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第13話 夢もロマンもへったくれも身も蓋も元も子もない

「ではここで、イベントの手順を実際に行っていきます」天津は三人の新入社員に告げた。
 川を越えたところは、それまで辿ってきた岩の道よりも幾分広い、小部屋のようなスペースとなっていたが、広大とまではいえない。大人が五人以上一緒に佇めば窮屈だと感じるくらいの空間だ。
「大雑把に説明すると、まず岩を開き、そこから入り込み、しかるべき動作を行い、それからまた出て来て岩を閉じます」天津は言葉通り大雑把な説明をした。
「時間の目安はどのくらいですか」時中が質問する。
「まあ……スムーズにいけば、ものの一、二時間で済むでしょう」天津は眼を閉じ思慮深げな表情で答えた。
「スムーズにいかなかったら?」結城が続けて訊く。
「最悪長い時は、数日を要するときもあります」天津は声を低め、そっと答えた。
「数日」結城は思わず声を高めたが、空間が若干広まっているためか本原から遮られることはなかった。「なんでまたそんなにかかっちゃうんですか」
「例えば、岩がなかなか開かないとか」天津は周囲をぐるりと見渡した。「開いても中に入り込むまでに時間がかかるとか、動作に時間がかかるとか、あと中々」そこで何故か、あ、と口を押さえる。
「中々、出られない、とか」時中が推測し続ける。
「――まあ、まずはやってみましょう」天津は取り繕いの笑顔で頷く。
「岩の中に入った時、何か起きるんですか」時中は質問の矢を止めない。「或いは誰かが、いるんですか」
「岩の精霊?」本原が食いつく。
「いる、かも知れませんし、起きる、かも知れません」天津は例によって曖昧な回答をする。
「私らはその“かも知れない”ものに対して、何をすればいいんですか」時中は問う。
「そうですね」天津は視線を落とし、言葉を選ぶ。「要は、仲良くなっていただきたいです」
「仲良く?」三人の新入社員は声をシンクロさせ、それは洞窟内にシンクロの状態でこだました。
「はい」天津は頷いた。「仲良くなる必要が、あるんです」
「仲良くなる……誰と?」時中が訊く。
「世界と」天津は答える。
「世界」結城が復唱する。
「……としか、言いようがない、ですね」天津は情けなさそうな顔で笑う。「なんと言ったらいいのか」
「森羅万象と、という事ですか」本原が訊く。
「そう、ですね……ありとあらゆる、有象無象、生物無生物、そういうの取っ払って……すべてと」
「そのための、イベント」結城が確認する。
「はい」天津は考え深げに頷いて答えた後「じゃあまず、皆さんにお渡ししたハンマーを取り出して下さい」と指示を与えた。
 三人の新入社員は腰のベルトに差したハンマーを抜き取った。
「それを使って、これから岩の“目”を探っていきます」
「目?」結城が訊く。
「はい。最初はコツも要領も分からないでしょうから、どこか適当な箇所をこのようにゆっくり叩いて下さい」天津は岩壁を、自分のハンマーでこつこつ、と静かに叩いた。「あまり大きな音を立てないようにして」
 すでに頭上にハンマーを振り上げていた結城はぴたりと止まり、ばつが悪そうにその手を肩の高さまで下げてこつこつ、と天津のように叩いてみた。

 こつこつ
 こつこつ
 こつこつこつ

 三人が適当な場所を適当に叩く音が、洞窟の中でしばらく続いた。
「しばらく叩いてみて何の反応も見られなければ、別の場所に当たってみて下さい」天津は再び指示を出した。
 三人は移動し、再び岩壁を叩き出す。再び、洞窟内にこつこつと音が鳴り渡る。場所を変え、叩き、また場所を変え、叩く。
 どれほどの時間、それが続いただろうか。
「反応って、どういった反応が見られるんですか」時中が叩きながら訊く。
「色々です」天津は小首を傾げながら答える。「音がする時もあれば、色が変わる時もあれば、匂いがする時もあります」
「へえー」結城は驚いて振り向く。「岩の匂いがするんですか」
「はい」天津は微笑む。「花のような甘い匂いがすることもあれば、糠床のような匂いがすることもあります」
「なぜそんなに差が出るんですか」本原が訊く。「日頃の行いのせいですか」
「いや」天津は真顔になり小首を傾げた。「それはまだ解明されていないんですが……まったくのランダムなもののようには思えます」
「気にすることはないよ、本原さん」結城が笑顔を本原に向ける。「たとえ日頃の行いによるものだとしても、まさか本原さんが叩いた時にくさやみたいな匂いとかはしないよ、ははは」それから思いついて「くさやのクーたん、なんてね」
 これまでほとんど表情を変化させたことのない本原が、その時初めて目を見開き歯を噛み締め、憤怒の形相をもってハンマーを頭上高く振り上げた。
「よせ、本原さん」時中が叫び、
「落ち着いて」天津が本原の、振り上げられた腕を掴む。
 本原はすぐに落ち着きを取り戻し、ハンマーを下に下げた。
「この男の話をまともに聞いちゃ駄目だ」時中が眉をひそめ忠告する。「人生の無駄遣いになる」
「わかりました」本原は無表情に答えた。
「おほー、びっくりしたあ」結城は眼を丸くし首を振る。「ごめんごめん、冗談だよ」
 本原は結城に目もくれず、再び岩壁をこつこつと叩き始めた。時中が続き、最後に結城が肩を上下した後、続く。

 こつこつ
 こつこつ
 こつこつこつ

 岩の叩かれる音が再び洞窟内に鳴り出す。
「よかった」天津はこっそりと息をつく。「もう少しでクシナダがスサノオを殺すところだった」
 その囁きは、三人の耳元までは届かなかった。

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