レアム首都にて
注)ノーコンもナビもいません回
フローラ達が一夜城砦に突入した頃、オランジェはレアム国内を最速で突っ切り、首都にまで到達していたのだった。……しかし、
「どういう事だ? 今の今まで兵の一人所か住人の姿も見ていないぞ?」
何らかの妨害があるものだと思っていたオランジェは、完全な肩透かしを喰らう形となっていた。
「……流石にあそこには誰か居ると思いたいが」
オランジェの視線の先にある施設は総督府。元はレアム軍の司令部であった場所だ。王城は破壊や略奪で、見るも無残な姿を晒していて、見栄を張るらしいレアムの首相が居るとは思えなかったからだ。
「行くか」
………
……
…
総督府に侵入すると、あちこちからオランジェを伺う気配が感じられた。これなら誰も居ないということはあるまいと、少し胸を撫で下ろすオランジェであった。やがて巨大なホールへと歩を進めると、演説を行うのであろう高台に1人、こちらを見下ろす格好で立っているのが見えた。折れ曲がった針金でも入っているのか? と思わんばかりの珍妙な髪型。見るものが見れば歌舞伎の演目で見られる髪型と言ったかもしれない。
「よくぞ来たな! 帝国の犬よ!」
「お前、そこを動くなよ? 今から殺しに行ってやるからな」
「うひぃっ!? は、話の途中だぞ!? メアラといいお前といい、帝国の鬼女共は人の話を聞かんのか!?」
「どうせ殺すのに、ソイツの話を聞いて何の得がある? 時間の無駄だ」
「そっくりだな! そういうとこ! ……まぁ良い。お前には我が部隊の兵達が相手をしてやろう!」
「1番! エルトグリッぶぎゃゃあああっっ!? ……へぶっ!」
1番手に出てきた兵士は、名乗りを上げている最中にオランジェに殴り飛ばされ、遥か壇上にいる首相の背後の壁に激突するまでふっとばされてしまう。
「うっひぃぃぃいい!?」
尚、もう少し横なら首相に当たっていた。
「ちっ、惜しい……。次に出てくる奴から名乗りを上げるな。時間の無駄だ。どうせ聞かん」
「……お、お前達! 行け! 行くのだ! アレを討ち取ったなら望みは思うがままだぞぉ!」
「「「「「おおおおおおお!!」」」」」
「ふんっ。全て捻り潰してくれる」
………
……
…
「ひぃっ、ひぃぃぃいぃっっ!」
首相は情けなくもずっと悲鳴を上げ続けている。その声も若干掠れてきている様子から、かなり長い間そうしていることが分かる。彼の周りに積み上がった兵士達の数は100は下らない。オランジェに挑みかかった7割近くが、首相である彼を目掛けて飛んできているからだ。そのくせオランジェは、今だ傷の一つも負っていなかった。
「(おかしいおかしいおかしいおかしい! あいつら程じゃないと聞いていたのに! あのバケモノ共と遜色ないではないか!)」
どうも彼はレアムを裏で糸引く元・聖女と謎の男から、自分達程ではないと聞かされていたらしい。
一方、
「ふんっっ!」
「ぐぅっっ! ……まだま」
「もう無い」
ズダンッ!
「………………」
「さて、まだ来るのか?」
ここへ来て、オランジェの攻撃に鈍りが生じているのか疲れが出ているのか、敵兵を1撃で倒せなくなりつつあった。
(少しずつ強い奴を用意している? だが、今のはどちらかというと新兵の部類であった。もしや奴の特性とか言う奴か? ……だとすると厄介だな)
そう考えをまとめると、悲鳴を上げつつも逃げようとしない首相をじっと見る。
「何はともあれそこで逃げずに居ることだけは褒めてやろう」
その言葉に首相が身震いしたのは……普通に恐怖からであっただろう。彼は生来の小心者であるからだ。彼が首相になれたのも、単に絶対に逆らえないバケモノ二人の言いなりに行動していた結果であった。
レアムの首相の持つ能力はオランジェが怪しんだ通り、兵の能力を引き上げる効果のある『逆境』という能力である。自分の置かれている状況がまずければまずい程、兵が強化されるというものだった。この能力があるため、ゲーム内において首都防衛等の守りに重きを置いたイベントでは、無類の強さ硬さを見せていたキャラである。
わざわざ目立つ場所から戦いを見ているのも、黒幕二人から不十分な情報しか与えられていないのも、このバフを最大限に発揮させるためであった。実際にオランジェが迫ってきた時、その恐ろしさを目の当たりにすれば、通常時に乗るバフより強化されるというわけだ。
ちなみに、オランジェの前に良く似たタイプのメアラの恐ろしさを知っておこうという事で、かなり長い間一緒に行動させられていたりもする。勿論、メアラの暴れっぷりを間近で見続けたわけだが……
「ひ、ひひっ……(い、いやだぁ……メアラ以上のバケモノの暴れる所なぞ、早く離れたいっ! 誰か私をここから開放してくれぇ……)」
どうも首相だから、本人の特性を発揮するためだから、等という理由では無く、ただ逃げられないように繋がれているようだ。
「首相!」
「ひぃぃ……お? おお! お前は補佐官の1人だったな? 丁度良い! 私の拘束を解いてくれぇ!」
「……私はただこれを首相に届けるように、と」
「何だこれは……ただの色眼鏡ではないか!? ちょ、やめ、勝手に装着するんじゃ……っ!! !? ?? !?」
色眼鏡には何らかの魔法が掛けられており、それ以降に首相が言葉を発することはなくなった。そして今まではできる限りオランジェから顔を逸らしていたが、細大漏らさず凝視せんとばかりに、オランジェの動きを応用になった。目を閉じようとしても閉じることができず、更に望遠の魔法でも掛けられているのか、自分の兵が潰される所ばかりがクローズアップされていた。
(ギャアア!! ヤメロ! アレがバケモノなのは分かってる! だから……だから見せるなぁ!!)
