テトテ集落大感謝祭みたいな その5
「あ、パラナミオちゃんのお父さん! 今日はお隣ですね! よろしくお願いします!」
僕の屋台の隣で焼きたてのパンを並べていたテマリコッタちゃんが、笑顔で僕に挨拶してくれました。
パラナミオより小柄なテマリコッタちゃんですけど、ほぼ同じ年齢の2人は初めて出会った日からすごく仲良しなんですよね。
「それで、あの……パラナミオちゃんはどこにいるのかしら?」
「あぁ、パラナミオはこのあと舞台で歌の発表会があるんで、そっちに行っているよ」
「え! そうなんだ! パラナミオちゃんが歌を歌うんだ!」
そう言うと、テマリコッタちゃんはなんか急にソワソワし始めました。
おそらく、パラナミオが歌を歌うところを見に行きたいと思ってくれているのでしょう。
すると、それを察したらしい屋台の店主をしている人狐(ワーフォックス)の女性の方が
「テマリコッタちゃん、見に行ってきても大丈夫よ。しばらくの間なら私一人で大丈夫だから」
「本当?ヨーコさんありがとう! 私ちょっと応援に行ってくるわ!」
テマリコッタちゃんはそう言うと、白いエプロン姿のまま舞台に向かって駆けていきました。
その様子を、人狐の女性……ヨーコさんは手を振りながら笑顔で見送っています。
「なんかすいません。ウチの娘の応援に行ってもらっちゃって」
「いえいえ、テマリコッタちゃんはパラナミオちゃんのことが大好きですからね、これぐらいさせてあげないと可愛そうですわ」
ヨーコさんは、そう言ってニッコリ微笑みました。
以前から何度かお会いしているヨーコさんですけど……やっぱこの名前って僕が元いた世界の人の名前にそっくりなんだよなぁ……でも、どう見ても亜人の方だし、まぁ、僕の考えすぎなんだろう、うん。
「じゃ、帰って来たら2人で仲良く屋台のお手伝いしてもらいましょうか」
「そうですね。それがいいと思いますわ」
僕とヨーコさんはそう言いながら頷き合うと、互いに自分の店の準備を進めていきました。
すでにテトテ集落の皆さんによる屋台は出そろっていまして、あちこちで威勢のいい声が飛び交っています。
「おら! アルリズドグ商会の名にかけても、今日はテトテ集落の皆さんに楽しんでもらうんだからな!」
「「「はい!」」」
アルリズドグさんのかけ声に、アルリズドグ商会の皆さんは元気に返事を返しながら店の準備を進めています。
アルリズドグ商会の屋台は、海の幸を使った鉄板焼きをメインに、魚類の販売などを行うみたいです。
「ほう? 海の魚とな?」
「こんな山の中で海の魚が食べられるなんてなぁ」
テトテ集落の皆さんは口々にそう言いながら、アルリズドグ商会の屋台の前に集まっています。
すると、ウルムナギ又のルービアスが気合い満々の表情で僕の前にやってきました。
「店長さん、アルリズドグ商会に負けてられませんよ! 私も試食を配りますので、何かください」
「じゃあ、ヤルメキスのスイーツをお願いしようかな」
「は、は、は、はい、こ、こ、こ、これが試食用のショートケーキでごじゃりまするぅ」
ヤルメキスから試食用に小分けされたケーキを渡されたルービアスは
「さぁ、これでコンビニおもてなしは後、10年は戦えるでありますよ!」
そう言うやいなや、
「さぁさぁコンビニおもてなし名物のショートケーキの試食ですよぉ! ヤルメキススイーツの人気商品ですよぉ!」
ステップを踏みながら屋台の前で声を上げ始めました。
すると、
「おぉ! コンビニおもてなしさんも販売が始まったようじゃな」
「ショートケーキ美味しいのよねぇ」
そんなルービアスの声に釣られるようにして、アルリズドグ商会に集まっていたお客さん達がどんどんこっちに流れて来始めました。
その間にあるヨーコさんのお店でパンを購入する人の姿も見られます。
その光景を見ながら、アルリズドグさんは腕組みしながらその顔に感心したような表情を浮かべていました。
「へぇ……ルービアスとかいうちっこいの、なかなかやるじゃねぇか。おい!こっちも負けるな!
