城砦崩壊
――ディレクサイド
アルモの処刑を宣言したザナキアは、一瞬にして苦も無くアルモの胸を素手で貫いた。
「ほぉ? 器用なものだ。咄嗟の判断で心臓に強化を集中させるとはな」
「かぅ……ぁ、はっ! っぐ………………」
しかしアルモの目は次第に光を失い、長くないことが予想された。ザナキアは興味を失ったとばかりに腕を振り抜き、アルモはその勢いで遠くへと放り投げられる形となった。
「仲間では……無かったのか!」
「仲間? 面白いことを言う。お前達は動物を食うために飼うが、お前達はあれを仲間だと言ったりしないだろう?」
「家畜……? お前は仲間を家畜と見做しているのか……?」
「ふぅ、根本が間違っているな。お前達人間は使えれば家畜、でなくば害獣でしかない。利用するのも食らうのも殺すのも傷めつけるのも、全ては我らの気分次第という事よ。そもそも……対等だと思っている事こそがおこがましいと知れ」
「うっ!?」
ザナキアより噴き上がる黒い怒りを伴うエネルギーに、ディレク達は思わず身震いする。
「さて。俺は仕上げに向かうとするか。生きていたらまた会おう。その時はちゃんと殺してやる」
「何を言って……」
「……お前は上に立つ者としてはそこそこ止まりだな。後ろの二人を見習え。考え得る最悪のシナリオを想定して既に動き出しているぞ?」
「っ!?」
ディレクが振り返ると、ベティは何やらブツブツ呟き、エリエアルは何かを作っている。アーチボルドとアメリアやエリオットも、アルモに対して応急処置をしていた。
「………………」
「では御機嫌よう」
ディレクが動き出せなかった自分を責めている間に、ザナキアはフワリと飛び去ってしまう。
「ディレク」
「……何だ」
「アレの意識がお前に向いたから、俺達は動けるようになったんだ。お前は俺達の代表で、ベティは指揮官で、エリエアルは最悪の状況を何とかできる唯一の希望だ。俺達はその、なんだ……。やれる事が無かったっていうかな……?」
「……下手な慰めだな」
「だからまぁ、手伝え。俺達はフローラ嬢では無いから回復魔法もままならないが、体力の底上げみたいな事はできるんじゃないかってな」
「そうだな。奴の口ぶりでは急所は何とか守り切ったようだが……」
「でも出血がひどいんだよ。身体強化を流し込んで無理矢理持たせてる状態だね」
「できました!」
ディレクも生命維持活動に参加すべく動き出そうとしたその時、エリエアルが何かを作り出していた。
「エリエアル、できた、というのは?」
「この城を作り上げている『鉄壁』アルモが瀕死ですから、最悪、この城砦は崩れると思ってます」
「……だな」
「その際、身体強化をガチガチに使えば或いは死なないかもしれませんが、普通この高さから落ちたら死にますので浮遊落下するためのアイテムを作ってました」
「本当か!?」
「あの二人、助けましょう? 例え処刑されるかもしれないとしても」
「ああ、助けられる命なら助けよう。……戦後の事は戦後考えよう。今は生き延びる事、そしてあの魔族の事だな」
「あああああっ!!」
これからの方針を決めたその時、ベティが悲鳴を上げる。
「どうしたエリザベス嬢!」
「城砦の崩壊が……始まりました」
泣きそうな顔のベティがそう言うと、
……ズズ、ズズ、ズズン……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!
