17話
待ち合わせ場所で、人の波に飲み込まれないようにハロルドがやって来るのをココロは待っていた。
肌着類を買い終えて、つい先程ここへ到着した。
ちなみに肌着関係を売っていた店に入った時の衝撃は、今日一番だったと思う。
婦人服関連の店が多いフロアで、通路と面している部分には壁などなく、中に入らずともどんな物が売られているかよく分かった。
当然だが色んなブランドが立ち並び、見ているだけで今後買い物に来るのが楽しみになる。
ところが目的地である店は、一風変わっており、窓ガラスが一切はまっていない壁が立ちはだかっている様に見えた。
気軽に入れない雰囲気の店。だが、見ていると客の出入りは多く、出入り口を分けて設置しているのは正解なのかもしれない。
時間もあまりないので、意を決して入り口へ立つ(自動ドアだった)。中へ入ると、ズラリと並んだ試着室らしきものに思わずポカンとしてしまうのは仕方が無い。はずだ。
「え、あれ?商品何も無いよ!?」
ここは店ではないのか。もしかしたら従業員の更衣室に迷いんでしまったのかと不安に思う。
いやしかし、出入りしているお客さんもいたはずだ。その人達は一体どこへ…
戸惑っているココロへと、女性が一人近づいてくる。
「お客様、こちらは初めてですか?」
「あ、は、はい。そうです」
突然話しかけられ、戸惑いながらも返事をする。
『お客様』ということは、店で間違いないようだ。
すると、心得たと言わんばかりに女性(恐らくというより確実に店員さん)が、ココロを誘導する。
「では、こちらをお使いください」
連れて行かれたのは、一つの試着室。それだけ少し離れたところに置かれており、扉には『FIRST』と表示されていた。
しかし、商品を何も持っていないのに使うも何も…と思っていると無情にも扉は閉められた。
その後は、色々凄かった。うん、色々。科学の力、地球より進んでない?
と、無事に目的のものを購入できたので、満足して待ち合わせ場所へたどり着いた。
店に入るまで少し時間がかかったから、ハロルドの方が先に来ているかと思ったが、彼はまだいなかった。
少し待ってみてもやってくる気配はないので、先に買い物を済ませる事にした。
最後にやってきたのは食品フロアの1つ。その中の、惣菜売り場だ。
店内マップを見たときから、これは決めていた。
帰りは遅くなるだろうし、片付けや電化製品の設置(やるのはロボットだが)をしていれば時間はすぐ経ってしまう。
フードコートで食べて行けばと思わなくもないが、それでは明日の朝食が用意出来ない。それならば、出来合いの物を買っておいたほうが便利だからだ。
「わーいい匂い」
作りたてなのか、いい匂いが漂っている。午後も大分時間が過ぎているが、丁度買い物客が帰り始める時間帯なのだろう。ココロの後からも人が絶えず入ってくるので、流れを止めないように先へ進む。
夕食用と朝食用をそれぞれ選び、変わらぬ会計を済ませて外へ出る。
そして待ち合わせ場所へ向かうと、ハロルドも丁度やってきた所で、こちらに駆け寄ってきた。
「お待たせ。その様子だと、もう買い物も終わり?」
「今日の所は、とりあえず。帰り遅くならないようにしないと」
「そっか。じゃあ行こうか」
頷きあい、フロア端の青い光のもとへ向かう人の波に乗る。エントランスフロアへ戻り、そこからさらに外へ出る。
まだ明るい空を軽く見上げて、今日たどった道を戻る。
各国と通じている扉のある家にたどり着くと、ふと疑問に思った。
「そういえば、ハロルドはどこに住んでるの?ここ?」
「そ。と言っても、家主は兄なんだけどね。俺はあちこち行く必要があるから、1つのとこに留まれなくて」
「なるほど」
そんな話をしながら、家の中へ入る。薄暗いろじに面しているのを見ると、裏口だろうか。
他の家(見たことあるのは東と南だけだが)も、何かしら店と併設されているから、ここも何かやっている(もしくはやる予定)
のだろうか。
しかし今はいないのか誰とも合わず、例の扉の下へたどり着いた。
南の家へ通じている扉を潜れば、数時間前に来たところへ戻ってくる。
出掛けると言っていた弟さんはまだ戻って居ないようだ。
そして外へ出ると、来たときとは何かが違う事に気が付いた。
「あれ、馬車が変わってる…?」
来るときに乗ってきた馬車は、メリーゴーランドにあるような形の馬車だった。つまり対面式。
しかしいまそこにあるのは、自動車の様に前と後ろに座面がある形をしていた。
そしてもう1つ。最初は一頭だった馬が、2頭に増えていた。
「時間も遅いし、先に出よう」
「あ、うん」
御者席?というのだろうか、ハロルドは前の席へ座る。
それに続いてばに乗ろうとするが、前と後ろどちらに乗るか一瞬迷う。しかし後ろの席には何やら荷物が置かれており、勝手に動かすわけにもいかないので前の席、ハロルドの隣へ座った。
するとすぐに、馬たちは滑るように走り出す。
「先にこれを渡しておくよ」
「え?」
チャリンと渡されたのは、一本の鍵だった。なんの変哲もない、一本の鍵。一体どこの鍵なのだろう。
そんな事を考えながらその鍵を眺めていると、ハロルドが答えを教えてくれた。
「さっきの家にある、他の国へ行ける扉の鍵」
「え!?そんな重要そうなもの、持ってていいの?」
「ライラ女王からね。場所が場所だから、不便だろうって。あと、弟には、いつでも出入りしていいって許可もらってるよ」
途中気になった事を先回りして答えていくハロルド。あまりよく知らない人の家を通り道にするのは気が引けるが、まだ買えていないものも多いので、今後使う機会は多そうだ。有り難い。
「それから、これも」
「これ?」
今度は何も渡されない。これと言って示されたのは、いま二人が座っている間だった
「これってもしかして、馬車?」
「そ。近いとはいえ、この距離歩くのは時間かかるからって事で、俺から」
「でもこんなに…いいの?」
「あの土地に入れて彼らと交流できる人は本当に貴重だから。でも1つ、俺からお願い」
「?」
「俺をあの土地に入れるようにしてほしい」