モルモットレースとパイの味
女神、トモ・アグネスショコラを助けてから、あの子は
助かって間もなく記憶をなくしていたことがわかった。
だから 助けるときにプロポーズをした話が無効になってしまうのではないかと 思っていたけど、あの子は全く俺から離れる気配がないし まだ俺のことを夫だと思っている。
問題なのは トモ・アグネスショコラ、(トモちゃん)が見よう見まねで料理や家事をしようとするので
記憶喪失のせいで 失敗をしたり包丁で手を斬ってしまったりする姿が見ていて痛々しい事だ。
そこで困ったときに頼っているメアリーに相談してみることにした。
「言葉もたどたどしいし こりゃぁ 子供と同じじゃないさね。こうなったら あんたが面倒を見るしかないねぇ だけど くれぐれも変な事するんじゃないよ!!」と釘を刺されただけだった。
変な事ってなんだよ?
こうなったらしばらくの間はトモちゃんが妻ということは隠すことにしよう。
兄妹とでもしておけばいいさ。
そうなると、口の堅そうな使用人も雇わないとな。
モル小屋や庭の花の手入れのためにサムという使用人を雇い。
さらに トモ・アグネスショコラの身の回りの世話をさせるためにもう一人、マリアという使用人を雇うことにした。
マリアは元々 人形のドールメイクの仕事をしていたらしく
トモ・アグネスショコラに洋服を着せるのが楽しみで仕方がないといった様子だった。
いい人が見つかってよかった。
それからは外では兄妹、屋敷の中では夫婦として過ごすという二重生活が18年続いた。
振り返れば あっという間の18年間だったのか。
さてと コーヒーも飲み終わったし、今日も自室の魔導通信機の水晶に魔力を込めるか。
天空城で 魔石爆弾になりかけた俺は魔法が使えるようになっていた。
魔石も便利だったけど 道具も使わなくていいなんて 快適すぎる。
それにしても 今日の水晶の光は いつになく輝いている気がするな。
何か いいことがありそうだ。
大臣「そうだ。精霊の農園を正式な領地として認めてやろう。なーに、我々は同士だ。これからも人族の繁栄のために共に 力を尽くそうではないか がっははは
ところで お前の妹だが そろそろ・・。」
「勘弁してください。 妹は誰にも渡しませんよ。勇者や魔王にだって渡す気はありませんから!」
「とんだ 親バカだな がっははは」
精霊の農園は元々 魔族のスパイダーが所有していたものだった。
戦争の火種になることはないだろうけど それなりに準備をしておく必要があって
18年がかりで、ようやく終わりそうだ、これでトモ・アグネスショコラも安心して暮らせるようになるだろう。
俺が彼女にしてあげられることは そんなことぐらいだ。
うっ・・ 胸が。。苦しい。。俺は部屋にある水差しから水を飲んだ。
・・・・
一方 トモちゃんは?
キッチンでアップルパイの準備をしていた。
救出されたばかりの頃は 女神というだけあってロングの流れるような美しい髪をしていたが今は活発なショートだ。風に髪がサラリと舞う姿が可愛らしい。
「こちらも準備が整いました」
「ありがとう マリア。後は私一人で大丈夫よ。今日はピョンタと果樹園に行くの。だから洋服を用意しておいてもらえるかしら?」
ドールメイクマニアの マリアの楽しみにしている時間が始まった。
キラン!!とマリアの目が光った。
「はい 喜んで用意させていただきます。今日の洋服ですが・・のリボンを・・リンゴの様に・・お嬢様の容姿なら ピョンタ様もきっと 絶賛するはずです はいぃ~間違いありません」
「そっ そうなんだ。でもお嬢様じゃないわ。私は妻よ。旦那が少しでも私に振り向いてくれるならお願いしたいわ。マリア」
「屋敷の中ではそうでしたね。 はい 奥様、かしこまりました。」
今日は ピョンタと二人でリンゴの果樹園に出かける日なのよ。
モルモットに積みきれないくらいのリンゴを二人で収穫して 美味しいアップルパイを作るつもりなの。
「さーて アップルパイの生地は出来たわね。旦那の事だから、もう一つ作っておこうかしら どうせいるでしょう。ふふふ」
リンゴの果樹園の近くには 小川が流れていて魚がいるのできっと旦那のピョンタは釣りを始めちゃうでしょうね。
だから 魚用のパイ生地も作っておくわ。
リンゴを収穫に行って釣りをするだなんて
私が奥さんじゃなかったら大げんかよ。ピョンタはどうするつもりなのかしら??
