第五話 記者
俺は、週刊誌のしがない記者だ。政治や経済に関するゴシップを得意としていた。
少し前に、話題になった集団失踪事件が発生した施設の院長から連絡をもらってから、俺の日常は変わった。
「今川さん?」
俺の前に座っているガキ・・・。いや、新城
「おっおぉ。ユウキでいいのだよな?」
「はい。新城は、捨てた名字ですし、記事では”ユウキ”でお願いします」
「わかった」
「それで?」
「大変だったぜ?」
「え?そんなに?」
「あぁ」
院長からユウキたちを紹介された時には、反応に困った。
いきなり、”異世界に召喚されていた”と言われて、反応に困る。実際に、俺も聞いた時には、”ふざけるな”と怒鳴りかけた。ユウキも、それがわかっていたのか、”証拠”を見せてきた。何もない空間から、”草”を取り出した、続いて”液体が入った瓶”を何本か取り出して、最後は銀のように見える塊を出した。
そして目の前に座っていたはずのユウキが俺の後ろに回って、首筋にナイフを押し付けていた。目を離したのは、1秒もない。それなのに、ユウキは俺の後ろに回り込んだ。変な汗が吹き出したのを覚えている。
その日は、それだけで終わった。ユウキから提供された物は、俺への報酬と言っていたが、怖くて受け取れなかった。本当に、異世界に行っていたのだとしたら、そう考えられる状況だった。院長と組んで、俺を詐欺に嵌めようとしているのではないかという疑惑も浮かんだが、詐欺なら”異世界”などと言い出さなければいい。
院長には、不躾な取材をしてしまった慚愧の念もあり、騙されたつもりでユウキの話に乗ってみることにした。
実際に、日本国内だけではなく、世界の先進国で子供が集団で行方不明になっていた。
判明している数は、200名を越えていた。ユウキからの情報では、300名を越えていると言われた。
アメリカとドイツの言われた施設に連絡をした。
「どうでした?」
「お前から提示された施設の子供だと解った」
施設にメールで問い合わせをした。ドイツ語に
そして、施設で撮影した写真をメールで送ってくれた。
目の前で写真の子どもたちが座っていたら、納得するしか無い。子どもたちが話している言葉が不思議だ。ユウキは、日本語を話している。紹介された者たちも母国語を話しているはずなのに、意思の疎通が出来ている。俺との意思の疎通は、ユウキを介しているが、どうやら”日本語”は理解できるようだ。
「それなら、少しは信じてくれますか?」
ユウキの話に、”BET”することに決めた。
「あぁ”信じる”ことにした」
「”ことにした”ですか、いい言い方ですね」
「そうだろう?大人は狡い生き物だからな」
「大丈夫です。向こうで、もっと”えげつない”人たちと渡り合ってきました。それじゃ、俺たちのことを記事にしてくれるのですよね?」
「あぁ編集長も口説き落とした。スクープだからな」
ユウキたち、俺を見て納得している。何を見ているのかは、わからないが、俺を信じてくれるようだ。
「でもいいのか?」
俺は、ユウキに懸念していることを最終確認の意味で尋ねることにした。
「何が?」
「このネタなら、大手の新聞社でも、それこそ、TVが飛びつくぞ?自分で言うのもおかしいが、俺たちの雑誌は”ゴシップ”記事がメインだぞ?」
「構いませんよ。ネットの記事でもいいと思っていますからね」
「そうか・・・。編集長が、謝礼金詐欺じゃないかと言っていたが・・・」
「ハハハ。大丈夫です。お金が欲しければ、有る所から貰いますよ」
「え?」
「最初に、今川さんと会った時に見せた物を覚えていますか?」
「あぁ変わった草と液体と銀だろう?」
「えぇそうです。最初の草は、ヒール草で、次が各種ポーションで、最後がミスリルです」
「え?」
「そえで、ヒール草・・・。よりも、ポーションの方がわかりやすいですよね。デモンストレーションの練習にもなるか・・・」
ユウキがなにかブツブツ言い出す。
時々、自分の考えをまとめる為なのか、ブツブツと語りだす。ヒナと呼ばれていた女の子から聞いたが、ユウキがこうなったら何を言っても無駄だから、”放置していてくれ”と言われた。
「今川さん。痛いのは我慢出来ますか?」
「痛い・・・。の、強さによるな」
「そりゃぁそうですね。ナイフで、指を少しだけ切ってください」
「え?・・・。わかった」
ユウキは、俺がナイフを持っているのを知っているのだ?
