ラボへと続く道
翌朝。
俺の傷の様子を確認するやいなや、タージアははっと息を飲んだ。
「すごい回復力……!」
彼女が昨日つけてくれた薬草、あれは止血とか化膿止めとかいろいろな効能があったらしい。しかしその薬効の力ですら追いつかないほど、俺の身体の回復は早かったってことだ。
昔からそうだ。俺はそこそこの矢の刺し傷とか斬られた傷、大抵は一日ですっかり治っちまった。しかしそれが不思議だとも思わなかった……そう、親方でさえもだ。みんな、みんなそれが普通のことなんだ、と。
さて、俺はとにかく行くのも嫌なのだが、昨晩ルースが城に来てくれと言ってきたモンだから……はあ、しょうがない。
「ラボ……でしょうね。恐らく」ジールの隣、いや陰からタージアは言う。
「あそこはデュノ様の唯一安心できる場所なのです。そしてそのありかはほとんどの人が知らないんです……そう、王子様でさえも」
だとしたらそれは嬉しいことかも。ネネルもそうだが、王子と対峙した時の独特な緊張感……あれはとにかくもう味わいたくないんだ。
とはいえ俺一人じゃ心細いから、エッザールはともかく、ジールとタージアも一緒に城のラボへと行くことになった。
でも……タージア、いいのか?
タージアは小さくうなづくと、あの女の姿を見てみたいと思って。と話してくれた。
ふむ……恋敵みたいな? それとも嫉妬からか?
……………………
…………
……
やはり……真っ先にタージアの姿を見て驚きは隠せなかったみたいだ。
「な、なぜ君が一緒に……」城の通用門で待っていたルースの声が、心なしか裏返っていた。
「お、お久しぶりです……デュノ様」
なんだろう、この二人ってラボじゃ同僚だったんだろ? すごく、よそよそしささえ伝わってきているし。
「笑いに来たのか、僕のことを」
「それは……デュノ様の許嫁の方を見てからです」
「ほらほら、男と女の嫉妬話は後にして、とにかくラボに行こうよ!」
緊迫した二人の空気をジールが取りなしてくれた……よかった、あいつがいなかったらこいつら喧嘩でもしてたんじゃねーか?
城の石造りの冷たい廊下の上から、俺たち獣人の足の爪の音だけがちゃっちゃっと響いている。それだけ静かな、誰もいない通路だ。
「基本的にここにはほとんどの人は来ない。牢獄へと繋がっているからね」
それに、とても薄暗い一本道だ。まだ昼にもなっていないのに。
「なるほど、謀反とか城内でよからぬことを企んだものを幽閉させるための牢獄ですか……しかしなぜこんな場所へ我々を?」
「エッザール……だっけ。僕のラボはその牢獄を作り変えた部屋なんだ。基本的に誰も来ることがないし、それに地下道を通じて城からはそこそこ離れているからね。ここを知る者は、僕とタージア、それに王と王子だけさ」
おい、さっきタージアは王子も知らないって言ってなかったか?
「デュノ様……い、いま王子にっておっしゃられました……ね?」
「ああ教えたさ。マシャンヴァルの捕虜の死体を見たいって話してたからね……もうここまで来ると隠し通すことは困難になってきたし」
俺の尻尾を軽く引っ張り、すいませんラッシュさん。とタージアは申し訳なさそうに言ってくれた。
まあ……しょうがないか。ここまで来るともはや俺の出る幕はなさそうだしな。
どのくらい歩いただろうか。目の前に重く錆びついた一枚の鉄の大きな扉が。
「ようこそ、僕のラボへ」
とはいえめちゃ重そうだから、俺の方から扉を開けてやった。いや……ルースの仕事場なんだし、重いわけねーよなと後で気づいたんだが。
「タージアが話してくれたとは思う。ここでは暗殺に使う毒物の研究や薬物の調合。場合によっては検体の解剖も行ったりしてるんだ。まさにこの牢獄に相応しい場所……かも知れないかもね、それと……」さらに奥にある部屋に通され、ルースはぽつりつぶやいた。
「マティエはこの中にいる……けど、接触も、そして目を合わせることも一切しないでくれ」
俺たちのごくりと生唾を飲み込む音だけが、冷たい廊下に響き渡っていた。