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死闘

なんでこいつは変なこと言ってくるんだ……普通は「お前たちが俺に勝てるわけない」だろう? それがなぜ自分から敗北する宣言するんだ。あまりにもこいつの頭の構造がおかしすぎる。



「間違ってはいない。私がお前たちに勝てる要素は一切持ち合わせてはおらんということを素直に言ったまでだ」

「ああ、それが不可解すぎる。具体的に言ってもらえねえか……?」

バケモノの丸太のように太い腕からは、同様に太い指が三本生えている。

やつは俺たちを順に指して、こう言った。



「さっきも言ったとおり、黒衣の主は傷つけてはいけない。それに聖女の証を引くものでもあるしな。ますます手出しはできぬ」

その隣の女。と続けてバケモノは話す。「聖女のなりそこない。しかし成長してその力は未知数であるからな。それに携えておる得物がワグネルの銘。唯一の牙にして私を倒せることのできるものだ」

「なりそこない……!? どういう意味だそれは!」激昂するマティエを慌てて引き止めた。



「この世界になぜケモノビトが生まれたのかを知れば。お主たちの聖女たる意味もおのずと分かるであろう」

「それを……それを教えろと言っているのだ!」掴んだ腕を振り払ってマティエがバケモノに槍で斬りかかろうとした……



その瞬間、マティエが見えない力で地面に叩きつけられた。

いや、あいつだけじゃない。俺も、ジールも、ルース達も……身体の上にまるで大量の土砂が振り切ってきたかのように、見えない何かに全身押しつぶされた!

しかもそれは、だんだんと重さを増してくる。

「なりそこないの分際で抵抗した罰だ。まあ……私に出来ることといえばこれくらいだがな」



バケモノの三本指の手が、まるで俺たちを撫でつけ、そして頭から押さえつけるような動きをしている。かろうじてわかるのはそれだけだ。

しかしなんだこの力は……ヤツが直接触っているわけでもないのに、まるで全身の骨が砕けるくらいの、重さが……立ち上がることすらできねえ!



「がぁぁぁあ……っ!」地面にひれ伏したマティエの悲鳴が響き渡る。

なんてこった……この変な力で俺たちは倒されてしまうのか! せめてこのクソ野郎を一発でも殴れれば!



「そうだ、黒衣の者よ。お前をそこまで育て上げた奴の名前、この私に教えてはもらえぬか?」

え、今度はなんだ……親方の名前!?

「ガンデ……岩砕きの……ガンデだ!」胸が押しつぶされそうになる重さに耐えながら、俺は答えた。



「おおお、あの男か! あいつに育てられたとは本当にお主は果報者だの!」

「貴様……親方のことを知っているのか!?」

だがバケモノはそれには答えなかった。「しかし」と言う言葉を残して。

「育てたのがお主でなければ、ガンデももっと長生きできたのにのう……」バケモノのたくさんの目玉が、はるか遠くを見つめていた……まるで何かを懐かしむかのように。



「なん……だと!?」



「うむ、それが黒衣に生まれたるものの……ガッ!」



あまりにも急だった。バケモノの首元……いや、首と胸の間に突然大きな穴が開き、そこから焦茶色の血らしきものが一気に吹き出した。



「いいかげんにしろ、ダジュレイ」



「き、貴様……いったいなぜ!?」



朦朧とした意識の中で聞こえたその声……



チビ……か!?

あの馬鹿力女が来てくれたからかも知れないが、俺はここのところ戦闘中においても、かなり冷静に物事を判断できるようになった感じがする。

だからこそ……止めなければ!



馬に乗った騎士さながらの一直線に貫き通すその戦い方。良くもあり悪くもあり。一方で右手を失ったダジュレイはと言えば……まだアイツには余裕がありそうな気がする。

自分の何倍もの大きさの翼を、俺たちの前にバサっと広げた!

飛んで逃げ……るワケねーよな。つまりは!

「私に近づけるかな、お嬢ちゃん!」

「マティエ! 避けろ!」俺は急いで柱の陰に身を潜めた。



直後、奴の羽ばたきから猛烈な向かい風が俺たちを襲った。そしてあたりに散らばっている瓦礫も……マズい!

と思った瞬間、マティエは俺のいる場所まで一気に飛ばされていた。



「くっ!」

あんなもの避ける性格じゃないことなんて百も承知だ。すでに身に付けている鉄の鎧のあちこちは凹み、頭から血を流している。

「バカな戦い方するな! なにか策を考えなきゃ……!」

「私に命令するな!」と、引き留めようとした俺の手を跳ね除けた。

ダメだこりゃ。またいつもの頑固な女に戻ってるし。

つーか、こんな性格でよく騎士団長勤め上げることできたな。



「お前が奴を倒したい気持ちはわかる、だが俺はあいつを捕らえて話を聞きたいんだ! それに真正面から行ったってムダだ、ここは策をだな!」

「黙れ! お前に私の気持ちが……!」



その時、俺の前に現れた細い手が、マティエの頬を思いきりひっぱたいた。

ルースか、いや違う。



「……いい加減にしなさいよマティエ。あんたが自分を見失ってどうするの!?」

「ジー……ル!?」不意に喰らったビンタに、マティエの目が驚く……が、当の本人は今にも倒れそうなほどにふらついていた。



「悪いけどね、今のアンタよりラッシュの方がこの場をよっぽど理解してる。マトモに行ったって無理! むしろ奴の気を逸らし……ぐっ!」

ジールが左の脇腹を抑えた。……息も荒い。

「さっきの変な圧力で、ちょっと」ああ、全然大丈夫じゃなかった。



「奴の周りに建ってる柱……全部に糸を張っておいたの。特注の鋭くて細いやつ。あいつの身体を切り刻むことはできないにしても、そこかしこで足止めするくらいはできるはず。だから……」

ジールは力なくずるずると倒れ込む……「それを利用して、どうにか奴を倒して」

すげえ大雑把すぎるアイデアだが、これが精一杯のやり方に違いない。

しかし、足止め……か。いや、これは上手く使えば!



