声をかけたのは、こちらも同じく一年生の三妻 志絵(みつま しえ)

長い黒髪をポニーテールに纏め、どこか守ってあげたくなる衝動にかられてしまう可愛らしい容姿をしている。

そして同じく、1年生の畠山 沙希(はたやま さき)

黒髪を肩ほどに伸ばし、どここ眠たそうな垂れ目が特徴だ。


「……そうだよね。ごめんね2人とも」

「さあ、ウォーミングアップだ」


と、聖川の声に応え、響子は肩を回す。

すると三妻は、グラウンドの外で端は人影を目の端で捉えた。



「……あれ?誰かこっち来てるよ?」

「誰っすか?男?こっち見てスピード上げてるっすよ」

「え?……あ!」


響子は2人に断って、すぐに向かう。

響子は現れたその青年を見て、目を輝かせた。


「響子、忘れ物。はい」

「鋼汰ー!最高のタイミングー!」

「わ、抱きつかないでくれよ」


響子が鋼汰に抱きつき、その姿を後ろから見ていた聖川と三妻と畠山。

それに気付いた鋼汰は、急いで響子を引き剥がす。


「誰だ?」

「さあ…恋人?」


「ありがと鋼汰!これで思いっきり試合ができるよ!」

「うん、頑張ってね。それじゃ」



「え!?ソディア来れないの?」


と、銀髪の選手が眼を見開いて驚いている。

何かあったのか?と僕はその様子を見ていたが、ジロジロ見るのはあまりよろしくないなとすぐ眼を逸らした。


「どうかされたのですか?」


それに気付いた聖川が尋ねる。銀髪の選手は先輩のようだ。


「最近こっちに引っ越して来たらしいんだけど、道が分からなくて迷ってるみたいで」

「そうでしたか……確か山内先輩は転入生でしたね」

「うん。どうしよ……これだと人数が足りない……」


と、銀髪の選手は頭を抱えた。

近くの選手が痺れを切らしたような声を張り上げ、舌を鳴らす。


「何かあったみたいだね」

「ソディアさんって先輩の人が来れないらしいの。帰国子女で最近引っ越して来たって、だから道に迷ったらしいの」


少しずつ、白蘭の選手らは慌て始める。

それを見て鋼汰は、


「探して来るよ。どんな人?」

「ごめん、写真とかは無いの」

「じゃあ特徴は?」

「おーい!湯浅ー!」


すると響子が呼ばれ、彼女は鋼汰に断ってチームのもとへ。

8人全員が円になり、聖川は少し重苦しい声で、


「……取り敢えず、今日は8人で試合に出ましょう。来て頂いているのに中止は失礼ですから」

「私もそう思うわ。でも8人をどう思うか……」

「……」


選手らは俯き、更に重苦しい雰囲気が場を支配する。


「…取り敢えず、8人で試合させてもらえるように頼みに行きましょうよ」


金髪を短く切り揃えた選手が、そう提案した。

目つきは鋭いが、皆を見つめるその眼は優しさを含んでいる。


「あ、あちらのチームから助っ人を借りれたりできない…よね」

「さすがに足を運ばせて審判まで用意して頂いているからな」

「だ、だよね…」


と、三妻が提案したがそそくさと引き下がる。


「どうしよ、あと20分しかない」

「考えている暇はありません。行きましょう」

「……そうね……残りの時間でソディアさんを見つけてここに連れて来るのは現実的ではないし、行って来るわ」


と、銀髪の主将が踵を返した。



「……帰った方が良いね」


と、僕は響子にジェスチャーで断ってグラウンドに背を向ける……。

そして響子は、脳内に閃きを覚えた。



「ま、待ってください!西塔先輩!」


しかし、響子の叫びに僕は思わず振り向いてしまう。

西塔、という銀髪の選手が振り向き、


「何かしら?」

「ソディア先輩を探せそうな脚の速い人がそこに居ます!ていうか、助っ人になりそうです!」


と、響子は僕を指差してそう言った。


「え?その子?男の子?」


響子はこちらにやって来るやいなや、鋼汰の腕を掴んで引っ張り、西塔の前に歩いて行く。


「きょ、響子!?」

「か、彼は私の幼馴染で、私の野球の練習に付き合ってもらったりしてそれなりに野球できます!バッティングは分かりませんけど、陸上部だったから脚は速いですよ!」

「え?きょ、響子?」

「鋼汰は黙ってて!」

「え、ええ…」


