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僕が異世界転移?

 車の部品工場。それが僕の仕事。

 四十二歳の独身男で、禿げ散らかして加齢臭もするおっさん。それが僕。

 毎日の晩酌を楽しみに生きる。それが僕の人生。

 ただダラダラとこんな日常を繰り返す。

 それがまさか、こんな形で、僕の人生が全てひっくり返るような出来事が起きるとは……思ってもみなかったのだ。





「――welcome! よく来たね。ささ、ちょっとだけでもゆっくりしてくれ」

「……は?」

 目前。眩い少年。……ここはどこだろう? 僕はいつものように安酒を飲んで、スーパーの美味しくないトンカツを食べていたはずで……。

「まずは混乱を治めよう。――『落ち着け』」

「――ッ!」

 バチッとうなじに電流が走ったような感覚があって、次の瞬間には、僕は現状を受け入れるような、そんな気持ちに不思議となっていた。

「……僕は死んだんですか?」

「惜しい!……落ち着いたみたいだね。よかった、まだそのくらいは出来るのか」

 嬉しそうに笑った眩い少年に目をすがめる。不思議な力を持つ少年だ。
 今流行りの、『いせかいてんせい』とかいうやつに出てくる、神様見たいな。

「実を言うと、慎也《しんや》、君は死んでない」

「死んで……ない? じゃあ、幽体離脱してるとか?」

「違う。君は僕に呼ばれてここにいる。ただそれだけの話だよ。魂だけよんだからまあ、幽体離脱とは似てるね」

「へぇ……魂か」

「魂だよ。……君の魂は綺麗だね。透き通ってる」

 まさか、と一笑する。
 僕のような落ちこぼれの魂が綺麗なわけがない。どちらかと言うとどす黒く淀んだ色になってるだろうに。

「で、あなたは誰?」

「ああ……紹介が遅れたね。僕の名はアレクセイ・ムルタザリエフ。元人間の世界管理者さ」

「あれく……なんて?」

 流暢すぎてわからない。なんて言ったんだ。

「ごめんね、元の世界の人間にも難しい名前だって言われてるんだ。アレクでいいよ」

「じゃあ、アレク。もう一つ質問だけど、なんで僕をこんなところへ?」

「うん、それを今から話そう」

 こほん、とひとつ咳払いをしたアレクと名乗る眩い少年を見据え、気持ち正座をする。魂だけだから体はないみたいだ。

「僕は世界を管理する元人間だ。これはさっきも言ったね」

「世界の管理って何するんだ?」

「僕が管理する世界は、第二百一世界のアザールス。ちなみにガイア、つまり地球は第七世界だ。何をするかって言うと、その世界の調整、調節かな。生命の増加を抑えたり、逆のことをしたり。人類を滅ぼすっていうのが一番多い仕事だ。……だからあまりいい仕事じゃない」

「それぞれの世界に管理者がいるんだな……地球のやつはどんな人だ?」

「第七世界の管理者は、おっちょこちょいかな……割と世界滅びる寸前まで持って行っちゃうミスをするんだ」

「ああ……」

 そんなやつが管理者で大丈夫なのだろうか……。

「ま、ここまでが前提の話かな」

「あ、そうだ。僕を呼んだ理由は」

「君を呼んだ理由……それは」

「それは……」

 ごくり、と生唾を飲み込む。勇者になれとか? しかしこんなおっさんに務まるか?

「……ぶっちゃけ、世界の人数合わせだね」

「人数合わせぇ……? そんな、合コンみたいな……」

 やったことないけど。

「簡単に言えばだよ。難しく言うと……」

「……難しく言うと?」

「……」

 黙り込んで考え始めたアレクに、だんだんと瞼が下がって半目になる。

「……ごめん人数合わせだ」

「だろうな」

「いやでも、結構重要なんだよ? 君を世界に入れることによって、死ぬ運命の生命が少なからず救われ、その少なからず救われた生命が原因で、また死ぬ運命の生命が救われる……そんな連鎖反応が起きる可能性がぐんと伸びるんだ。異世界人だからね」

「いせかいじん……なるほどなあ。僕にそんな大層な力はないけれども」

「力はなくとも、影響力はあるさ。少なからずね」

 影響力、か……。

 つまり僕がここに呼ばれたのは、異世界の人数合わせのためで、その打診っていうことか。
 ただ強制的に人数合わせをするんだったら、僕を問答無用で異世界に送ればいいし。選択肢はあるみたいだな。

「ちなみに、ノーと言ったら?」

「オーノーってところだね……他の人に打診するよ。異世界人ならぶっちゃけ他のどの世界でもいいし。残りはいくらでもいる」

「そうか……」

 ……僕にしかできない仕事っていうわけじゃない。それを聞くと、なんとなくホッとした。

「じゃあ、いいよ。僕を人数合わせにすればいいさ」

「ほ、本当かい!?」

「ああ。じゃあ、面倒だからこのまま送ってくれ」

「ちょ、ちょっと待った! 受け入れるの早すぎだから! さっきの力、ちょっと君には強かったかな……まだ説明があるんだ」

 おっと、早まるところだった。
 説明は最後まで聞くべき。常識だ。ただでさえ異世界に送られるっていうんだから、どんな世界なのかもしっかりと聞かないとな。

「第二百一世界アザールスは、魔王という悪の存在がいて、それに対抗する勇者という善の存在がいて、保たれてる。まあ、第七世界ガイアにあるRPGのような世界だよ。それを元に作ったらしいからね」

