転入生
気まずい。形容しがたいほどに気まずいのだ。
僕の後ろの席に美晴がいるという事実だけでとてつもなく胸がざわついてしまう。
とても落ち着かない朝だ。
果たして、気まずいのは僕だけなのだろうか。ちらっと後ろの美晴を見てみた。すると、目が合った瞬間に美晴は慌てて目を逸らした。
どうやら、気まずいのは僕だけじゃないようだ。
でも、このままではいけない。とりあえず、告白する前の関係までには何としてでも戻っておきたいものだ。
こうして、僕は美晴に何か喋りかけようと思ったのだが、それを辞めざるを得ない状況がまもなく起こってしまう。
教室中の女子達が一気に僕のところに駆けつけてきたのだ。
そして、昨日と同じように僕はまたハーレム状態になってしまった。
「九牙くん、連絡先を教えてよ」
またまた初見の顔が現れた。
「結婚しよう」
ちゃんと段階を踏もうね。
「横に座っていい?」
ちょっとダメかな。
そんな調子であっという間に僕の周りは賑わってしまったのだ。
これじゃあ美晴と話すことができない。教室の女子の人口密度は極端に偏っていた。
あれ?そういえば、今日は陰キャ風紀取り締まりコンビはいないのだろうか。
もし、いないのであれば僕は自分でこの状況を打破しなければいけないこということになる。
打破する術なんか持ち合わせていないのだが。
しょうがない。目の前の女子達に聞いてみるか。
「あれ?あの陰キャ風紀取り締まりの二人は?」
「あの二人はバドミントンの全国大会だよ。」
お団子ヘアの女の子はにっこり笑顔でそういった。
え!?全国大会!?あの二人、そんなにバドミントン強いのか。
衝撃の事実に凄く驚いたが、二人がいないということを知ってしまった後なのであまり大きなリアクションを取ることはできなかった。
「それよりさぁ…私のラブレター読んだ?」
知らない顔のこの子はどうやら僕にラブレターを送っていたようだ。
まずいことに僕はもらったラブレターの大半を呼んでいない。
言っちゃ悪いがぶっちゃけ興味ないからだ。でも、それだけでは済まされることではないということはわかっている。
直接告白するのも、ラブレターを送るのもとても勇気のいる行為なのだ。
そのことを僕は身をもって体感している。それなのにも関わらずその行為を無視するということは僕のポリシーからは大きくかけ離れている。嘘でもいいから選んだと言ってしまおう。
「あー読んだよ。ありがとう嬉しかった」
僕は少し小声で言った。自分では嘘をつくということに関して吹っ切れていると思っていたが、やはり実際に言うとなるとどうしても雑念が浮かんでしまう。
「本当にぃ!?」
その子は顔を赤らめながら嬉しそうに笑う。
そう、これでいいのだ。嘘も方便である。今のこの判断が合っていたか否かは僕には全く分からないが、とりあえずこの子が喜んでくれたのでそれでいいのだと勝手に思い込む。
「じゃあ返事は?」
その子はキラキラと目を輝かせながらそう言った。
「えっ!?」
返事…返事のことを全く考えていなかった。
僕は美晴が好きなので何かしらの形で断りたいと思うのだが、出来る限り傷つけたくない。
どうしよう。
頭を抱えて考えていると、教室のドアから担任が入ってきた。
あぁ、もう朝礼の時間か。僕の周りの女子達は一気に周囲に散らばった。
それはもう、すごいスピードで。
なんと言うか…助かった。
全員が席に座って辺りがシンと静まりかえる頃ぐらいに担任は口を開き始めた。
「はい。皆さんおはようございます。今日は転入生が来ています。」
転入生?それは予想外だ。僕は転入生という単語を聞くとなんだかワクワクしてしまうという性であるのだ。
果たして、どんな子が来るのだろうか。すると、担任の手招きに合わせて一人の子が教室の中に入ってきた。
その子は誰もが見た瞬間にわかるほどに綺麗な女の子だった。教室中の男たちは何やら騒ぎ出す。
「おいおい!めっちゃ可愛い子じゃねえか!」
僕の斜め前の席の男はやや興奮気味のようだ。
まぁ、それも無理はないほどにこの転入生は可愛い。
モデルのような高身長に鮮やかな銀髪がよく映える。顔の偏差値を美晴と比べてみてもそれほど大差がないほどに整っている。
でも、美晴の方が可愛いけどね。
「はい、じゃあ自己紹介お願いします」
そういった担任の声の後に転入生は一歩前に出て自己紹介をはじめた。
「はじめまして私の名前は茶谷柚菜です。趣味はセーターを編むことですよろしくお願いします。」
柚菜は深々とお辞儀をする。
この子、しっかりとしてるなぁ。
どれくらいしっかりしているのかって聞かれたらもう、斗仁の7.8倍くらいにしっかりしている。
周りからは男子8割の雄叫びと盛大な拍手が柚菜に送られる。
とりあえず、雄叫びはやめようね。
「じゃあ、柚菜さんはあの九牙の横に座ってください。」
担任は、僕を指差す。
あっ!まさかの横の席ぃ!?
確かに横の席がずっと空いているということを不思議に思っていたけれど、まさかこんなところで伏線が回収されるなんて。
何やら僕は一人でにエモーショナルな気持ちに浸った。
そんな気持ちに酔っているうちに、柚菜は着実に僕の近くまで近づいてきていた。
横の席なんだから挨拶くらいはしておいた方がいいのだろうか。
ついに、柚菜は僕の横の席に座った。
教室中の男子の視線はほとんどをこちら側に向いていた。全く、どんな影響力なんだ。まあ、僕も僕で影響力はあるちゃあるけど、それは無垢の僕の力ではない。
ただのありえない偶然だ。
では、挨拶くらいしておこう。挨拶をしようとパッと柚菜の方に顔を向けてみるとコンマ0秒で目があった。
というか、最初から柚菜は僕のことを見ていた。
柚菜の瞳は不純物が全く無いと言い切れるくらいに透き通っていた。
こうして見てみるとやはり可愛い。それはもう恋をしてしまいそうなほどに。
否!だめだ!僕はみはると付き合うんだ。
僕は必死に平常心を保ったまま柚菜を見つめた。
新手のにらめっこだ。
長期戦になると思われたが、このにらめっこの勝敗は案外簡単に決着がついた。それも衝撃的な展開で。
「かっこいぃ…」
柚はボソッとそう言って僕から目を逸らしたのだ。
「え!?今なんて!?」
柚菜はこれ以上何も言うことはなかった。
なんだ今の。もろに僕に向かってかっこいいと言ったよな。
幻聴ではない。
しっかりとこの耳で聞いたのだ。
かっこいいと。もしかして、あの子も僕の魔法にかかってしまったのか?
僕はギガ死したスマホのようにフリーズした。
これは好きだってことでいいのか?
いやいや、自惚れるのも大概にしろ。
かっこいいって言われたくらいで好きが確定するわけがない。
それに、なんだ?柚菜が僕の事を好きになってくれたからって、何か変わるものなのか?
僕はみはると付き合うんだ。たとえ、柚菜に告白されたって―。
「好きです。付き合ってください」
刹那、僕は柚菜にそう耳打ちされた。
「は?」
第4話 〜fin〜