正直、早く帰りたい。

金髪ショートの人がこっちすごい睨んでるし、黒髪の女の子と紫色の女の子がこっちを訝しげに見てるし…。

かくいう西塔さんは僕を眺めて、


「……まあ、練習試合だから問題ないかもだけど……野球の道具持ってないでしょ?」

「わ、私の持ってきたグラブ貸します。
ユニフォームは……無理ですけど」

「……まあ、ジャージだから動けるかもしれないけれど……」


そう呟いく西塔はかなり渋っている。

しかしその場に紫色の女の子と黒髪の女の子が現れ、


「……手段を選ぶ予断は許されません。借りを作る形にはなりますが、彼に山内先輩を探して来てもらい、場合によっては試合に出てもらうしかありません」

「そっすね……ま、響子が言うなら」

「お、男の子ですけど……助っ人借りるよりは良いと思います」

「(え、い、いや拒否して?僕野球できないよ?)」

「大丈夫です!人畜無害です、から」

「いや、そこは言い切ってよ幼馴染として」

「だって……その……」


薄く頰を赤らめる響子。
それを見て誤魔化すべく僕は咳払いをして、


「ぼ、僕は別に野球ができるわけじゃないので、皆さんに迷惑をかけると思います。だから……その、取り敢えず山内先輩?を探して来ます!特徴を教えてください!できれば写真があれば!」

「写真はねえな……顔出しに来ただけだし……取り敢えず赤い髪の毛した日本人顔ってことくらいは覚えてるけどよ」

「赤い髪の毛……」


鋼汰は、頭の中で顔を思い浮かべる。

そしてその時、学校に行く際見かけた少女を思い出す。



「……赤毛の道に迷った人なら、家の近くで見ました」

「本当!?」

「うん、時間は?」

「残り10分だ」

「……5分遅れるって伝えてください。15分で戻ります」

「わ、分かったわ」


と、鋼汰はその場から颯爽と駆け出した。


「無理しないでねーー!」


響子の声に、走りながら手を振る鋼汰。

あっという間に外周から居なくなると、


「……はっや」


と、三妻は呟いた……。






 ⚾︎⚾︎





 俊足を飛ばして、自宅付近にまで戻ってきた鋼汰。

辺りに、赤毛の人が居ないかを探す。赤毛の人は少ないから、すぐに見つかるはず。


「……12時55分、時間がない。どこに……!」


そして、彼はそれを目で捉える。

スマホ片手に、野球のユニフォームを着た少女が辺りを見渡していた。


「ミチ、ワカリマセン……」

「あ、あの」


鋼汰は、その少女に声をかける。

少し驚いた彼女は、汗だくのこちらに落ち着くよう促し、



「ドウカシマシタカ?」

「カタコトの日本語か……あの、学校に向かってるんですよね?」

「YES!デモ、ナンデソレヲシッテルンデスカ?」

「野球部に幼馴染が居るので、それ経由で……とにかく、みんな集まってるので行きましょう!もう時間過ぎてます!」

「ソレハタイヘンデス!イキマショウ!」


取り敢えず納得してもらえたのを確認して、2人はその場から急いで学校へと向かう……。







そして、13時を過ぎた辺り。



「クソ、まだかよ!」

「帰ったんちゃうん?」

「鋼汰はそんなことしません!」

「冗談やて、そんなカリカリしなやぁ」

「……あ!あれ!」


三妻が指差す。その方向から、赤い髪の毛が揺れているのが見て取れた。



「鋼汰ー!」

「響子、時間は?」

「ギリギリ!ありがとね!本当!」

「カンタ?トイウノデスカ?thank you!ヨカッタラシアイミテイッテクダサイ!」

「……取り敢えず、休みます。こんなに走ったの久しぶりで」


と、グラウンドに駆け出していく彼女らを見届け、あまり一目に付かない場所に移動。



「……良かった……はぁ」



と、校門近くの壁にもたれ掛かる。

空を見上げて、彼は息を整えた。

青空に、彼女らの「お願いします」という声が響く。それを聞いて、鋼汰は安堵の声を上げた。






……この時、彼は思いもしない。


この日が、自らの運命を大きく変えたのだと言うことを……。











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