「マティエ、俺が前に出る。奴と話す時間をくれ」



つまり作戦はこうだ。

ダジュレイは俺を傷つけることができない。ならば先に俺が行けば、奴も仕掛けることができないはずだ。それにさっき奴が言った黒衣と親方のことも気にかかるし……それだけ聞き出せればあとはもういい。背後からマティエ、そして正面から俺が。ジールの張った糸に誘い込んで、動けなくなったところを仕留めれば!

……まあ、成功するなんてあまり考えてないんだけどな。



その提案に、マティエも渋々同意してくれた。どうやら落ち着いてくれたようだし。つーかほんと手間のかかる女だ。

彼女をこっそり裏へと回らせて、俺はあえてダジュレイの正面へと歩み出た。

「あ、そうだラッシュ」ふと俺の後ろ髪をジールが引っ張ると、そのまま、あいつは……



俺の鼻の頭に、軽くキスをした。



「な……!?」

「頑張ってね、あんただけが頼りだから」



いや、だからっていきなりキスすることねーじゃねーか!



「くくく、別れのキスでもしていたのか」ダジュレイの二つの口が嘲り笑う。

だがそんなことに答える暇はない!



「ダジュレイとかいったな……お前に話がある」

「さっきの黒衣のことなんだが、詳しく教えてくれねえか?」

時間稼ぎ? いやそうじゃない。

何故親方が死んだのが俺のせいなのか、それを知りたかったからだ。

さっきからこのダジュレイって奴、聖女からチビのことからまるでありとあらゆることを隠してそうな感じがして。

そうそう、さっきの謎の部屋とかも。

できればマティエにまだ邪魔されたくない。だから……

俺はダジュレイの前に武器を置き、戦う意思がないことを伝えた。

「俺たちの事にすごく詳しそうな感じしたからな。俺も知りたいんだ。自分の生まれのこととか」

最初は怪訝そうな目玉をたくさん俺に向けていたが、俺から仕掛けはしない事が分かるやいなや、巨大な翼をたたんでくれた。



「黒衣の者よ、おぬし……生まれはどこじゃ?」

「知らん」



「両親のことを教えてもらえるか?」

「知らん」



「…………」

え、なんかマズかったか? ダジュレイが呆れた顔してるし。



「え、っと……つまりおぬし、自身が黒衣であることもまったく知らなかった……と?」

「ああ、だから一から教えてもらいたかったんだ」



ふん……これは深刻な問題だな、と。残された左手で頭をぽりぽり掻いている。

「弱ったの……全てを知らぬとは。大誤算だった」

そして「お主とは」と奴は最後に付け加えた。

「もっと早く逢えれば、いろいろ話せたのにな」



「うぉぉぉぉぉお!」

静寂を破ったのはマティエ。奴の背後にある柱の上から、そのまま頭へと一気に飛びかかっていった。

「な、しまっ……!」彼女を振りほどこうと暴れた。

大樹の根のように何本にも枝分かれした奇妙な尻尾を振りまわし、そしてまた翼を……

が、全てはジールが張り巡らせた細い糸に引っかかり、絡みつき……

「な、なんだこれは! 身体が……!」

「覚悟ッッ!!」

マティエの槍はそのままダジュレイの脳天を一気に貫いた。



「ラッシュ! トドメをさせ!」

マティエは振り落とされまいと槍に必死にしがみついているが、どうしたらいいんだ、俺は……



マティエの祖父の仇でもあり、彼女のプライドの象徴でもある角を打ち砕き完膚なきまでに叩きのめした異形のバケモノ。

そしてエセリアの母である王妃の命を奪い、あまつさえエセリアそのものの命すら間接的に奪い去ったようなもの。

だが、それらはほとんど俺の戦う怒りに値するものではない。それ以上にこのダジュレイという存在は、俺の、さらにはタージアとチビの出生のことすら全て知っているんだ。



俺の胸の中で二つの意見がぶつかり合う。



今やらなければ今度はマティエの方が危険だ。

ダジュレイを助ければ全ての秘密が分かるんだ。



……その時ふと、イーグが「ダチは裏切りたくねえ」って俺に言ってたのを思い出した。

マティエは別にダチでもなんでもねえ。だがジール、そしてルースにとっては大事な存在なんだ。



そうだ、みんな同胞なんだ……!

大斧を手に取り、俺はダジュレイへと言った。

「悪ぃ……許してくれ」



……………………

………………

……



銅色の血にまみれたダジュレイの首が、俺の足元に転がっていた。

一撃で仕留めた……。だが、それ以上にやるせなさが俺の心の中深くまで覆い尽くしている。



もう、こいつは二度と話すことはない。



「ラッシュ……礼を言う」

マティエはそう言ってはくれたが、俺は返す気にもなれなかった。



「マティエ、ラッシュ、早くここから出るんだ!」

俺たちのもとに駆けつけたルースが、焦りの表情を浮かべながら俺たちにそう言った。

「柱がたくさん倒されたからかも知れない。天井から変な音が聞こえてきてるんだ!」



……え、ちょっとそれかなりヤバくね?

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