服選び
自分がどれだけ恵まれているか。それを考えなかった日はないだろう。
この世界に誕生してどれだけの年月が経とうとも、日々その想いは深まるばかり。
最高の主にして敬愛すべき神。それでいながら、自然と畏怖してしまっているほどの神聖な存在。
それが私を創造してくださった御方を表する言葉だろうか? いや、そんな陳腐な装飾など必要ないか。存在を知覚しただけで全てを悟れるのだから。
さて、そんな崇拝している主から用事を言付かった。勿論、嬉々として拝命したし、用件の内容も素晴らしかった。ただ、非常に難題でもあった。
その用件の内容は、そろそろ服装を変えたいから、自分に似合いそうな服を見繕って欲しいというもの。
装いを新たにする。それは非常に素晴らしいことだとは思うのだが、しかし同時に、自身に似合いそうな服というのがかなりの難問だった。
「似合いそうな服と指定されても何を着ても似合うので、実質無制限ですからね。服が主に勝てないのは当然ですし」
唯一指定らしい指定といえば、ハードゥスで作られたものであったか。最初は既製品という意味かと考えたが、おそらくこの世界で生産されたものであれば、何でもいいという意味であろうと解釈し直す。
つまり既製品でもいいし、オーダーメイドでもいいということだ。そうなると、候補が無限に拡がってしまう。条件がハードゥスで作られる、もとい採れるモノというだけなのだから。
それこそ糸から作った布は当然だとしても、魔物などの皮から作られた革に鉄などから作られた金属、なんだったら貝殻などから作られた変わり種でも条件に当てはまるということになる。
条件に当てはまる範囲はほぼ無制限。服の色や形などの指定は無く、似合っていればいいということで、その結果は無限に選択肢が拡がっているということになる。
正直、選択肢が多すぎて困ってしまった。とりあえず自分のセンスを信じて既製品から幾つか選び、それに趣味も加えて更に数を増やしていく。
そこに現在召しておられる服装を参考にして候補を増やした後、それらの服を参考にして新しく服を作っていく。最上位者が着るのだ、市井の既製品をそのまま渡すなどありえない。少なくとも素材は最高級品に変えるとして、それを作るのは自分でいいだろう。そこらの針子など相手にもならない技量が有るのだから。これもまた、創造してくださった御方に感謝しなければならない。
全ての服をかなりの速度で作ってみたが、それでもまだ十数点ぐらい。これでは足りないだろう。少なくともこの十倍は用意しておきたい。範囲が無限というのもあるが、何がお気に召して頂くか分からないのだから。
それに、もしかしたら用意した服を試着なされるかもしれない。そうなると、そのお姿を拝見出来るかもしれないのだ!! そう考えると、数百程度では足りない気がしてきた。
かといって、あまり長々と待たせるものではない。用事を言い渡された時に期限の指定はされなかったが、だからといってあの御方を長々と待たせるのはありえない愚行だろう。そんなことをする無能は存在する価値がないどころか害悪でさえある。
そうなると、今のペースでは用意出来るのは数百着が限界だろう。既製品で妥協するなり、品質よりも速度の方を重視すれば千着は余裕で越えられるだろうが、それは論外だ。
とにかく今は急いで候補を選んでいかなければ。急ぐ必要があるので、既製品や誰かが着ている服を参考にするだけになってしまうが、それは最早しょうがないと割り切る。一応何着かオリジナルも混ぜておくが、それが限界だった。
そうして用意出来た服を異空間に収納して、私は巨大建造物の最上階を訪れる。そこはこの世界の最上位者であり、私の創造者にして主でもあるれい様が御座す聖域。
聖域を訪れた私は、れい様の言葉に促されるままに異空間から服を一着ずつ丁寧に取り出しては献上していった。
その場で献上した服は全てれい様が試着なされたが、れい様の場合は普通の試着と違い、参考にした服を読み取って自身の表面に再現するというものであった。
後に話を聞いたところによると、現在の服も同様の方法で着用されているらしい。自身の力で創っているおかげで、見た目は柔らかそうな服なのに強固な鎧のような役割も担っているとか。それに汚れや傷が付かないので、使おうと思えば生涯奇麗な状態のままで着用出来るという話であった。
献上した服は、れい様が異空間を開いて収納されていた。所有してもらえるというだけで大変満足である。
そうして数百着に及ぶ試着がなされた後、至福の時の最後を迎える。即ち、本来の目的である装いを変える服装をどれにするかであった。
しばし思案したれい様は何着か候補を選び、異空間から取り出したそれらを手にしていく。
その後に近くに机を創造されると、れい様はその服を机の上に並べていった。
「………………この中ではどれがいいと思いますか?」
机の上に服を並べると、れい様が私にそう問い掛けてくる。正直どれでも似合い過ぎていて甲乙つけがたかったが、れい様が選んだ候補の中に自分のオリジナルデザインの服が一着残っていたので、それを選んでおいた。
れい様は私が選んだ服を手にされると、吟味するように様々な角度から確認していく。
そうしてしばし沈黙が流れた後、れい様はその服に着替えることになさったようで、再現したその服を纏った後は、出していた全ての服を異空間に収納し直す。
あとは残った机も収納してから、私はれい様から感謝の言葉を賜ったのだった。