第十八話 狩人
「ユウキ。俺たちも行ってくる」
「解った」
「2ヶ月で戻ってくる。ユウキ。頼む」「お願い」
ユウキの手を握りながら、頭を下げるのは、リチャードとロレッタだ。
「わかった。お前たちが帰ってくるまで、しっかりと守る」
「ありがとう」「ユウキ!感謝!」
リチャードとロレッタが、”転移”を発動させる。目的地は、アメリカのリチャードが育った。今は、誰も居ない教会だ。
「行ったか?」
「あぁ残っているのは、お前たちだけど、どうする?」
「ヒナは、残して行こうと思っていたけど・・・」「イヤ!」
「レイヤ。愛されているな」
「ユウキ・・・」
ニヤリと笑ったつもりのユウキだが、姿が可愛い中学生なので、子供が大人のマネをしているようにしか見えない。
「それで?どうする?」
「ん?あぁユウキは、自分のことを優先してくれ、俺たちの準備は終わった。実行のタイミングだけだ」
「そうか、すまない」
「気にするな。俺と、ヒナは・・・」
レイヤは、自分の腕に捕まっているヒナを見る。離さないと目が訴えている。
「俺は、ヒナと皆の手助けをしてくる」
「頼む」
実際に、レイヤとヒナのコンビは極悪だ。
レイヤは、サトシを除くと最高の攻撃力を誇っている。サトシが、聖剣頼りになっているのを考えれば、レイヤは各種の武器を使い分けて、属性攻撃ができる(搦手での攻撃を含めると圧倒的にユウキが強い)。地球での戦闘では、サトシではなくレイヤに軍配があがる可能性が高い。補助系のスキルを持っているヒナとレイヤのコンビは、隠密を含めて地球での活動では、ほぼ無敵だろう。
ヒナとレイヤの復讐相手はすでに判明している。相手の素性の調査も終わっている。レイヤとヒナなら、すぐにでも拘束して、復讐を完遂できる。しかし、復讐相手が、ユウキのターゲットに連なる者のために、監視を行うだけにしている。監視は、アリスがテイムした鳥や小動物たちを使っている。
レイヤとヒナも、ユウキに挨拶をしてスキルを発動する。
まずは、最初に行動を開始するフェルテとサンドラが居るドイツに転移した。
「ふぅ・・・」
ユウキは、魔法陣が消えた場所を見つめている。ヒナのスキルを使えば、魔法陣が現れないが、”様式美”という理由と、”魔法陣”が必須だと思わせる演出だ。誰に、見せるわけではないが、誰かに見られても問題がないようにしているのだ。
ユウキは、視線に気がついた。悪意や敵意は一切ない。
物陰から、1人の女性がユウキに近づいてきた。
「母さん?」
「ユウキ。少しだけ時間を貰える?」
「なに?」
「馬込さんのところで、話をしたいのだけど・・・。ユウキの、ユウキたちの父親に関して・・・。私たちが知っていることを・・・」
「・・・。いいの?」
「馬込さんと話をして、私たちが黙っていても、ユウキは真実にたどり着いてしまう。そのときに、あの人たちから、真実が語られるよりは、私たちがユウキに話したほうが・・・」
「ありがとう。母さん。俺は、母さんと父さんの子供で、よかったよ」
「ユウキ。私たちのことを、まだ・・・。母と父と呼んでくれるの?」
「え?もちろんだよ。俺の、俺たちの母さんと父さんだろう?」
「・・・。ありがとう」
涙を流しながら、自分たちの罪の告白を決めた時から悩んでいた。
ユウキに真実を告げた時に、今と同じように、”父”や”母”として慕ってくれない。その可能性があると考えるだけで怖かった。
老夫婦にとって、ユウキたちは特別な存在だ。ユウキたちよりも、先達は存在している。しかし、老夫婦に取っては、ユウキたちは全員がほぼ同じ理由で預けられた。
ユウキと老夫婦は、馬込が住んでいる別荘に移動した。
「白崎さん。本当にいいのですか?」
「えぇ馬込さん。ユウキに、新城さんのことを教えようと思います」
「わかった。ユウキくん」