持っているのを確信している目だった。
「撮影していいか?」
「大丈夫ですよ。誰かに撮らせますか?」
「それでもいいが・・・」
スマホを、固定する道具を使って、机の上に置いた。
動画の撮影状態にしてから、ナイフで指を傷つける。強くやらなければ、痛さは少ない。血が滲み出てくる状態になった。
「これでいいか?」
「十分です。これを振り掛けてください」
ユウキがこの前、俺に見せてくれた小瓶を差し出す。
瓶の形状や材質は、お世辞にもいいものではない。昭和初期や日本の近郊にある独裁国家で使われている瓶のような材質だ。
蓋を外して、液体を切った指に振りかける。
「え?」
傷口が少しだけ光った。
短い間だが、確かに光った。そして、光が消えた。
指に有った傷口は綺麗に無くなっている。
「ユウキ?」
「ヒールポーションの低級です」
「よく、RPGとかである、ヒールの魔法か?」
「同じだと思ってください。低級は、傷を癒やしますが、呪いや属性攻撃でついた傷は治せません」
「・・・」
「地球に、呪いの攻撃や属性攻撃があるとは思えませんが・・・。あっでも、低級では古傷・・・。そうですね。血が止まってしまったり、皮膚がなおってしまったり、骨折には効きません。骨折を治すのは、中級です」
「そうなると、上級があるのか?」
「ありますよ?欠損は治りませんが、繋げることは可能です」
「それは・・・」
ユウキは、とんでもないことを言い出したと認識しているのか?
医療がひっくり返るぞ?
「あぁでも、数に限りがあります。俺たちが持っているだけです」
「そうか・・・。でも、成分を調べて・・・」
「そうですね。その可能性はあるとは思いますが、無駄だと思いますよ?」
「ん?」
「調べていただければ解ると思いますが、ただの水と出ると思いますよ?」
「は?そんな・・・」
ユウキは説明してくれたが、納得できるものではなかった。
初級のポーションを預かって、研究所に持ち込むことにした。”口が堅い”ことが自慢の研究所だ。
「いいのか?」
「いいですよ。今川さんが、持ち込んだ研究所が漏らせば、その研究所が困りますよ?」
ユウキの言う通りだ。
ポーションだけでも大騒ぎになるのはわかりきった未来だ。それが、外に漏れたら、俺が持ち込んだと解ったら、俺がマスコミに追われる立場になる。研究所にも、マスコミが殺到するだろう。日本だけではなく、世界中の研究施設が集まるような大発見になる。情報が漏れた時点で、ユウキたちの目的が達成できる。
どちらにしても、問題はない。
「わかった。ミスリルも預かっていいのか?」
「いいですよ」
ユウキが、どこからかミスリルのインゴットを取り出す。この前のような塊ではなく、銀の延べ棒のようになっている。
「あっ銀と同じ価値程度はあると思います。研究所が購入したいと言い出したら、”銀と同じ値段で売ります”と伝えてください」
「わかった。結果が出たら、連絡する」
「はい。お待ちしています」
結果は、ユウキが言っていた通りだった。研究所の連中もムキになって調べたが、”水”以外には表現出来なかった。水の構成や不純物も調べたようだが、地球に存在する物だった。しかし、傷が治る。折れた骨が治る。全く同じ水を用意して、傷口にふりかけても、傷が治る現象は発生しなかった。容器を調べたが、出来が悪い瓶としか言いようがなかった。
ポーションのことやユウキたちが見せてくれた”
子供が300名以上だ。真相として、『異世界に拉致された』と見出しを付けた。
そして、生き残った29名が日本に集結していると・・・。
俺は、ユウキたちに張り付くことが決定した。編集部と上からの指示で、ユウキたちをホテルに隔離することも決定した。
ユウキたちが望んだこともあるが、情報ソースとしての29名を安全に隔離するためだ。
独占スクープだが、まだ世間は記事の内容を、”とんでも記事”だと思っている。