・・・・
一方 ピョンタは
釣り竿を一つとバスケットをもって妻のトモちゃんを待っていると
キッチンから出てきたトモちゃんは 「あら あなた釣り竿なんて持って今日はリンゴ狩りのはずでしょ?」と少し残念そうな顔をしていた。
だから「釣り竿があれば高い所のリンゴが取れるだろ?まあ 釣りも少しするかもしれないけど」と言い訳をしてみた。
するとトモちゃんは ニンマリと微笑んで
「そうね 小川でお昼ご飯を食べ終わった後ならいいけど。でも リンゴを取るならもっといい方法があるの」といいながら俺に バスケットを二つ持たせてくれた。
バスケットが二つになれば2倍入るわけだよね。
釣り竿は床に置かれ、両手はバスケットでふさがれた。
眉尻を落とした顔をするとトモちゃんは「笑っちゃうわ」と言って鼻歌混じりに自室に行ってしまった。
男の俺が育てたせいなのか トモちゃんは気の強い子になってしまったよ。
バスケットを両手に持ったけど でも釣りに使う釣り竿はこっそり 腰に差して隠すことにした。
「さあ モル小屋へ行こう」
「プイプイプイプイ♪」
モル小屋からは嬉しそうな声が聞こえる。
エサの草が欲しいのだろうか? 群れで暮らすことが大好きな彼らは今日も元気いっぱいだった。
「いい毛並みだ。サム! 今日はこのモルモットを出してくれ」
俺は 沢山いるモルモットの中から三毛の毛ツヤのいいモルモットを選んだ。
「はい 乗れるように馬具の準備を致します」
「モコちゃ~ん おいで!」
「プイプイ」
トモちゃんが モル小屋に到着をするといつものように お気に入りのモルモットに抱き着いた。
くるりんカールのヘアーが特徴的なアフロモルモットを小屋から出して可愛がっている。
その 抱き着いた勢いで俺にも抱き着いてきてくれたらいいのにな。 こないかな~
でも モコちゃんが妻に鼻をスリスリして放す気がないようだった。
あ~ 羨ましい。。
でも 一通りのモルモット式の挨拶が終わると くるりと俺の方を向きなおして「この洋服 どう?」と尋ねてきた。
赤と黒のリボンか 赤はリンゴをイメージしたんだろうな。さすがマリアだ。
そして 可愛いに決まっているじゃないか。
「ああ 可愛いよ。まるで女神様だね」
「女神さまだなんて大げさ過ぎるわ!私って魅力がないのかしら? はぁ。呆れて笑っちゃう」
女神のことは都合上隠しているといっても 女性を褒めるのは難しいな。
俺もモルモットになりたいよ。
この世界には 馬もいるけど、庶民の間では仲間同士の絆の強いモルモットのほうが扱いやすいと言われていて、モルモットが主流になっている。馬に乗るのは見た目を気にする貴族くらいだ。 そして庶民の間ではモルモットのレースなんかも開催されていた。
トモちゃんもモルモットレースが大好きなのさ。
「ねえ ピョンタ。リンゴの果樹園まで競争しましょうよ。私が勝ったらモコと一緒に魔導都市メキストのモルモットレースに挑戦したいのよ。ねえ いいでしょ?」
トモちゃんは まだ小さい頃に熱を出して死にかけていたモルモット(モコちゃん)の世話をしてからモルモットに目覚めた。
・・・
「私 面倒見る! 見るんだもん!!」
「旦那様・・・」
「ああ なあ トモちゃん。。この子はもう 十分に頑張ったんじゃないかな?休ませてあげようよ」
「イヤ! 私 この子と一緒にいるんだもん!」
次の日の朝、朝早くモル小屋へ行くと元気な赤ちゃんモルモットの声が聞こえてきた。
「プイプイプイプイ」
「何があったんだ? 信じられない」
俺も サムも大きな口を開けて驚いていたと思う。
「あっはは ピョンタ 面白い顔 あはは みんな面白い顔! ねっ 私の言った通りでしょ?モコちゃん、頑張ったんだもん!!」
「モコちゃん? そうか この子に名前を付けたんだね。いい名前だ。よろしくなモコちゃん」
「プイプイ♪」
・・・
今では、妻の腕前は、この辺りじゃ 誰にも負けないくらいになっていた。
魔導都市メキストのモルモットレースに参加したいと言う気持ちは 痛いほどわかるけど
ただ 彼女はすごい力を持っていて魔王や勇者に利用されるかもしれない。
実際に天空城が落ちて間もなく あの辺りの牧草地はひどい有様になった。
だから 精霊の農園から外へは出さなかった。
でも 今年で18歳か、そろそろ認めてあげてもいいのかもしれないな。
ただ 勝負は勝負だ。正々堂々と俺を打ち負かして成長してほしいと願っている。
「よし 勝負だよ。勝てば農園の外へ連れて行ってあげると約束しよう」
「ホントに?約束したわよ!今日こそ 私がピョンタに勝ってモルモットレースに参加するのよ、いくわよモコちゃん」
「プイプイ♪」
サムの合図でレースが始まった。
平坦な農園の畑を 突っ切って森を抜け、そして大きく曲がった小川沿いに進んでリンゴの果樹園がゴールになる。
スタートダッシュは トモちゃんの方が早かった。
さらにモコにまたがったトモちゃんは グングンと加速をして俺との距離を離していった。
こりゃぁ~ 直線のレースじゃ 勝てないな。
だけど 森の中に入れば話は別だ。
「マインドフルネス!!」
俺は 呼吸を整えて自分の深くに潜った。
やっぱりな もう一人の俺が負けて農園の外へ出たトモちゃんが勇者に見つかってしまったシーンを脳裏に流したり、さっきのリンゴのような可愛いトモちゃんの映像を脳裏に流したりしていた。
トモちゃんのことを考えたいという強い気持ちにかられそうになるけど
そこは小川に流れる葉っぱのように そっと 想いを流してあげる。
すると 感覚が研ぎ澄まされて自分の体の中で小さく爆発した魔力が木に跳ね返って来るのを感じるようになった。
超音波をだす コウモリや潜水艦のように障害物をよけられるようになったぞ
「今だ ポップコーンジャンプだ!」
「プイプイ!」
そして 森を抜けると広い畑と小川が見えてきたぞ。
トモちゃんは・・ いない!まだ 森の中か?