「「「はい!」」」
アルリズドグさんの再度の号令一下、アルリズドグ商会の屋台の呼び込みの声がさらに熱を帯びていきました。
しかし、ルービアスも負けじと笑顔でステップを踏み続けています。
コンビニおもてなしで、試食配布担当として勤務し続けているだけあって、その動きにはキレがあり、見ている人々を引きつける何かを秘めている……のかもしれません。
そんな呼び込み合戦を続けていた両者なのですが、
『只今より、舞台におきましてガタコンベ学校の皆様によります歌の発表会が行われますにゃあ』
テトテ集落の長のネンドロさんの声が魔法拡声器で集落中に響くのと同時に、
「む? パラナミオちゃんの出番じゃな?」
「こりゃいかん! すぐに舞台に行かねば!」
集落の皆さんは口々にそう言いながら、一斉に舞台へ向かって駆け出していきました。
気がつけば、屋台の前にあれだけいた人々は一人もいなくなっているではありませんか。
その光景には、アルリズドグさんもルービアスも、目を丸くしながら固まるしかなかったようです。
ま、この集落ではアイドル並みの人気者ですからね、パラナミオは。ある意味仕方ありません。
ほどなくして舞台にパラナミオ達が登場してきました。
テリブルアが指揮で、シングリランが手拍子の係のようです。
リョータも、シングリランのお手伝いとして、舞台上で手拍子をすることになっています。
リョータは、参加出来ることになってすっごく喜んでいたんですよね。
店の前に人がいなくなったもんですから、店番をブリリアンにお願いして僕も舞台の前に移動していきました。
そんな僕に真っ先に気がついたリョータが、嬉しそうに微笑みながらこそっと手を振ってきたのが見えました。
そのすぐ横にいるパラナミオも僕に気付いたみたいで、一緒になって手を振り始めました。
すると、舞台前に集合しているテトテ集落の皆さんは、パラナミオとリョータが自分達に向かって手を振ってくれていると思われたらしく、
「うぉぉぉぉ! パラナミオちゃ~ん!がんばれ~」
「リョータくんも応援してるぞ~」
と、まぁ、会場中からすごい歓声が上がり始めまして、同時にほぼ全員の皆さんが手を振り返し始めたんです。
そのまま感極まった皆さんってばウェーブまでし始める始末でして……ってか、この世界にもウェーブってあったんだ……
僕がそんなことに感心していると、舞台袖にネンドロさんが出て来て、みんなをどうにか静かにさせていきました。
で、みんなが静かになったところで、みんなの歌が始まりました。
日頃から練習を重ねているパラナミオ達ガタコンベの子供達は、シングリランとリョータの拍手に合わせて元気な歌声を披露していきました。
その歌声を、集落前に集まっている皆さんはみんな笑顔で聞いています。
もちろん、僕も笑顔です。
舞台袖にある保護者席にいるスアも笑顔でパラナミオとリョータ達を見上げていました。
この日、ガタコンベ学校による合唱は3回行われたのですが、その度に集落のみんなが舞台前に集合して、その歌声に聞き入っていました。
その合間に、僕達コンビニおもてなしや、アルリズドグ商会、オトの街の屋台に皆さんが殺到していました。
コンビニおもてなしの屋台は、この日はお弁当やスイーツを中心に扱っていたのですがすごい勢いで売れていったせいで、途中、僕とヤルメキスが転移ドアで本店に戻って追加を作らなければならなかった次第です。
そして、夕方になり、祭りが終了するころになりますと、全ての屋台がほぼ完売していました。
「いやぁ、皆様のおかげで、今日の感謝際はいままでで一番盛り上がりましたですにゃあ」
ネンドロさんは笑顔でそう言いながら、屋台を一軒一軒回っていました。
その後方には、集落の皆さんも集まっていまして、ネンドロさんと一緒になってお礼を言ってくれています。
その光景を眺めていると、スアとパラナミオ達がようやく戻ってきました。
みんな笑顔です。
うん、なんか参加してよかったな。
僕は、みんなを見回しながら、心の底からそう思いました。