ユウキは、老夫婦が座っているソファーの正面の椅子に腰を降ろしている。馬込は、ユウキの右側に座っている。
「はい。何でしょうか?」
ユウキは、馬込の目をしっかりと見つめながら答えた。
目上の人だということもあるが、レイヤとヒナが世話になった。ユウキたちが安全な拠点を得られて、後顧の憂いなく戦いを行うのは、馬込がしっかりとバックアップをしてくれているからだ。
「ユウキくん。白崎さんたちには、一切の非はない。全て、私が頼んだことだ」
「馬込さん!それは、違います。私が、私たちが・・・」
「白崎さん。いいのです」
片手を上げて、腰を浮かし始めた老夫婦を制して、馬込はまっすぐに向けられているユウキの目を見返す。
老婦人は、馬込の覚悟を悟って、椅子に座った。
「ユウキ。これから、馬込さんが話される事は、私たちが考える真実だ・・・。だから」
「父さん。大丈夫だ。俺もわかっている。真実は、見ている方向で変わってくる、そして見たことでしか真実は語れない」
「・・・」
老紳士は、ユウキの肩に手を置いて、ユウキを引き寄せて抱きしめた。子供が、”真実”に冷めた考えを持っているのが、たまらなく寂しく、そしてユウキならわかってくれると考えていた自分たちが浅ましく思えてしまった。
馬込は、老紳士がユウキを抱きしめるのを見ていた。どれだけ子どもたちを大事に思っていたのか知っていた。自分が、ユウキたちを白崎たちに預けたのは間違っていなかったと心の底から思った。
「ユウキくん」
椅子に座り直したユウキに、馬込が声をかける。
馬込は、テーブルに置かれた緑茶で喉を湿らせてから、”真実”を語りだした。
ユウキの母親が犯した罪と、その概要。
そして、母親を死に追いやった者たち。ユウキが理解していた話だけではなく、老夫婦の犯した過ち。
「ユウキ」
「父さん。母さん。ありがとう」
「え?」「・・・」
「俺は、いや、俺たちは、父さんと母さんの子供でよかった」
「ユウキ?」
「母や血縁上の父の罪まで、父さんと母さんが被る必要は無いのに、俺たちを・・・。俺を育ててくれた・・・。だから、ありがとう。母の罪は俺が背負う。だから、父さんと母さんは、安心してくれ!馬込先生。ありがとうございます」
「ユウキくん。この話は、私たちの真実だ」
「はい。わかっています。やはり、遺伝子的な父が・・・」
「そうだ。元凶は、君の父であり、弥生くんの父である男だ」
「・・・。やはり、俺と弥生は異母兄妹だったのですね。それでは、弥生の母は?」
「自殺した。いや、自殺したことになっている」
「そうですか・・・。調べることはできますか?」
「死亡の記事は出ている」
微妙な言い方だが、ユウキには十分な情報だ。”復讐”のターゲットが一つになっただけだ。
「もうひとつだけ教えて下さい」
ユウキは、馬込をまっすぐに見据える。
「なんだね?」
「母の両親は、健在なのでしょうか?」
「・・・」
「馬込さん。新城さんたちのことは・・・」
「そうだな」
「ユウキ。あの子の両親は、事故で死んでいる。それこそ、私たちが出会ったころに、あの子は独りになった。その寂しさに・・・。あの人は・・・」
「わかりました。祖父母の事故は?」
「わからない。当時は、事故と事件で調べられたが・・・」
「そうですか・・・。あの男が関係しているということは?」
「・・・。わからない」
老夫婦は辛そうな表情をするが、実際に”事故”として処理されている。
老婦人が使っている”あの人”という言葉は、自分たちの罪の意識に起因している。
老婦人に気を使いながら、ユウキは狩人のように、母親を殺した者たちに狙いを定めた。弥生の母親の敵でもある。
「ユウキ?」
「父さん。母さん。大丈夫。俺は、奴らと同じ土俵には上がらない。俺たち流のやり方で対処する」
「・・・」
「まずは、姉さんや兄さんたちだ!」