どうやら 今回も俺の勝ちのようだ。
あまり リードをつけすぎるとトモちゃんがすねちゃうといけない、すこし ペースを落とそうかな。。。
そう思った矢先、 うっ 何だこの痛みは。 胸が・・苦しいぃ・・。
モルモットに乗ったまま ムネを強くグッとつかんだ
・・・・
一方トモちゃんは
やっぱり ピョンタが先にいる。
スタートであれだけ差をつけたはずなのに、森の中で一体何をやっているの?
大体想像はつくけど。でも いいわ。まだチャンスはある。
小川の曲がり沿いにピョンタは減速をするはず、
釣り竿を腰に隠しているから 姿勢を低くする事もできないでしょう。
今日は 勝てるわ!
「モコちゃん 小川の曲がり沿いにポップコーンジャンプよ」
「プイプイ!」
・・・・
ズーズーと地面を滑る音を立てて 曲がった道を進んでくるトモちゃんが来た。
ポップコーンジャンプを使ったのか? まずい。。追い抜かれるかもしれない。
・・・。
・・。
・。
ゴール!!
決着がついた。トモちゃんは「もうちょっとだったのに、メキストのレースでたかったなぁ~」と悔しそうなむくれた顔をしていたけど
すぐに モコちゃんに抱き着いて「ありがとう」と大胆な挨拶を交わしていた。
それにしても あの胸の痛みは通常の物ではないな。
18年間 美しいままの彼女に比べて 俺は。俺の体はどうして老いるんだ。こんなに好きなのに。
時の流れは残酷だった。
リンゴの収穫を二人で楽しんでから家に帰ると トモちゃんは香りの強そうなリンゴを選んでキッチンへ入って行った。
今日一日の間に 色々と考えたけど、そろそろ 本当のことを話すときが来たのかもしれない。
それなら農園の外でも暮らしていけるように まずはトモちゃんのためにアレをプレゼントしたほうがいいかもしれない。
できたわよ
ドン!
ドン!
テーブルの上には 溢れそうなくらいの焼きリンゴが入ったパイが置かれた。
そして
「これは 魚パイじゃないか? 驚いたよ。造ってくれてありがとう」
照れ笑いしながら 鼻をかくトモちゃんは俺のために急いでパイ生地を練って用意をしてくれたようだ。
先に 魚パイをいただくと サクサクとした触感のパイ生地と蒸し焼きになった魚の柔らかい身がほぐれて口の中で広がった。
これは美味しい。
即席のパイ料理のはずなのに どうしてこんなに美味しいパイを焼けるんだ?
アップルパイの生地を利用する方法でも あみ出したのだろうか?
いいや そんなはずはない。それは俺が一番よく知っているはずだ。
だとしたら・・・ そうか。。 そうなんだ。トモちゃんはもう大人になっていたんだな。
嬉しくて 涙が出そうになった。
「なあ トモちゃん。明日 君にプレゼントしたいものがあるんだ」
肩をすくめて可愛い笑顔をする妻は
「何よ?何? プレゼントだったら今でもいいわよ 」
と言ったけど アレは銀行の貸金庫に預けているので渡すには少しだけ準備が必要になる。それに・・。
「まあ 少しだけ準備があるし話したい事もあるんだ。あと前に魔導通信の操作の方法も知りたがっていただろ?よかったら食事のあとで俺の部屋に来ないか?」
「まあ 魔導通信の使い方を教えてくれるの?? うれしい。私 いろんな人たちと話をしてみたかったの!」
バサ!
