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星見の少年

 西門には二人の門番が立っていた。……が、残念ながらトーマスさんとリルさんではないらしい。

 タグプレートを渡して、魔道具というやつで確認してもらう。

「……はい、確認できました。頑張ってくださいね」

 にこやかにそう言われ、「ありがとうございます」と頭を下げる。
 二十前半くらいだろうか。まだ若さが残る顔立ちの青年と、ベテランっぽいおじさん門番に見送られ、僕たちは西の森に足を踏み入れた。

 シルバーに乗り、地図を開く。

「ここから右の方に居たらしい」

「……ふむ、たしかに臭いがします」

「臭い?」

「腐ったような臭いです。オークは肉体が大きい上に不潔な生き物ですから」

「なるほどなぁ」

 オーク、と言われると豚鼻の大きなデブを思い浮かべる。
 あながち間違いでもないようで……イノシシみたいな頭の、筋肉質なムキムキのデカブツらしい。まぁ豚なんかも全部筋肉だっていうし……。

「主、気配遮断を使いますが、念のため大きな声では話さないでください」

「わかった」

 シルバーが何かを唱えると、僕たちの周りに影が降りた。どうやら影魔法のようだ。

「そういえば火魔法以外の魔法を見たのは初めてだなぁ」

「……そういえばそうですね。今日はできるだけ魔法を使って戦いましょうか?」

「いやぁ……それだと怪しまれないかな?」

 詳しくはわからないけど、やっぱり魔法を使った攻撃と使わない攻撃とじゃ、戦った痕跡が違うと思う。
 小さな違和感から全部ばれることは多々あることだし……まぁばれてもあまり支障はないけれど。

 ばれてしまったら、僕が何者だって話にもなるし、何よりシルバーが恐れられる可能性もある。

「無理にとは言わないけれど、できれば物理で倒してくれると助かるよ」

「承知しました」

 頷いたシルバーはすぐに前を向いて、ゆっくりと歩き始める。
 よく考えてみたら、シルバーも戦闘はまだ二度目だ。知識があるとはいえ、実戦経験が少ないんだから、僕も彼を慮ってやるべきだったかもしれないなあ。

「……いました。ここにいますか?」

「うん、邪魔しちゃうと思うし」

 シルバーの背中から降りて、手綱を結ぶ。これで手綱も邪魔にはならないだろう。

 僕から離れていったシルバーの目線の先には、たしかにオーク……らしきものが。
 イノシシみたいな頭のムキムキマッチョ。うんまぁ、たしかにそうだ。たしかにそうなんだけど……と渇いた笑いを漏らす。

「……デカすぎでは」

 てっきりもっと小さいのかと。いや、想像していたオークも、もちろん僕より遥かに大きい。だが、向こうのやつはそれよりももっと大きい。
 茶色い毛がまばらに生えて、硬そうな肌をしている。手には僕くらいある棍棒を持っていて……つまり、僕の五倍ほどの大きさなのだ。

 シルバーの二倍くらい、と言った方がわかりやすいだろうか。彼は彼で大きいし、何よりかなり強いので問題はないだろうけど。
 しかしこの距離からでもちょっと悪臭が……。

「うぅ……臭い……」

「わかるぜ、くせぇよなアレ」

「そうなん……」

「……ん? どした?」

「……っ!? どっ、なっ、いっ、だっ!?」

 誰!?

「どうして、なんで、いつから、誰だ? ってところか〜? オレはルドラ・T・ソルヘイム。ルドラって呼んでくれよ。呼び捨てな!」

 にぱっ! と笑った褐色の少年に驚いて、僕は尻餅をついた。
 いつからそこに? と震えた声でつぶやくと、少年……ルドラと名乗った少年は、ニコニコした顔で考える素振りを見せ、「いつからだろうな?」と悪戯げに顔を歪めた。

「え、えぇ……」

「ところでアンタ誰? 名前は?」

「ぼ、僕は立川慎也」

「タチカワ・シンヤ……もしかしてシンヤが名前? 駿河国出身か?」

「え?」

 違うのか? というふうに見てくるルドラに慌てて頷く。多分、この世界の日本のようなところなんだろう。

「へぇ、駿河国出身か〜。オレ、駿河は行ったことないんだよな。今度行こうと思ってるけど」

「そうなんだ……えっと、君はなんでここに?」

「オレ? オレはまぁ、旅の道中? ってか、そっか、駿河国出身か。なら仕方ねえのかな〜」

 首を傾げる。何やら自分で納得してくれたようで、ルドラは僕の肩に手を置いて、どこか嬉しげに笑った。

「ルド君感激だわ〜。名乗ると集られてウゼェんだよな」

「……えっと……もしかして貴族とか……」

「貴族ではないな! まぁちょっち有名なだけさ。畏まる必要はねえよ? 貴族より偉いだけだし。そういやあそこに居るオオカミはアンタの使い魔か? 強そうだな〜、後で戦わせてくれよ!」

「え、あ、ああ、いいけれど……ん?」

 ……ちょっと待ってなんて言った?

