眼鏡少女の憂鬱
あと一ヶ月もすれば、高校に進学する。
高校に進学する事はいいのだが、それも女子高だから男嫌いの私にとっては最高の場所であるのに、どうしてこんなにも憂鬱な気分になってしまうのか?
理由はわかっている。
中学生時代の事が、未だに尾を引いているのだ。
全ての原因が自分にあったとは思わないし、向こうにあったとも思わないが、それでもまた同じ事を繰り返したくないと言う理由で、地元を離れて姉が教員をしている女子高を受験して合格した。
合格通知が届いた翌日には、姉の家へと引っ越しをした。
両親も姉も、そんなに急がなくても、せめて中学の卒業式を終えてからと言ったが、私は一日でも早く地元を去りたかったのだ。
一分一秒でも、あの空気を吸っていたくなかったから、地元で中学校で何があったのかは、今は話したくもないし思い出したくはない。
だから私は、一緒に暮らしてる姉にも詳しくは話してはいないが、見た目だけ清純そうに見える姉には、見抜かれているのかもしれない。
「静流、私出掛けるからあんたも出掛けるなら、鍵はちゃんと閉めなさいよ」
「わかった」
姉に適当に相槌を打つと、私は高校で失敗しないようにと、それだけを考えていた。
眼鏡を掛けていても美少女とわかる程に、整った顔をしている#篠崎静流__しのざきしずる__#は姉の絢香が出掛けたのを確認すると、新しい制服を眺めながら高校ではいい出会いがあるかなとか、今度は上手くいくよねなどと考えていた。
静流は、中学生の時のある事をきっかけに眼鏡を掛け始めた。
それ依頼家族の前以外では眼鏡を外す事はなかった。だから、体育でプールがある日は全て休んだ。
姉が教員をしている女子高を選んだのには、幾つか理由がある。
姉が教員をしている事も、理由の一つであるが、大きな理由は二つある。一つは男嫌いなので、教員も女性が多いと言う事と、もう一つはプールの授業がない事である。
部活動として、水泳部はあるのだが体育の授業ではプールの授業はないのだ。それが、大きな決め手になったのは間違いない。
静流の学力なら、大半の高校に進学する事は出来るし、実際親や先生からはもっとレベルの高い高校を薦められたが、静流は断った。
共学なんてまっぴらごめんだし、水泳の授業があるかもしれない高校に進学なんてしてしまったら、嫌でも授業に出なくてはいけないではないですか。
高校は中学と違って、単位があるので下手に休んで単位を落として留年なんて憂き目にあう可能性もあるのだ。そうならない為に、姉に姉の務める高校に水泳の授業があるか聞いたのだ。
姉の務める女子高も、進学校なのだから充分でしょと静流は親や先生を納得させたのだ。
最終的には、推薦で入学する事になった。
静流がいた中学からは、初めての推薦入学と言う事もあり両親も先生も喜んでいたが、当の本人はこれで地元を離れられると、違う意味で喜んでいた。
地元を離れられれば、自分の事を知ってる人間がいない環境で新しい生活をスタートさせる事が出来れば、それで静流は満足だった。
あの事さえバレない様に気をつければいいのだから、あの事が周りにバレてしまえば、また同じ事を繰り返してしまう。いくら気をつけても、駄目だってわかっていても自分では、どうしても抑えられないのだ。
この事は、両親は知らない。
年に数回帰省して来る姉は、もしかしたら気付いているのかも、わかっていて何も言わないでいてくれるのか、それとも私から相談するのを待っているのか?