俺は トモちゃんに強く 強く抱きしめられた。
そんな簡単な事で男に軽々しく抱き着いたりしちゃダメだよっと言いたいところだけど
俺は旦那だから許されるだろう。
それにしても 胸のふくらみ。何気に手を回してしまったが流れるように美しいカラダのライン、
可愛い目元にふくよかな唇は 見ているだけで心が流されてしまいそうだ。
女神は言うまでもなく女神なんだな。
だけど 考えてみればトモちゃんは俺の妻で たった今だけど大人と認めただろ?
つまりそれは。。
でも でもいいのか? 20歳まで我慢しようと勝手に思っていたじゃないか?
けど 大人なんだし許されるよね?
混乱した挙句に 落ち着くために「マインドフルネス」を使おうとした。けど
当たっている彼女の胸がそれを許してはくれなかった。
ああ もうダメだ!と思ったら
「さあ 食べましょう。それにしてもあなたの体、とっても熱かったけど大丈夫?」
「あっ ああ 大丈夫さ この通りだよ」
「そう よかったわ、ホントはアップルパイのほうが自信作なのよ」
トモちゃんは離れてくれたけど 俺は幸せ過ぎて放心状態だった。
おかげで美味しいアップルパイが のどを通らなくて大変だった。
・・・・
俺は トモちゃんへのプレゼントを渡すために 銀行と通信をすると、銀行はスパイダー銀行と言う名前に変わっていた。
最近 かつてのライバルだったスパイダーが力を取り戻して来たことは知っていたけど、だけどこれほど早いとはな。 でも気づけて良かったよ。
貸金庫のすべてを引き出す事にした。
なにせ 大事なものをたくさん預けていたから。
そしてベッドに入って今日の出来事を思い返した。
魔導通信機を使って 知らない人と初めて話したトモちゃんの瞳は輝きに満ちていたな。
もっと早くに 外の世界に触れさせてあげてもよかったのかもしれない。
俺が何もしなくても、ちゃんと 成長してくれてありがとう。
近いうちに とびっきりの準備をして もう一度 プロポーズしてみようと思う。
もう ウソをつかなくていい やっと 君と向き合えるんだ。
・・・次の日・・・
俺はマリアを連れて 早速スパイダー銀行へ向かった。
でも 街に入ってしばらく歩くと
グサ!グサ!
後ろから 人が寄りかかってきたと思ったら細い突起物が俺の中に入ってきた。
そして 耳元で女の声がささやいた。
「スキル「右へ進め!!」。血が逆に流れる気分はどうかしら?
どう?私のスキルはこんな使い方もできるのよ。すごいでしょ?
本題に入るけど天空城で女性を助けたのは お前だね? 街はずれまで付き合ってもらいましょうか?」
密着しているし 爆発系の魔法で吹っ飛ばすか?
だけど コイツはただ者じゃない。 マリアもいるし街中で大爆発を起こすわけにはいかないか。。。
「おい マリア!! 知人に会ったんだ!!今日は中止だ。すまないが、積もる話をしたいからこのまま帰ってくれないか?」
私はマリア。銀行の帰りにお嬢様の洋服の布と一緒に私の服も買って下さると言っていたのに残念だわ。
それにしても あの方とあんなに寄り添って歩いて行ってしまいましたが、仲のいいご友人なのでしょうか?
いいえ 詮索しないのが私の仕事ですね。
それに、旦那様は 少しぐらい悪い遊びをされても許されるかと思います。
けして 周りが言うような、ケチなお方ではないのです・・。
私は 洋服屋へ向かって帰ることにした。
・・・・街の外れにて。
「なあ 早く女神様のことを話して楽になるれよ。それともまだ 毒の苦しみが続くほうがいいのか?
別に、お前をほっぽり出して さっきのマリアってヤツに付いていってもいいんだぞ」
「まてまて、記憶をなくしたあの女は、女神だったのか?18年の謎が解けて安堵していたところだよ。
だが残念だが、俺はアイツにそれほどの価値があるとは思わなかった。
記憶も失っているし徐々に食が細っていったからな、せめてと思って子供を産ませようとしたら死んでしまったのさ。がはは」
「やはりそんなことだったか。使命のために記憶が消されていることを利用するとは最低な奴め」
女は俺の胸倉をつかんで 自分の顔の前に引き寄せると様々な罵声を浴びせてきた。
「・・・・だ!カスが!」
うまく 騙せたみたいだし、そろそろ 俺も覚悟が出来たよ
「もったいないな・・俺ならそのスキル・・もっとうまく使えるぜ!」
俺はヤツに体を密着させた。
「命乞いか?バカだねぇ。どうせ死ぬんだ、話してごらん」
ドッカン!!!
トモ・アグネスショコラ、嘘ばかりついてごめんな・・ぐ・・・。