(1)突然の追放と新たな旅立ち
「イラリア、今日限りでお前はクビだ」
急にお呼び出しを頂きましたので、何かしらと思ったら正に晴天の霹靂でした。
この方はグリアム様。
城内にて人員の配置を担当されている、とてもお偉い方です。
「あら、それは残念です。理由をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「お前の様な田舎者に、この城の名を冠するワインを作っては欲しくないという事だ。しかも統括責任者だと?馬鹿げている」
「そう申されましても。私を今の地位に任命されましたのは、他成らぬグリアム様だったと記憶しておりますが」
「黙れ!減らず口を叩きおって」
いいか!と憤りを隠さずグリアム様はお話を続けられます。
「お前も知っての通り、この国はワインの輸出によって莫大な富を築きあげてきた。ワインは、我国の経済を支える最も重要な位置づけ、シンボルなのだ。だというのに、その統括責任者がお前のような田舎出身で気品のかけらもない小娘だと?他国からもいい笑いものだ。そもそも、私は最初からお前をこの城で働かせることに反対だったのだ」
小娘ですか、今年27歳となるのですが。少々複雑ですね。顔立ちが幼いのは仕方ないことかと。
「はあ。私の生い立ちは一先ず置いておいて。後任の方はお決まりなのでしょうか」
「ふん、教えてやる義理もないが良いだろう。クーラだよ。お前も知っての通り、副統括責任者だ。適当な人選だといえるだろう」
クーラ様ですか?ああ、思い出しました。とてもお綺麗な方でしたね。ただ残念なことに、お話をしたことが殆ど無かったので忘れておりました。あの方は、虫は苦手だとブドウ畑にはお顔を出されていませんでしたし。それに、アルコールの匂いがきついからと醸造所でもお見かけしたことがありませんでした。私の主な作業場でもある、研究所にも居ませんでしたし。
普段は何処にいらっしゃったのかしら?
「そうですか、残念です。今年は過去に類を見ない素晴らしいワインが出来そうでしたので」
「そんなことは知ったことか。どうせ今までもこの国の持つ素晴らしい土壌や天候に頼ってワインを作ってきたのだろう。この地があれば、誰にでも出来るのだよ。たまたま、お前の作った変わり種が昨年コンクールで優勝を取ったからといっていい気になるな」
「はあ。誰にでもですか」
それより、変わり種とは随分な言い方ですね。作るの大変でしたのに。
「理解したか?なら、さっさと荷をまとめて明日の朝にでもこの城を立ち去れ」
どうやら、これ以上の対話は不可能の様ですね。
「承知いたしました。それでは明日にはこのお城を出てゆきます。長い間お世話になりました」
グリアム様ったら、こちらを見てもくれませんのね。片手で小動物を追い払うような動作をされていらっしゃる。流石に傷つきますわ。
グリアム様のお部屋を出ると、一人の美しい女性と目が合いました。私を嘲笑うかのような表情で見つめています。おや、クーラ様でしたか。
「こんにちは。クーラ様」
「あら、ごきげんよう。どうかされましたの?落ち込んだ表情をされていますわよ」
「ええ。実は今日限りでお城をクビになってしましまして」
あら!と、綺麗なお手でご自分の御口を覆われています。
「それは驚きですわ。その件で、私がグリアム様に呼ばれたのかしら?」
あらあら、声がとても嬉しそうですわ。何か良いことでもあったのでしょうか?
「ええ、そうかと思います。私の後任はクーラ様になるとおっしゃっておりましたので」
「そんな大任が務まるか不安ですわ。ですが、後任として一生懸命頑張らせて頂きますわね」
「仲間の皆様を、ブドウを宜しくお願いします」
激励を兼ねて握手を求めましたが、急いでいるからと断られてしまいました。
土にまみれたこの手で、あの柔肌に触れるのは失礼でしたでしょうか?