姉が実家を出たのは、私がまだ小学生の時だった。大学に進学するのを機に大学に近い所にアパートを借りて、そのアパートから大学に通っていたから、姉が家を出てからは年に数回しか会えなくなった。
その事が寂しくて、気付いたら……やめよう、これでは私がああなったのは姉に責任がある様な言い方ではないか、姉に絢香に責任は何もない。
悪いのは自分なのだから。
そんな事を考えていたら、いつの間にか窓の外は、夜の帳が降り始めていたので静流は夕食の準備を始めようとキッチンに向かう。
絢香の家で一緒に暮らす事になった。その事は嬉しいけど、ただ姉の世話になるのは静流的に嫌だったので、家事は自分がやると決めたのだ。
絢香は、やれる範囲でやったらいいと、二人で分担したらいいと言ってくれたのだが、静流は家事は自分がすると言って、絢香の家で暮らす様になった初日から毎日、炊事に掃除に洗濯と欠かさずやっている。
唯一買い物だけは、絢香と二人で行っている。
これも静流が言い出したのだ。
姉の絢香が大好きな静流は、今まで絢香と過ごせなかった時間を少しでも埋めたいと考えていたし、絢香もそんな静流の気持ちを理解しているのか、買い物は二人で行く様にしている。
夕食を作りながら、静流は絢香が帰って来たら聞いてみようと思いながら、ずっと聞けなかった事を聞いてみようと考えていた。
それは、絢香が男が好きなのか、それとも女の子が好きなのかだった。普通に考えれば答えは男が好きなのだが、もしそうだったら、姉に彼氏がいて、部屋に呼んだらと考えると吐き気をもよおしてしまう。
男嫌いな静流にとっては、とても大切な事なのだ。
大好きなお姉ちゃんだから、例え男が好きでも応援したいとは思ってはいるのだが、心ではそう思っているのだが体が拒否反応を起こしてしまうのも事実なのだ。
どうすればいいのだろうと考えていたら、危うく料理を焦がしてしまうところだった。
「ただいま~」
帰って来た! ちゃんと聞かなくては、そんな思いがどうやら顔に思い切り出てしまったのか、絢香が怪訝そうにどうした? と聞いてきたので静流は、思い切って聞いてみる事にした。
静流の話しを聞いた絢香はあっけらかんと、あたしは女の子が好きだから心配するなと、静流が男嫌いなのも気付いていたと答えたので、安堵するのと同時にバレていたんだと少し恥ずかしくなる。
そんな静流をよそに絢香は、だから女子高勤務をしているのだと、今は彼女は残念ながらいないと話すので、静流は良かったと思いながら、そう言えばお姉ちゃんってやたら女子にモテてたなと、実家を出る前の絢香が女子に何度も告白されていた事を思い出す。
「まだまだ子供って思っていたけど、静流も恋愛に興味を示す歳になったんだな」
「きょ、興味って言うか、私はただお姉ちゃんが男が好きだったら、どうしたらいいんだろうって」
本音だった。恋愛に興味が無いと言えば嘘になるが、恋愛以上に姉の絢香が男が好きだったら、自分は今後どうやって姉と接して行けばいいのか、その事が、それの答えが出なくて悩んでいたのだ。
そんな静流に絢香が、一つ聞きたい事があるんだけどと言うので、静流は自分に好きな人がいるのか? そんな事を聞かれると思っていたのだが、絢香が聞いたのは静流が触れられたくない事だった。
「静流が、地元を出たかったのは、やっぱりあの事が原因?」
「!!!」
どうして知ってるの? その驚きの表情が答えだった。
「やっぱり、父さんや母さんは気付いてないみたいだけど」
「お、お姉ちゃんは知ってるの?」
「知ってるもなにも、あたしの妹だしあたしも似た時期があったしね」
お姉ちゃんにも似た時期があったなんて、でも今のお姉ちゃんは勿論だが、自分の前でそんな姿を見た事がなかった静流は、疑問だった。
もし自分と同じ事で悩んでいたのなら、どうして私は勿論だが同級生の前で普通でいられたのか、その事がわからない。
「静流程酷くなかったし、あたしにはストレス発散の場所があったしね」
「それって、お姉ちゃんがやってたあれ?」
絢香は。優しい微笑みを向けると静流の眼鏡を外す。
「あっ!」
「不思議だね、あたしの前では大丈夫なのにね」
「……うん」
どうして、絢香の前では大丈夫なのか?
どうして、絢香以外の人間の前では駄目なのか?
その理由は、静流本人にもわからなかった。
何が原因で、ああなってしまったのかも。
焦る必要もないし、ゆっくり付き合っていけばいいのだと、それも静流の個性なんだからと絢香は言ってくれるけれど、出来るなら一日でも早く改善したいと、そう思ってしまう静流だった。
高校生活が始まったら、いい出会いがあって変われるんじゃないと、そう言ってくれる絢香の優しさが嬉しかった。
本当に、そうなったらいいなと、早く高校生活が始まらないかなと思う静流だった。