第1話(2) 食べ物の恨み
名は体を表すと言います。私、丸井桃は丸い体つきをしております。所謂一つの「ぽっちゃり系女子」であるということは認めます。更に、私の顔が怒りによって桃のように紅潮していくのが自分でも分かりました。ですがこれは体つきを揶揄されたことに対する怒りではありません。勿論、他人の身体的特徴を小馬鹿にすることも許されることではありません。しかし、何よりも私が怒っていたのは、楽しみにしていた焼きそばトンカツパンを台無しにされたこと……ではなく、私がこの世で最も愛するスポーツであるサッカーを侮辱されたと感じたからです。トラップも勿論知っています。飛んでくるボールを足や(手以外の)体の部分を使って止める技術のことです。だけど、至近距離から相手の体めがけて思いっきり強くボールを蹴りこみ、それを正確にトラップしてみせろというのは、練習の常識の範囲を超えていると私は感じました。実戦的というならば、尚更このような場所で行うべきではありません。この四人の関係性は分かりませんが、やはり練習というよりはイジメに近い印象を受け、そこが私の怒りを増幅させました。あと、やっぱり焼きそばトンカツパンの恨みが沸々と湧いてきました。
「……分かりました」
私は自分でも驚くほど冷静な声で彼女たちにこう告げました。
「そのトラップ練習、私にもやってみてもらえませんか?」
「「は?」」
二人が揃って驚きの声を上げました。もう一人のスマホをいじっていた女の子も視線をこちらに向けました。
「そちらの方の分のメニュー、私が代わりに消化して差し上げます」
膝をついて俯いていた眼鏡の女の子もハッとした表情でこちらを見てきました。明らかに戸惑っている様子ですが、私は構わず続けます。
「もしこなせなかった場合は土下座でも何でもしましょう」
「面白そうじゃない」
スマホをいじっていた女の子が遂に口を開きました。
「ヒカル……」
ヒカルと呼ばれた女の子は髪の色は薄い茶色、髪型は胸元ほどの長さのセミロングでゆるくウェーブがかかっています。いわゆる「ゆるふわ系」ですが、雰囲気から察するに、この三人組のリーダー的存在のようです。制服はさほど着崩してはいませんが、かなりのミニスカートです。校則を守る気はさらさら無いようです。
「一年にナメられているよ、ヴァネ、成実、お望み通り練習してやったら?」
「は? マジダヨ、こいつ一年じゃん」
私の制服のリボンの色を見て、私をピカピカの一年生と認識したようです。ちなみにこの学校は一年生が赤色、二年生が黄色、三年生が青色のリボンです。
「じゃあお望み通り練習つけてやるヨ!」
ヴァネさんが私の腰辺りに強いボールを蹴りこんできました。私は2,3歩程後ろに下がり、体を外側に開いて、右太腿の内側でボールの勢いを殺し、ボールを自らの足元に収め、丁寧にヴァネさんにボールをリターンし(返し)ました。
「ふ、ふん、マグレでしょ!」
今度は成実さんが私の足元に低く鋭いボールを蹴りこんできました。私は半歩程後ろに下がり、体を少し外側に開いて、右足の内側、インサイドと呼ばれる部分でボールを受けました。強いパスだった為、ボールが若干浮きましたが、これは狙い通りでした。浮き球を右膝でコントロールして、体を少しひねり、所謂ボレーシュートの体勢でボールを鳴海さんに返しました。強いボールが返ってきたことに面食らった彼女はトラップをミスしました。
「あ、すみません、難しかったですか?」
「調子に乗るなヨ!」
私の軽い挑発に怒ったヴァネさんが強烈なボールを蹴りこんできました。位置的には私の胸高ら辺、そのまま胸で受けても良かったのですが、1,2歩程下がった私はあえて体を右に少し傾け、左肩辺りでボールを受けました。先程と似たような要領で、ボールを自分の右前方に浮かせました。落下位置にすぐさま移動して、これまた似たような体勢でボレーシュートをヴァネさんに返しました。彼女もボールがリターンしてくるとは思わなかったようで、トラップしきれず、ボールを鳩尾に食らって軽く悶絶していました。
その後も二人とも、強いボールを何度か蹴りこんできました。私もいささかムキになってきて、さらに強いボールを蹴り返しました。
「これはメガネの彼女の分!」
「これは私の顔面の分!」
「これは焼きそばトンカツパンの分!」
さらにもう一球、え、まだ?
「~~これも焼きそばトンカツパンの分!」
彼女たちは私のボールを受けきれず、とうとうその場にヘタり込んでしまいました。正直もう怒る材料がなかったので、助かりました。
「もういいでしょう……」
私は疲れ切った二人に向かって、こう続けました。
「昔の人がこう言っていました。『ボールは友達、怖くない』と……その友達を使って、人を痛めつけるようなことは絶対に許されません……!」
「っ、そういうアンタが痛めつけてんじゃん……!」
「……『ボールは友達、(※但し食べ物を粗末にする不届きものにはお仕置きが必要なので、多少のオイタも)やむをえない』」
「いや、サラッと改ざんすんなし!」
「『大丈夫、怖くない』」
「付け足しで誤魔化すナヨ!」
「ねえ」
ヒカルさんが立ち上がって、私の前に進み出てきました。
「ウチとも遊んでくれる?」
「……もう十分でしょう。これ以上争う必要はありません」
そう言ってその場を立ち去ろうとした私に対して、ヒカルさんはこう言いました。
「負けるのが怖いの?“おまんじゅうちゃん”?」
「~~~!」
私は立ち止まり、ヒカルさんの方に振り返りました。
「だ、誰が……」
「ん?」
「誰が“ピンクまんじゅう”ですか! 私の名前が桃だからって! 言って良いことと悪いことがありますよ!」
「「ええっ⁉」」
「いやそもそも名前知らんし!」
「また付け足しダヨ!」
「やる気になったってことね」
ヒカルさんは左足の甲で軽くボールを浮かせると、鋭い脚の振りでボールを蹴ってきました。トラップを試みた寸前に、急激に左に曲がりました。私は体勢を崩しつつも、何とかボールを返しましたが、間髪入れずに強いボールを蹴りこんできました。今度は先程とは逆方向に、私から向かって右側に曲がりました。
(今度はアウトサイドに回転を⁉)
またも虚を突かれた形になりましたが、これもなんとか返しました。体勢を崩され気味な私でしたがそれでもボールを何とかリターンし続けました。段々とヒカルさんのボールに慣れてきたと思った私ですが、あることに気づき戦慄しました。ヒカルさんは一歩も元の場所から動いてないのです。
(私が上手く返していると錯覚していただけ……?この人の狙い通りに動かされている……!)
気持ちの上でも後手に回ってしまった私は徐々に劣勢に立たされていきました。
「くっ……」
遂に私にミスが出てしまいました。ボールは転々とヒカルさんの前方に転がっていきます。
「ウチの勝ちだね」
ヒカルさんはボールを足元に収めると、私に向かって、
「さて、じゃあ土下座でもしてもらおうかな」
「っ……」
私が唇を噛み締めつつも跪こうとした、まさにその時、