第百十六話 品定め
戦闘態勢ではない、自然の状態から抜刀する技。虚を突いたつもりが逆に虚を突かれる。鮮紅抜剣流最初にしてある種最強の迎撃技。そして、ハクが最も多用する技かつ、一番遅い抜刀術である。
説明を終えると、焔とコーネリアは納得したように感嘆の声を上げる。
虚蝉ね……シンさんもそうだけど、何でこんなに技名カッコいいんだろう? 羨ましいったらありゃしねえ。とまあ、そんなことはさておき一撃目のカラクリはわかった。問題は……
「それじゃあ、二回目の攻撃は何だったんですか? 明らかに俺の方が先に攻撃当たると思ったんですけど」
「ああ、あれは『返し』と言って、最初の虚蝉の勢いを利用して斬りつけるっていうごく普通の技さ」
「ああ……そうすか」
あまりにもハクが簡単そうに言うものだから、思わず焔は言葉に詰まってしまった。コーネリアも考え込むようなしぐさを見せる。
(勢いを利用した……なんて簡単そうに言ってるけど、普通そんなことできるの? できたとしても、あの一撃目と同等かそれ以上の速さでなんて。全てにおいて格が違う。それに、もしもハク教官の言っていることが事実なら、それは二回目だけではなく、三回目、四回目でも同じようなことが言えるはず。抜刀から始まれば全ての攻撃は……)
ソラを除いた二人がハクの実力の一端を垣間見たところで、再びハクが仕切りだす。
「それじゃあ、おふざけはここらへんにしといて……」
(え!? 今までのやつおふざけだったの!?)
衝撃の事実に焔とコーネリアはほぼ同時に心の中でツッコんだ。そんなことはつゆ知らずハクは続ける。
「君たちの実力を肌で感じたいから、一人ずつかかってきて」
「……はあ」
―――小一時間ほどが経った。練習場には今にも倒れ込みそうなほど疲れ切っている三人の姿とそんな姿を見て笑みを見せるハクの姿があった。
(レベルが……違いすぎる……)
息を切らし疲れ切っていながらも、コーネリアはハクとの対戦が脳裏から離れないでいた。
(焔の不気味な強さとは全然違う。佇まい、剣すじ、剣速、タイミング、圧のかけ方、間合いの詰め方、駆け引き、その他もろもろ……その全てにおいてレベルが違う。それに、ハク教官は明らかに手を抜いていた。さっき焔に見せた抜刀術も一切使っていないのに……まったく手も足も出なかった。これが……教官のレベル)
コーネリアはハクと実際に対峙することで初めて教官のレベルを実感し、その壁の高さを認識することが出来た。そして、それはハクも同様であった。この小一時間で実際に三人と手合わせすることでそれぞれの癖や弱点などを探っていたのだ。
(なるほどね……大体は把握できたかな……セリーナ・コーネリア)
ハクはまずコーネリアに目線を移す。
(剣の技術はこの中で一番かな。本当ならかなり強いと思うけど、かしこすぎるせいか、慎重になりすぎるところがある。全然悪いことじゃないけど、そのせいで本来の実力を出し切ることが出来ていない。俺との戦いも攻めることよりもどう対応しようかと考えることの方が先行してしまってるように見えた。昨日の焔との戦いでもそうだ。リンリンとサイモンは1対1の勝負を望んだが、コーネリアは三人で焔へと対処した。1人では勝てないと見越してのことだろう。自分と相手の力量差を判断することは大切だ。チームで戦うなら物凄く頼りになる。だけど、一人で強い相手と戦う場合を考えるなら、少し慎重すぎる気もするけど。実際、あのとき焔と1対1で戦ってても、この子ならいい勝負になってたと思うし)
続いてハクはソラへと視線を動かす。
(そしてソラ。戦闘の面から見たらこの子がダントツかな。シンから過去のことは聞いたけど、流石は暗殺者に育てられただけはある。相手の情報を一瞬で把握し、一番確実な方法で殺しに来る。技術はシンには及ばないが、この年でこれだけできれば上出来だ。ただ、殺気が純粋すぎる。相手が自分より強いと判断すると、焔との戦いで見せたように敵を翻弄するような動きを見せてくるけど、その全てが結局は一撃で殺すための予備動作みたいなもの。要は遊びやおふざけがない。その分、何を狙っているのか、どこを狙っているのかということがわかりやすい。そこがシンとは決定的に違うな)
そして、最後に焔を見る。
(最後に青蓮寺焔。戦闘力ではソラが上。剣の才ではコーネリアが上。だが、一番めんどくさい相手は誰だと問われれば俺は真っ先に焔の名を言うだろう。あの動体視力と馬鹿みたいなパワーと体力。そして、今までシンとの戦いの記録。それを上書きしていって、ほとんどどんな攻撃にも対応してくる。このうえなくめんどくさい。そりゃ、ソラもコーネリアも1対1で戦いたくなくなるのも無理はない。更に、伸びしろはまだまだあると来たもんだ。全く恐ろしい子を見つけたもんだ)
「ハクさん。今少しよろしいでしょうか?」
そんな時、AIから通信が入る。
「いいよ。どうしたの?」
「はい。実は―――」
「……うんうん。なるほど、了解」
疲れ果てている三人の元にハクは近づき、次に行う訓練について伝える。
「さて、お疲れのとこ悪いけど、この後のことについて伝えるから、ちょっと聞いてもらっていいかな?」
三人の視線が集まったのを確認すると、ハクは口を開いた。
「次はエアブラストブーツ、通称ブラスターを実際に使いこなす訓練をしてもらう」
「ブラスター?」
AIからの情報とは違う呼び名で少々動揺する焔であったが、
「は? あんたまたちゃんと説明聞いてなかったんでしょ? 第二試験のときAIが説明してたじゃない?」
「いや、ちゃんと聞いたわ。そん時は通称ぶっ飛びちゃんって……」
「ぶっ飛びちゃん……ああ! それ総督が使ってた呼び名だね。あの人は見たものまんまで名前をつけるからね」
「……ああ、そすか」
疲れていた焔はもうAIにとやかく言うのを諦めた。
「だけど、焔の第二試験は見てたけど、けっこう使いこなしてたよね?」
「いやいや、そんなそんな」
「ま、最後のは私が独断で発動しましたしね」
「いや、あれは……あれだろ?」
「あれとは?」
「いや、だから……」
焔とハクの会話に入ってきたAI。そして、世話を焼くように焔と会話をするAIにハクは興味深げな視線を送る。
(AIがここまで世話を焼くとはな。おそらくこれは焔がAIを人工知能として接するのではなく、同じ人として接してきたからこそだな。果たしてAIは焔にどんな気持ちを持っているんだろうか? 世話を焼く母みたいな気持ちか……それとも……)
「ま、実際焔の飲み込みは早いからね。今回ブラスターの訓練を休んでも支障はないよね」
「へ? それってどういう?」
AIとの話を区切り、焔はその言葉の意味をハクに尋ねる。すると、ハクはニヤリと笑い、
「少し行ってきてほしいところがあってね」
「はあ」
―――焔は練習場の扉を開いた。すると、そこには上半身裸の筋肉質な男が仁王立ちしていた。焔はその男の顔を確認すると、思わず口角が上がってしまった。
「よお、焔。こうやって話すのは久しぶりだな。お前があれからどれだけ成長したか、チェックしてやるよ」
「はい。よろしくお願いします……レオさん!」