首相の心の叫びを聞き取れる者はここには誰も居なかった。
一方オランジェの方も、いよいよ手こずるようになってきていた。一撃で沈まず、二撃でも沈まず、兵によっては攻撃を食らいながらも反撃してくるものまで現れ始めた。
(厄介だな……)
まだ随分と余裕はあるが、オランジェの体力も無尽蔵ではない。逆に敵方の兵士があとどれ位残っているのか見当もつかない。
(温存しながらやっていけるのか? ……むっ!)
ザシュッ!
「……!? ははっ! やっだむんっ!?」
オランジェに初めて切り傷を負わせた兵士は、喜びの余り気が抜けたのか、オランジェの回し蹴りをまともに受けて吹っ飛んでいく。怪我を負わされた怒りもあったのか、少々吹っ飛び方が派手であったが……。
「ふぅ……。帰る事を考えるのをやめた方が良さそうだな」
腹を括ったのか、オランジェから今まで以上の覇気が噴き上がる。そして首相は声にならない悲鳴を上げ続けながら、縮み上がることもできず戦慄する。
(なんだ!? 何が起こった!? 何故今あのオランジェの雰囲気が変わったのだ!?)
少々混乱している彼だが、それも仕方ないことであった。というのは先程の色眼鏡、オランジェのピンチや怪我に関しての映像を遮断するように作られていた。怪我を負わされ、いよいよやばくなってきたから出し惜しみできない姿である……とは首相には映らず、ちまちま兵をぶつけてきやがって、いい加減頭に来たぞ! と映ってしまっているのだ。結果……
「うわあああああぁぁ!!」
「ぬぅっ!」
木っ端の兵ですら、かなりの強化率となっていて、覚悟を決めたはずのオランジェであっても苦戦するという、黒幕達の思い描いた状況が作り出されていたのだった。
………
……
…
――レアム首都郊外某所にて
「そろそろ頃合いかな?」
「……旦那ぁ、本当にやるんですかい?」
二人の男がレアムの首都を眺めながら言葉を交わしていた。隊長と副官、と言った所だろうか。
「この国はもう駄目だよ。体制が別な組織に移行しただけ。いや、悪化したとさえ言える。一時は混乱を招いた責任を取って身を引いたけど、今度こそちゃんとやり遂げてみせる」
「……単に帝国の口車に乗ってるだけの気がしますがね。あの胡散臭い女の次は帝国の美少女、ってか」
「それでもチャンスは貰えたんだ。君もそろそろ腹を括りなよ?」
「あーそうですねー。ただねぇ、手を差し伸べてくれるならもうちょっと早くても良かったんじゃないかって思うんですよ。同期のバカが下らねえ口車に乗って、帝国に侵攻して敢え無く散ったかと思うと腹立つやら情けないやらで……」
「確かにね……。しかし帝国への侵略はやるべきではなかった。思い留まる事のできなかった彼等の責任だ」
「そう言われちゃそうなんですけどねぇ……逆らえたんでしょうかねぇ? それにもう一つあるんすよ。俺達があのお山の大将を引き摺り下ろした後の話ですよ。軍事力の大幅に低下した我が国はどうなるんですかね? 周りにゃしこたま恨みも買ってるんですぜ?」
「……それでもやらなきゃ。帝国に飲まれるにしても、自立するにしても、他国にばらばらにされるにしても……。今一番マシと思えるのはどれだい?」
「……業腹ですが最初の一つですかねぇ?」
「へぇ? 帝国に飲まれるのが一番マシなのかい?」
意外な言葉を聞いたと、隊長が驚きで聞き返す。
「俺らじゃ国なんざ治めれませんて」
「確かに。さぁ……そろそろ行こう。腹は括れたかい?」
「やけっぱちですよ、こんなもんは。しゃーねーなー! いきますかサザン大将」
「大将って何だい!? そんな大層な役職に着いたことなんて無いよ?」
「気持ちっすよ、気持ち。いきやしょう。公女殿下との約束のために」
こうして水面下で救国の英雄サザンと約束を交わしていたジュリエッタの策が、レアムをさらなる混沌へと導く。レアムの行く果ては崩壊か、それとも……。