はじめての海
ぼーっと見てるだけでも楽しい。俺が住んでた街と比べたって、開放感にしろ明るさにしろ、そしてメシの旨さにしろ全く違う。
あ、決してトガリのメシとかがマズいってことじゃなくて。
ここに立ち寄れてよかった。海……本当に最高だ！
……とはいえ、やっぱり俺は身体を動かしていないと落ち着けない性分なんだよな。
ここはパデイラからいちばん近い街。馬車で半日ばかし南へ行ったとこにある、バクアってとこだ。
港町ってなんだ？ ってルースに聞いたら、漁とか他国への貿易で船を泊めたり積み荷を行き来させる港があるところさ。だと。
ようやくわかった。俺がいつも食ってる魚にも二種類あることを。つまりは河と海。
でもって今。俺の目の前にあるテーブルには、獲れたばかりの巨大な魚を揚げて蒸して……なんかいろいろ調理したやつがどーんと出されてて、マティエに「お前、ヨダレ出てるぞ」と言われたほど美味しそうな未知の香りをたくさん出してて。ああ、ガマンできねえ！
「おー、流石にすごい食べっぷりだね。いいさ、まだおかわりはいっぱいあるからね」
「あ、理事長！」
そんな俺のとこに来てくれたのは、ここバクアの理事長を勤めて……って、理事長がどんな役割なのかは知らねーが、とにかくここでいちばん偉い人なんだそうだ。
身体にぴったり吸い付いてるかのような薄手の絹の服を身にまとって、煙管とかいう長い金属製のパイプを手に、ずっと微笑みを絶やさない。
そんな理事長の名前は……ロゥリィ。俺たちより年が上の獣人の女だ。
ピンとだった耳に同じく尖った鼻。限りなく黄色に近い毛並みに。めっちゃ細い目してて。ルースは確か、俺と同じ種族のキツネとか言ってたな。
でもって彼女はルースの旧知の友人。だからここへたどり着いたときも、温かく迎えてくれて、おまけにこんな豪華なメシを用意してくれたってワケだ。
「彼女はできるだけ名前で呼ばないようにね。理事長って呼んどけばとても機嫌がよくなるから」
と、あいさつに赴く前にルースは助言してくれた。
そんな理事長なんだが……初めて会った日から、なんか俺を見る目つきだけ違うんだよな。
具体的に言うと、ちょっとだけ目が細くなくなる……って感じかな。
親方も昔話してたなぁ「三日月みてえに細い目をした奴には用心しろ。そいつは性格に裏表があるタイプだからな」って。まあとにかく機嫌され良ければ俺にはどうだっていい。それにマティエとジール。幸いにもひどいケガじゃなかったし。
そう……問題はチビの方。
ずっと眠ったまま、だからメシも食わず、すうすうと小さな呼吸をし続けているだけだ。
……………………
………………
…………
理事長は向かいの椅子に座って、俺の食いっぷりをじーっと見ている。
「ふふっ、無我夢中。一心不乱にいっぱいメシを食う男は大好きだよ」
細い目は常に笑っているかのように見える。だけどそれはあくまで上っ面だけだろう。こういうやつはあまり心を許さない方がいいんだよ……な、親方？
「目で分かるよラッシュ君。馴れ馴れしい人には注意しろ……って思ってンじゃない？」
「ぐはっ！」理事長の言ったことが図星すぎて、つい喉に骨がつっかえた。しかも太そうなのが。
そんなバカなことしてる俺を見かねた理事長は、俺の首元に一発スパーンと張り手を見舞ってくれた。
「……すまねぇ」口から飛び出てきた魚の骨を除けると、今度は俺の隣に座ってきやがるし！ なんなんだ……こいつ。
「ロゥリィ、分かってはいると思うけど……」
「ああ分かってるさルース。僕だって出過ぎたマネはしたくないしね」
え？ いまこいつ僕って言わなかったか！？
そんな理事長は、俺の肩に頬を擦り寄せ、ちょっとタバコの匂いのする息で小さく俺に語りかけてきた。
「ラッシュ……後で素敵な仕事をお願いしたいんだが……乗ってくれないかな？」
いや、これもう引き返せねえんじゃ？