「おお、RPG。昔やったなあ」

「剣と魔法の世界。端的に言えばそういう世界だ。で、まだ話してないことがもう少し。よく聞いてね」

「わかった。耳をかっぽじっとくよ」

「よろしい。君には、異世界で生を全うした後、僕の次の管理者になって欲しいんだ」

「……管理者だって?」

 つまり僕に、世界を滅亡の危機に陥れたりしろってことか?

「あ、難しいことは考えないでくれよ。面倒なことはほとんどない。働かなくていいし。娯楽も望むだけあるような生活が送れるし、なんたって世界は数百個ある。暇にはならないさ。管理も、育成ゲームみたいにたまに世界を覗いて、均衡がちょっと崩れたら天秤を直す感覚でちょろっと差をなくせばいいだけだし……最初は教えるし。教えることもないけど」

 早口で捲し立てられて、思わず笑う。どんだけ僕に管理者をやって欲しいんだ。

「ね、どうかな。もちろん管理者の話だけ断るってのもいいよ。人数合わせはこれからもするつもりだから、次の子に頼んだりも出来るし。あ、人数合わせだけ断るってのもアリだからね!」

「うーんそうだなあ」

 口ぶりからして、娯楽に事欠かないのは嘘じゃない。何より、働かずとも娯楽を楽しめるってのがいい。
 そっちもオーケーしようかな。別に、今のところ惜しいものもないしな。

「いいよ。そっちもやる」

「ありがとう……!」

「けど、いくつか質問していいかな。なんで管理者を降りるんだ? 娯楽には事欠かないって言ったろう?」

「……実を言うと、そろそろまた、人間として、もしくは他の生物として生きたいなって。もちろん記憶はなくすつもりだから、今の気持ちが受け継がれることもないけどね」

「何年やったの?」

「数千年かなあ……僕は三代目なんだ。初代の人は数億年やったらしいけどね」

「へぇ……ちなみに、すぐ辞めれたりする?」

「もちろん! 統括管理長に頼めば生まれ変わらせてくれるんだ。少なくとも十年はやってもらいたいって話だけど……十年って結構あっという間だったし。まあでも、数日で辞めたいって言っても別に問題はないんだ。緩いもんだよ」

「どこまでも魅力的だなあ。生まれ変わる生き物は選べるの? 記憶持ったままとかは?」

「生き物も選べるし、記憶持ったままは次の一回だけなら出来るって言ってた。魂の容量ってあるから、ちょっとだけ端折る記憶もあるらしいけどね」

 うん、これはもうやるしかない。

「俄然やる気が湧いてきた。こんな気持ち、何年振りだろう」

「いい事だね。じゃあ、人数合わせと管理者、どっちもやってくれるってことかあ……よかった、一人目で目的達成だ」

 僕は一人目だったのか。僕はラッキーだ。寂しい人生とオサラバできる上、娯楽に事欠かない楽々なお仕事を紹介されて。

「あ、そうだ、餞別。君の願いを三つだけ叶えてあげるよ」

「願い?……じゃあまず一つ、筋肉をめちゃくちゃつきやすくして欲しい。シックスパック憧れてたんだ」

「お安い御用だよ。でも、筋肉そのものじゃなくていいの?」

「いきなりついても気持ち悪くないかと思って。あとは、自分でつけた方が自分のものって感じがする」

「まあ、それもそうか」

「二つ目、髭が生えるようにして欲しいんだ。顎髭も憧れで……」

「うんうん、了解」

「三つ目、禿げないようにしてほしい……」

「切実だね……可哀想だから創造魔法が使えるようにもしてあげる。魔力量っていう概念はあるけど、君には当てはまらないようにするよ。次の管理者だからね。あと、ちょっとだけ年齢下げるね。どうせなら、次の世界を存分に楽しむといい」

「それは助かる。四十二歳から筋肉つけてもすぐ死にそうだし」

「二十代後半くらいかな……」

「じゃあ二十八歳って名乗るよ」

 最後の彼女と別れた年齢だけど。

「……よし! 準備はいいかな」

「大丈夫」

「あっちに着いたら『マニュアル』と口に出してくれるかな。最初だけ僕と話そう」

「いいの?」

「無理を言ってるのはこちらだからね。それくらいしないと。魔法の使い方とか説明するよ。魂だけで留まっていられる時間は少ないから」

 まあそりゃそうか。魂だけ抜けてるって状態、死んでるのと同じだもんな。

「じゃあ、送るよ。あっちに着いたら『マニュアル』と口に出す。安全な森の奥地に転移するから。転移酔いには気をつけて」

「ありがとう、アレク」

 体、というより魂? が暖かい何かに包まれ、ゆっくりと目の前がぼやけていく。

 アレクの眩い光が、遠くなっていった。

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