にわかに数回振動が皆を襲い、次いで破滅的な崩壊音と断続的な揺れが城砦全体を支配し始めた。
「……くっ、崩壊のペースが思うより早いな」
「ど、どう、した、らっ」
「もうしていると思うが、エリザベス嬢は軍全体を統率して退避させよ。その上でどうしても間に合わない兵達は、土魔法や結界魔法を使える術師をメインに集めてシェルターを作らせよ。少し失礼するぞ」
「え? あ、はいっ!?」
「私が抱きかかえて移動するので、エリザベス嬢は集中するように。アーチボルドとアメリアはアルモを、エル兄はシェライラを抱えてくれるか?」
「シェライラは俺が運ぶよ。二人に比べて魔力が少ないからな」
「そうだね。僕がアルモを背負うから、アメリアは様子に気をつけながら強化を流し込んでくれるかい?」
「畏まりました」
「エリエアル! 準備はどうだ!」
「何時でも逝けます!」
「……何でそんなに泣きそうなんだ? 大丈夫か」
「(フルフル)行けます!」
「では行こう!」
………
……
…
「何と言うか……これは」
「巨大だね……」
エリの作り出していたのはいわゆる気球であった。色々考えた末、パラグライダーの様に多少の技術の必要なものよりは、理論さえ分かっていれば飛べるものにしたらしい。気球であれば、ゴンドラの大きさも決められるというのも決め手の一つのようだ。ゴンドラの中には柔らかなベッドが設置されていて、二人を振動から守りつつも固定できるように配慮されていた。
「こここ、これでゆっくり上昇しまひゅ! ……そしてここから離れてから風魔法で、ゆっくり、本当にゆっくりと! 城砦から離れるように移動します!」
「……できるのか?」
「やるんですぅっ!!」
「そ、そうか」
もうかなり振動が酷くなっていて、少し傾きまで感じられるようになっていたため、高所恐怖症のエリエアルは気が気でなかった。気球の布も、絶対に燃えずに空気も通さない素材! というとんでもないオーダーで作り上げていて、膨らませるのも風魔法と火魔法をぶち込むという非常に乱暴な方法だった。
「乗りました!? 乗りましたね!? もう行きますよ!」
「ああ、行ってくれ!」
「逝きますっ……っぎゃあああああ!!」
自分で浮かせた気球の浮遊感でエリが悲鳴を上げる。
「うわっ……本当に大丈夫なのか? エリエアル嬢」
「はぁっ! いっ! 大丈夫でぇすっ!」
エリエアルの中身ことエリカは恐怖の余り、主導権を楽天的なエリエアルに明け渡してしまうのだった。ディレクはその雰囲気の変わり様に気づいたものの、深くは追求しないことにした。
「……そうか」
「んじゃ風魔法で……え? ふんふん、んー、こう?」
ぶわぁぁぁ
エリエアルは弱くではあったが風魔法を使った。しかしエリカのオーダーであったはずの『極』弱く、という部分が守られておらず、かなりの速度で気球が流れたためにゴンドラに傾きが出てしまっていた。
「おおおおお!? 随分傾いているがだいじょ……」
「っぎゃあああああ!! エリエアルのバカぁあああ!! ほんのちょっとって言ったでしょうがああ!!」
無理矢理に主導権を奪い返したエリカが出てきて魔法を止め、ぜぇはぁと息を荒げていた。その様子を見ていたディレクが納得したとばかりに頷きながら声を掛けた。
「……そういう事か。エリエアルの中の者である君は、高い所が苦手なのだな?」
「ふぐっ!? ……ええ、そうです」
「そうか。何となく仕掛けは分かった。こんな感じか?」
ディレクがそう言って気球全体をふんわりと風のベールで包み込み、更にゆっくりと城砦から離れる様そよ風で気球を操った。
「ふわぁあああ!! そうですそうです! 十分に離れたら、ここにある紐を少しずつ引っ張って下さい! 下降し始めるまでです! 一気に引っ張っちゃ駄目ですからね!」
「あ、ああ、心得た」
「熱気を供給していないから、放っといても降りていくんですが……。あと下降を始めると、下降速度は感じにくくても徐々に速度が上がっていますから、着地間際では結構速度が付いてるかもしれません。そこで地表が近づいてきたら少しずつ火魔法であの上に向かって放ち、温める事で下降速度を緩めて下さい。燃える心配はありませんので。先程の神業的な調整を見てて確信しました。ディレク皇子ならやってくれるはずです!」
「そ、そうか」
「それと、私は怖いのでエリエアルに代わります! でも絶対に紐を引っ張らせないで下さい! この娘、凄く危なっかしいので!」
「わ、わかった」
「ええー? 私はそんなに危なっかしく無いよぉ……って切り替え早っ!」
「……中の者よ、しかと肝に銘じたからな。安心して休め」
代わりに出てきたエリエアルの様子から、彼女の不安が正しそうだと判断したディレクは、安心させる様に呟いたのだったが、エリエアルはしっかり聞こえていたらしい。
「エリエアルの中に居る娘はね! エリカって言うんだよ!」
「そうか、エリカか」
「エリカは凄いんだよー!? とぉ〜っても色んな事を知っててねー……」
この後、地表に近づくまでの暫くの間、エリエアル・オン・ステージが繰り広げられたのは言うまでもない。尚、ディレクとのやりとりやゴンドラに関する色々なアレコレは、他の事で手一杯だったメンバーは完全に我関せず状態だったのも付け加えておく。