「どうした?」

「……貴族より偉い……?」

「おう、そうだぞ。ルド君割と偉いからな。でもさっきも言った通り畏まる必要はねえからな!」

 僕は絶句してしまって、尻餅をついたまま、シルバーの戦いが終わったことにも気づかず、いい笑顔で笑う少年を見つめるしかなかった。





 ルドラをシルバーに乗せて、手綱とオークの指が入った袋を握って歩く。
 目を輝かせるルドラに、どうやら貴族より偉い……すなわち王族という身分であれど、子どもは子どもなのだと思った。

「サンキューなシンヤ。こんなにデカいオオカミに乗ったのは初めてだ! しかも喋るなんてな」

「……面目ないです主……」

「いやいや仕方ない」

 あの後、ルドラがいるとは知らずに僕に近づいてきたシルバーは言葉を発してしまったのだ。しかし仕方ないとしか言いようがない。

 シルバーは、ちゃんと僕にも気配遮断の魔法をかけていた。
 それなのに見つかったということは、彼の実力はシルバーと同等かそれ以上。本当に「仕方ない」としか言いようがないのである。

「オレの家ではゾウを飼ってるんだけどさ、そいつも喋るんだ」

「しゃ、喋るの?」

「おう。特別なゾウなんだ」

 喋るゾウ……いやここは異世界だし、そういうのもあるんだろうか。僕はまだこの世界に来て日が浅い。それに、ルドラの家は王家らしいから……当然、そのゾウというのもかなり珍しい種類のゾウなんじゃなかろうか。

「シルバー、喋るゾウって知っているかな」

「もちろんですが……おそらくルドラ殿が言うゾウというのは、精霊の類ではないでしょうか」

 シルバーがチラッとルドラを見た。ルドラは満足そうに頷いた。

「本当にこの世界のことなら何でも知ってるんだな。その通り、オレの言うゾウとは、厳密にはゾウじゃない。高位の精霊、オレの国を守護してきた守護精霊のことだ」

「精霊……」

 理解の追いつかない話だ。
 剣と魔法の世界というやつを舞台にした物語を読んだことのある人ならともかく、僕は幼い頃は野球やプラモで遊んでいたし、中高生のころは勉強漬け、成人してからは朝から晩まで仕事をして、帰ってからは酒浸りだった。
 そんな僕に、「精霊」なんて存在、聞いただけで理解が及ぶわけがない……。

「駿河国の守護精霊は鳥だよな。キジ……だっけか」

「あ、ああ、うん、そう」

「駿河国は国旗にもなってるからな、わかるぞ。ソルヘイムは全部秘密だからな……」

 そんなの知ってしまってよかったのかな……。
 内心は震えつつ、僕は渇いた笑いを漏らした。

「と、ところでルドラは、なんで旅に? 王族なのに大丈夫なのかい?」

「ああ……オレは第三王子だからな、兄貴たちが優秀だから全部ほっぽって自由に旅に出ても大丈夫なんだ。まぁたまに帰ってこいって言う怒りの手紙くるけど」

 それ旅に出るのダメだったんじゃ……。

「ま、オレは神剣の持ち主だからな。別に旅に出るのもおかしくないし」

「神剣?」

「そーそー」

「神剣とは、聖剣と並ぶ伝説の剣です。何十年かに一度持ち主が現れ、世の悪を浄化すると言われています」

「え、めちゃくちゃ凄いってことじゃないか……」

「へへへ、オレちゃんすげえんだぜ〜?」

 シルバーと同等という時点で分かってはいたけれど、思ったよりも凄い少年だった。
 けど、世の悪を浄化する……か。もしかしたら、アレクが関係しているのかな。

 そうして話している間に、僕たちは森を出ていた。

「ルドラは街に入れる……よね?」

「もちのろんだぜ。じゃなきゃ旅とかできねえからな。なぁ、このままアンタらについて行っていいか? なんか面白そうだ!」

「うーん、いいかな、シルバー」

「主が良いのでしたら、言うことはありません」

 シルバーの声色には不満はなさそうだ。なら、とルドラに頷く。

「僕は全然構わないよ。とは言っても、今までみたいに自由な旅はできないと思うけれど……」

「シンヤは旅よりも面白そうだ。波乱を呼ぶ星が見えるからな」

「星?」

「おう。へへ、じゃあよろしくな!」

 差し出された手を反射的に握る。思ったよりも手のひらの皮が硬くて、これが剣を扱う人間の手なのか、と思うと同時に……同じくらいの硬さだったウォルトンさんの手を思い出した。

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