第三話 偵察
「どこでやる?」
マイのスキルは、テイムではない。他に適切なスキル名がないので、召喚と言っているが、フィファーナにあった召喚スキルとも違う。
魔力で、マイが思い描く”動物”や”昆虫”や”魔物”を作り出せる。魔力で作り出した物は、意識が有るわけではない。そのために、マイが動かすのだが、同時に動かすことができる物には限界がある。
魔力で出来た”ゴーレムのような物”だが、魔力は譲渡できる特性を利用して、制御を他人に任せることができるのではないかと考えたのが、ユウキだ。
マイとユウキで、”ゴーレムのような物”の制御を他人に譲る方法を確立した。
制御は、スキルを持っているマイでも10体を同時に制御するのがやっとな状況だ。頭の中に、10個のモニターが並んでいる状況を制御しなければならない。慣れていないと、1体を動かすのも難しい。サトシは、一体の制御を行うだけで、酔って気持ち悪くなってしまった。
慣れてくると、複数を制御できるようになる。
サトシ以外は、無理をすれば4-5体の制御が可能になっている。
「裏の家を使おう。部屋数はあるよね?」
「そうだな」
皆がパートナーを見る。
元々は王族が使う”離れ”として作られた
サトシは、皆が制御している最中に、家に近づく物が居ないように護衛することになった。
マイは、皆にそれぞれの特性にあった”ゴーレムのような物”を作って、制御を渡した。総数80体だ。制御できる数にばらつきがある。大まかな偵察ができれば十分なので、それぞれが役割を分担するように、偵察する方向を決める。
”ゴーレムのような物”は、転移も可能だ。
マイは、自分たちを召喚した国に転移させた。
レナート王国から、遠く離れた国だったので、マイが担当した。
(ひどい・・・)
マイは、最初に魔物が襲うだろうと思っていた都市に転移した。一番、勇者たちが残っている場所だ。小さな森に面していて、ダンジョンの存在も確認されている場所だったはずだ。
”ゴーレムのような物”から見えてくるのは、壊された城壁と破壊され尽くした建物だ。
かろうじて、全滅はしていない。そう、全滅はしていないだけで、”生き残っている”という表現が正しい。城壁の近くや、東西に伸びる街道には夥しい魔物の死骸と人と思われる死体が積み重なっている。逃げたところを、魔物に襲われた形跡の死体や、戦ったような死体もある。
マイは、死体の確認はしていない。どうせ、勇者たちは領主や聖職者たちを守っている。権力者たちが、自分の身の安全を第一にしないで、勇者たちを最前線に送り出すようなら、都市はここまで荒廃しない。魔力をたどると、都市の中心に近い場所に固まっているのが解る。
(本当に、変わらないのね)
マイは、自分たちが警告しても無視されるのは解っていた。それでも、陛下や将軍を通して、各国に警告を発していた。
その返答が、”それだけ心配するのなら、セシリアとアメリアを預かろう”だった。意味不明だ。どういう理論で、そういう見解を出したのか、説明を求めて、返答を何度も読み返したが、理解が出来なかった。
そこに、ユウキたちが古い文献から、”魔物の王”が持っているスキルが”時空支配”で時間と空間を把握するスキルという記述を見つけた。当代の”魔物の王”は、魔物たちを、魔の森に留めるような施策を行っていた。レナート王国としては、当代の”魔物の王”との間に付箋協定が結ぶほうが現実的で、未来に繋がると考えた。しかし、人類連合に参加する各国は、レナート王国の提案を一蹴した。
人類連合が選んだ結果が、マイの目の前で繰り広げられている。
避けられた戦いだ。避けられた死だ。本来なら、守られるべき命が散らされている。
マイは、領主の屋敷と思われる場所に”ゴーレムのような物”を集中させる。
勇者たちが戦っているのが見える。
