第十六話 おっさん交渉する
今日の
今日は、
「まーさん。おかしくない?」
カリンは、おっさんの部屋を訪れていた。カリンにとって、正装とは”制服姿”なのだが、異世界に召喚されてから、制服になることも少なくなって、違和感に似た感情が芽生えていた。
「おかしくないぞ。かわいいぞ」
「うん。でも、まーさん。”かわいい”は、”おじさん”っぽいですよ。それに、危ない感じがするよ」
おっさんは、自分は立派は”おじさん”だと思っているのだが、異世界に来たことで、若返ってカリンから見ると、”お兄さん”に見えてしまっている。それだけではなく、最近では、”頼りになる”が枕詞につくようになっている。
「うーん。実際に、おじさんだしな。ほかに褒め言葉が出てこない」
「・・・。でも、”かわいい”と言ってくれるのは嬉しい!」
カリンは、おっさんの自己評価を訂正しようとしたが、止めた。なぜ止めたのか自分でもわからない。ただ、”かわいい”と言われて嬉しかったのは本心だ。
「そうか」
カリンは、くるっと回って、制服姿をおっさんに見せる。
いつの間にか、おっさんの膝の上に乗っていた
「でも・・・」
「どうした?」
「なんか、制服を着ても、コスプレしているような感じに思えて・・・」
「そうなのか?」
「うん」
「それは、カリンが精神的に成長したからじゃないのか?」
「え?」
「カリンは、制服姿が”コスプレ”に思えたのだろう?」
「・・・。うん」
おっさんは、手で椅子を指差して、カリンに座るように誘導した。
「カリンは、制服に違和感を覚えたのは、自分が制服を着るのに相応しくないと考えてしまった・・・。から、じゃないのか?」
「え・・・。うん。なんか、恥ずかしい」
カリンは、おっさんの”違和感”を認めた。くるっと回って見せたのも、恥ずかしいという感情を誤魔化すためだ。特に、異世界に来てからのカリンは自分の居場所を確保するために、積極的にイーリスからの仕事を請け負った。それで、賃金を得て、意識が学生から変わった。それだけではなく、勇者たちの振る舞いを雑談で聞かされて、間違っていると考えるようになって、”学生”だという認識から外れていった。
ドアがノックされた。
おっさんは、意識をカリンから、今から会う人物にシフトする。
「どうぞ」
ドアが開けられて、イーリスが迎えに来ていた。
「まーさん様。カリン様。そして、バステト様。辺境伯がおつきになりました」
「会議室でいいのか?」
「はい。すでに準備は整っております」
「わかった」
イーリスを先頭にして、まーさんとカリンが続く、バステトはいつの間にかカリンに抱きかかえられていた。
会議室に入ると、辺境伯が座って、後ろには護衛だろうか3人の騎士が立っている。横には、ロッセルが座っている。
まーさんとカリンは、辺境伯の正面に用意されていた椅子に座る。
イーリスが合図をすると、メイドが飲み物を4人の前に置いた。
「まーさん様。カリン様。バステト様。私は、隣の部屋に控えさせていただきます。本日は、ロッセルは”まーさんから教えられた”書紀を努めます。会話には参加いたしません」
「わかった」
まーさんは、手を上げて了承の意図を伝える。カリンは、頷いただけだ。
辺境伯が合図をすると、後ろに控えていた騎士たちも、イーリスの後ろについていくように隣の部屋に移動した。
「ラインリッヒ辺境伯様。護衛の騎士を下げる必要はありません」
「いや。まーさん殿。護衛にも聞かせたくない話が多くなる。それに、ロッセル。解っているな?」
「はい。まーさん様。カリン様。これから、言葉遣いには注意しなくても大丈夫です。私が残す公式文章で体裁を整えます」
おっさんもカリンもありがたいと思えるのだが、いいのか?とも思えた。
辺境伯も認めていることなので問題はないと、念を押された。これ以上は、押し問答になる上に失礼にもなるだろうと考えて、おっさんもカリンも従うことにした。
「まーさん。これが資料です」
おっさんは、辺境伯から渡された資料を読んでから、カリンに渡す。カリンの報酬も書かれていた。
「え?」
「カリンさん。どうしました?安かったですか?」
「いえ・・・。これは、間違いではありませんか?」
「えぇ正当な評価です。評価には、正当な報酬を支払うのは当然の話です」
カリンは、断ることも考えたが、おっさんが頷いているので、素直に受け取ることにした。
「わかりました。ありがたく頂戴いたします」
「ありがとうございます。カリンさんのカードに支払いを行います。イエーンの方が良ければ、お持ちしますが?」
「いえ、カードにお願いします。大金を持ち歩くのは・・・。怖いです」
カリンへの支払いが、290万イエーンにもなっていた。但し書きで、現時点でと書かれている。
それだけではなく、辺境伯領にある辺境の町に屋敷を与える準備があると書かれていた。
「フォミル殿。カリンに与えると書かれている屋敷だが・・・」
「名義は、バステトさんにします。問題がないことも確認しました」
「俺は、それならもらっていいと思うぞ?」
おっさんは、カリンが悩んでいると感じて、助け舟を出した。
「え?」
「煩わしいことを言ってきたら、それこそ逃げ出せばいい。辺境近くだから、大きく広がる森もあるだろう」
おっさんは、ニヤリを笑って、カリンを見る。
カリンも、似合わない”笑い”を見て、心が軽くなった。”難しく考える必要が無い”と言われた気分になる。
「辺境伯様」
「フォミルと呼んでください」
「はい。フォミル様。屋敷も魅力的なのですが・・・」
「他に、何か欲しい物があるのですか?」
「はい。イーリスから聞いた話では、辺境伯領の近くにある”森”は、どこの国にも属していないと聞きました」
「えぇその認識で間違いはありませんが、魔物が大量に居ますよ?」
「はい。わかっています。でも、身を隠すには魅力的な場所です」
「・・・」
「今すぐではありません。私かまーさんが必要だと思った時に、森で生活を行うための支援をお願いできませんか?」
「未来永劫は難しいです」
カリンは、まーさんを見る。
ここからは、まーさんが交渉を行う。
「フォミル殿。支援は、蒸留酒の売り上げや、レシピの利用料から差し引くのは無理なのか?」
「え?それでは、まーさんの手元には残りませんよ?」
「かまわん。まずは、安全に逃げ出して、生活の基盤を整える」
「わかりました。すでに馬車の手配はできています。申請も順次、行っています。今の処、弾かれた物はない」
「それは重畳。助言は、いろいろと役立ったようだな」
おっさんは、辺境伯を睨むような視線で見る。辺境伯は、おっさんが何を言っているのか理解ができるのなら、肩をすくめる動作をする。
「えぇ面白いくらいに騙されてくれましたよ」
「詳しい話を聞かせてくれ」
「もちろん。そのために、4人だけで残ったのです」