~グリアム執務室内~
「待っていたよ、愛しのクーラ。さあ、ここに来ておくれ」
ポンポンと、自身の太ももを軽くたたく。
「グリアムさまぁ。この度は無理を聞いて下さり感謝いたしますわ」
甘い声色を出し、クーラは椅子に座るグリアムの膝に腰掛ける。
「私にかかればこの位容易いことだ。今年はあの田舎者の言う通り、過去に類をみないヴィンテージ物が出来るだろう。素晴らしい天候に恵まれているからな。国内のみならず、他国からの評価もかなりのものになる。そうなれば、手柄は統括責任者のお前と、そんなお前を推薦した私のものになる」
そして、鼻息を荒げるグリアム。
「それよりも、な!お前の願いを聞いてやったんだ。今度は私の望みを叶えてもらうのが筋だろう?」
「ええ。今晩お部屋にお伺い致しますわ。ワインでもお飲みになって、待っていて下さる?」
念願叶ったと、だらしない表情を浮かべクーラに抱き着くグリアム。そんなグリアムの頭を撫でるクーラの表情は非常に冷めたものだったが、ほんの僅かに嗤った。
やっとこの地位まで登り詰めた。あの邪魔だった田舎者も追い出した。貴族である私を差し置いて目立ちやがって。以前から目障りだったのよ。
だが、それも過去の事だ。これで私が、この国の顔になるのね。近い将来訪れる未来に想いを馳せて、恍惚とした表情を浮かべてしまう。ああ、ワインのリリース時にはインタビューをいくつも受けることになるだろう。美しいワインの作り手として、その名はきっと他国にまで及ぶことになる。農業などという芋臭いものに興味は無い。しかし一国の経済を支えるアイテムなのだから、そこは妥協してやろう。婚約者には王侯貴族の中から吟味して、飛び切りのを選ぼう。私の将来は約束されたも同然だ。
その際には、この性欲にまみれただけの禿はさっさと切り捨てる。
グリアムを見下す目は一層冷たく鋭利なものへと変貌した。
「これで全部かしら?」
グリアム様に、明日には出ていくようにと云われてしまいましたので、お部屋に戻り荷造りを行っていましたがようやく終わりました。すっかり深夜になってしまいましたね。
あら、ノックの音。誰かしらこんな時間に。
「どうぞ、お入りになって」
「「「失礼します」」」
「あら、どうしました?皆様おそろいで」
私が統括責任者を務めていた、ワイン部門の方々です。
「聞きましたよ。今日でお辞めになると」
「どうして教えて下さらなかったのですか?」
「私は一体、これから誰にワイン作りを教われば宜しいのですか?!」
あらあら、矢継ぎ早に質問されましても私の口は一つだけですし、困りましたね。
「落ち着いてください。皆さん。まず最初に」
私は深々と皆様に頭を下げました。
「ごめんなさい。私も今日初めて告げられましたの。皆様への挨拶は、明朝に伺おうと思っていました。だって皆さん、いつもお忙しくて疲れているでしょうから」
「水臭いですよ、本当に。それに一番忙しいのは貴方自身じゃないですか」
ルーチェ、私の右腕なんて呼ぶのはおこがましいけど、本当に色々と手伝ってくれましたね。私が悩んでいる時はずっと側で話を聞いてくれた。凄く頼りになる男性です。
「何のために私たちがここに来たと思っているんですか?」
ジーラ、貴方のワインへ対する情熱は、若しかしたら私以上かもしれませんね。果汁を発酵させている時。毛布1枚にくるまって問題がないかと一晩中、樽の中を我が子の様に見守っていましたね。貴方はきっといい母親になります。
「「今晩は夜通し呑みましょう、イラリア様」」
他のみんなも本当にありがとう。ここで皆と働けて本当に楽しかった。
「あら?」
瞼の奥が熱いです。おかしいですね。楽しかったのに、何故私は泣いているのでしょう?冗談です。流石の私にだってこれ位は分かります。寂しいのです。
「皆さん。本当に、本当にありがとうございました!」
「「「大変お世話になりました!」」」
その後は、皆で作ったワインを皆で飲みました。
ラベルに記入されたヴィンテージを見ながら、この年はこんなことがあったね。なんて、思い出話にも花を咲かせました。時間が止まれば良いと初めて本気で思いました。けど、楽しい時間はあっという間です。夜も明けて旅立ちの時は訪れます。
「我々に出来ることがあれば、何でもお伝えください。何を差し置いても必ず向かいます。」
「皆ありがとう。最高のブドウが、最高のワインが出来ることを楽しみにしています」
そして、私を乗せた馬車は走り出しました。私の姿が見えなくなるまで大きく手を振ってくれていました。
「さて、取り敢えず隣国をぶらりと旅でもしてみましょう。貯蓄も少しはありますし、なにか美味しい物でも食べながら身の振り方を考えましょうか」
でも、今は凄く眠い。隣国といっても丸2日はかかる長旅です。
今はただ、何も考えずにゆっくりと休もう。
そうして私は目を閉じました。