(弱い)
戦いを見たマイの率直な感想だ。
自分たちを虐げた勇者たちだが、マイたちが”魔の森”で駆逐した魔物に苦戦している。
(勇者たちや権力者が死ぬのは、困ってしまう。シナリオを変えなければ・・・)
マイは、自分に言い聞かせるように呟いている。確かに、皆で決めた作戦では、勇者たちや権力者には苦しんでもらなければ意味がない。袂を別れた勇者たちが死のうが苦しもうが、マイたちは”関係がない”と、切り捨てるだろう。しかし、勇者たちでも権力者たちでも自称聖職者でもない。一般の民が死んでいくのは、本意ではない。
民たちには、認識してほしかった。目を瞑って欲しくなかった。立ち上がって欲しかった。青臭い理想だと認識しているが、偽らざる気持ちなのだ。
でも、勇者たちが行った非道な行為。権力者たちの自分勝手な振る舞い。自称聖職者たちの腐敗。自らが目を瞑って、口を塞いだことで、大切な者が奪われる現実が有ったのだと・・・。
マイは、”ゴーレムのような物”に命令を出す。
(魔物を駆逐せよ)
マイだけではない。他の26名の勇者も程度の差はあるが、民が死んでいくのを見て、我慢が出来なかった。
”ゴーレムのような物”が介入を始めると、戦いは劇的に変わった。
経験が不足している勇者たちも、戦っている魔物の数が減ってくれば力技が通じる。勇者たちが魔物に対抗できるようになったのを見て、マイは”ゴーレムのような物”に帰還命令を出した。
「マイ?!」
マイを心配するように、4つの目が見つめていた。マイは、自分を心配そうに見ているサトシとセシリアに笑顔を見せる。
「サトシ。セシリア。大丈夫。少しだけ疲れただけ・・・。それで、偵察の内容を話したほうがいい?」
「マイ様。今は、休んで・・・。情報は欲しいけど・・・。他の方々も、偵察から戻られるでしょう。それからでも、遅くはありません」
「そうね。セシリア。ありがとう。少しだけ休んでいい?ユウキが戻ってくる頃には、起きるから・・・」
全部を言い切る前に、マイは目を閉じて眠ってしまった。
体力も魔力も、まだ余裕があるが、精神が悲鳴を上げていた。自分たちの選んだ道で、呑み込むべき現実だと考えている。でも、実際に確認すると、心が疲弊する。マイたちは心に決めている。だから、パートナーたちと、仲間たちと立ち上がる。
「セシリア?」
「はぁ・・・。サトシ様。マイ様を、寝室に運んであげてください。起きるまで側に居てあげてください」
「あぁわかった。セシリアは?」
「私は、勇者さまたちを見てまいります。それから、ユウキ様が戻られるか見ております」
「わかった。助かる」
「いえ。私の役目だと思っております。ほら、サトシ様。マイ様をお願いします」
セシリアは、マイをサトシに託して、自分は部屋を出る。
サトシを巡ってはライバルだと思っているが、マイのことも大好きなのだ。
マイが無理して偵察をしてくれたと感じているのだ。80体も召喚しているだけで、かなり無理をしている。その状態で、自らも”ゴーレムのような物”を制御しているのだ。外からはわからなかったが、戦いをしている様子も見られた。ショッキングな状況を見てしまったのだろう。
セシリアは、勇者たちが使っている部屋を見て回ってから、庭に出た。
「ユウキ様。貴方たちは、私たちに多くの物を与えてくださった。私たちは、貴方たちに返せていますか?ほんの少しでも返せているのなら・・・。嬉しいです」
セシリアの独白は、レナート王国に住む者たちの考えだ。
勇者たちに命を・・・。生活を・・・。そして心を救われた。恩返しがしたい。
セシリアの言葉が庭に消えた瞬間に、魔法陣が浮かび上がる。
ユウキが地球から帰還してきたのだ。
「あれ?セシリア?どうした?」
「え?あっ・・・。その声は、ユウキ様?」