第1話(2)要するに地球ヤバい
「あっ……」
「これをどこに運べば良いんですか?」
「あ、あっちの第二格納庫や。お願い出来る?」
「お安い御用です」
そう言って大洋は軽々と荷車を押し始めた。置き場所を教える必要性があると思った隼子は慌ててその後を追いかけた。
「……じゃあ悪いけど、その辺りに並べてもらえる?」
「分かりました」
大洋は手際よく、荷車から資材を下ろしていく。数時間はかかるかと思った作業が十数分で終わったことに隼子は喜んだ。
「いや~お陰で助かったわ。ホンマにありがとう。これお礼のアイスコーヒーな」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
大洋は隼子から紙コップを受け取った。一口飲んで、隼子に尋ねる。
「あ、あの、飛燕さん、質問しても良いですか?」
「ん? 何?」
「ここ数日、この会社は随分と慌ただしいですが、何かあるのですか? トラック等も頻繁に出入りしていますが……」
「ああ、それは毎年恒例の『ロボットチャンピオンシップ』、通称ロボチャンの長崎県予選に参加するためや。大会の会場にロボットを移送したり、諸々せなアカンことが一杯あるから、この時期は皆てんてこまいやねん」
「ロボチャン……ですか?」
「え、ロボチャン知らんの⁉」
「何となく聴いたことはある気がするんですが……すみません、思い出せません」
「いや、別に謝らんでもいいけど。そっか~記憶喪失って難儀やな~」
隼子は空になった荷車に腰を掛けて大洋に説明を始めた。
「ロボチャンは防衛軍やら、政府や大学等の研究機関やら、さらにはウチみたいな民間企業まで、数多くの組織・団体が参加して、各自の開発したロボットの性能を競う場なんや」
「性能を競うというのは?」
「色々な部門があるけど、最も盛んで、尚且つウチの会社も参加するのは『戦闘』部門やな」
「戦闘……」
「そうや、ガチンコで相手のロボットと戦って、相手を戦闘不能に追い込んだら勝ちや!」
「最も盛んと言うのはどれくらいの規模なんですか?」
「う~ん、九州地区だけでもざっと20~30組は参加するんちゃうかな」
「そんなに⁉」
「そうやで……あ、これ見て!」
隼子は自分の持っていた小型タブレットから今回のロボチャンの公式プログラムを映し出して大洋に見せた。何故か得意気に胸を張る隼子。大洋は少し躊躇いながら口を開く。
「飛燕さん、もう一つ質問しても良いですか?」
「え、うん、ええけど」
「何ゆえにこんなにも多くのロボットが作られているんですか?」
「あ、そこから? 記録によると高校は出ているみたいだから、その辺の事情も把握しているかなと思ったんやけど……」
「座学で様々な講義を受けたという記憶はおぼろげながらあるんですが……」
大洋が何だか申し訳なさそうに頭を掻く。隼子はその様子を見て思い付いた。
「よっしゃ、疾風くんもそこに座り! 隼子先生による即席授業や、科目は『5分で分かる21世紀の歴史』や」
いつの間にか、何処からか調達してきた白衣を羽織り、度なしの眼鏡を掛けた隼子が指し棒を片手でポンポンとしながら授業を始めた。
「世は21世紀初頭、人類はこの新たな世紀はきっと希望と平和に満ちあふれた世紀になるだろう! ……と皆が思っとった。しかし、蓋をあけてみると、テロ活動の頻発、国家はそれを鎮圧するために、軍隊を出動させる。各地で規模の大小を問わず戦争や紛争が続いた。そうこうしている内に未曾有の天変地異や全世界規模のパンデミック発生や! それまでの人類の築き上げてきた社会が大きくぐらつき始め、人々は不安と苛立ちに駆られた。数年かかってそのパンデミックも何とか収束……しかし、人類には再び厳しい試練が襲い掛かってきたんや。」
「厳しい試練?」
「2030年代に入ると、天変地異の影響によるものなのか世界各地で巨大怪獣が出現するようになった。巨大な獣たちは世界中で破壊の限りを尽くして暴れまわり、人類を恐怖のどん底に突き落としたんや。」
「巨大怪獣……」
「対立ばかり繰り返していた人類もここにきてようやくまとまりはじめ、新たに発足した『地球圏連合』、通称、連合の軍が、当時最新鋭の兵器・武器を結集して、暴虐な獣たちを次々と駆逐することに成功したんや」
「凄いですね」
感心する大洋に対して隼子は首を振る。
「……それは終わりではなく始まりでしかなかったんや……」
「え?」
「それまでオカルト雑誌のネタに過ぎんかった、ムーやアトランティス、レムリアといった海の底深くに沈んでいた巨大大陸が突如浮上。その巨大な大陸には大小様々な部族が居住していた。連合は便宜上、そのものたちを『古代文明人』と呼称。古代文明人はそのほとんどが人類に対して友好ムードやったが、いくつかの過激派と見られる勢力が連合に対し、宣戦を布告してきよった」
「ええっ⁉」
「奴らは人類を凌ぐテクノロジーを有していて、中には巨大怪獣を自由自在に操る部族もいた……更に泣きっ面に蜂というしかない状況が人類を襲う」
「ま、まだ何か……?」
隼子が指し棒で上を指し示す。
「異星人や」
「異星人⁉」
「まだ月にも満足に行けないような状態だった人類にとって、文字通り宇宙から降ってくる異星人の軍隊は脅威そのものやった。中でも一番の脅威やったのが、異星人の操る機動兵器、通称『ロボット』や」
「ロボット……」
「人型やったり、獣型やったり、そのタイプは様々やったが、連合の所有する兵器ではなかなか太刀打ち出来んかった……しかし捨てる神あれば拾う神ありとでも言おうか、それとも敵の敵は味方か、古代文明人がその優れたテクノロジーを人類に提供してくれたんや」
「おおっ!」
「さらに異星人も一枚岩ではなかったようで、一部の戦力が離反。連合と同盟を締結することとなった。異星人側からも様々な技術供与があって、人類のロボット開発や宇宙開発は僅か数年で飛躍的な進歩を遂げた。こうして、人類は古代文明人の操る怪獣や、異星人の操縦する機動兵器に対しても、互角以上に戦えるようになっていった」
「それで倒したんですか⁉」
興奮気味の大洋に対し、隼子は静かに首を振った。
「穏健派の古代文明人たちが形成する国家群はそのほとんどが『地球連合』の傘下に加わった。しかし、一部の過激派の古代文明人たちはしばらく鳴りをひそめている」
「鳴りをひそめているというのはつまり……」
「いつまた人類に牙を剥くか分からんっちゅう話しや、現にここ数十年で地底や海底にひそんでいた勢力が何回か地上に対して侵略を仕掛けてきた話もある」
「まさか……異星人も?」
「察しがええな、月面に基地を建設したのを皮切りに、多くの宇宙コロニーが衛星軌道上に作られ、火星のテラフォーミング計画も本格化してきたこの数十年、それぞれ色々な思惑を持った様々な異星人からちょっかいを掛けられているのが現状や、さらに……」
「さらに?」
「宇宙に移民した人たちが連合の支配から脱却を目的に、自治政府を樹立した。これを良しとしない連合の強硬派が、軍を派遣して、自治政府を潰そうとしたが、連合の穏健派がこれを必死に押し留めている……というのがここ十数年の流れやね」
「……隼子さん、ひょっとしてなんですが……」
「ん?」
「地球ヤバいんですか?」
「相当ヤバいよ、滅亡への二三歩前ってところやね」