ミツケタ。
「こ、この先は、私が話します……」
うつむいたままタージアが起き上がってきた。こいつずっと聞いていたのか。
「いや、あの件はまだ先にしようって言ったじゃない」
「いいんです。ラッシュさんは信頼できる人だって分かりましたから……」その言葉にジールも口をつぐんだ。しょうがないなって目で見つめながら。
「わ、私……親元で虐待とかじゃないんです。その、実は……」
彼女が次の言葉を紡ごうとしたその時だった。
ーミツケタ。
「え?」
木々が風に揺れた音か? いや……違う。
チビかフィンが言った声とも違う。俺の耳に、妙に甲高い声で「ミツケタ」と。
なんだこの感覚……確かこの声、以前どこかで聞いた気がする。
「どうしたのラッシュ?」ジールが怪訝そうに俺に聞いてきた。
「聞こえなかったか?」
「え、なにも?」
静まり返った渓谷に、びゅうと強い風が吹き込んできた。冷たい風……恐らく俺の空耳だったかな。
「確かに、聞こえ……ましたね」タージアが崖の上の木々をじっと見据えながら俺に言った。
「ミツケタ……って聞こえたよな?」
はい。と彼女は大きくうなづく。
なんでだ。俺とタージアには聞こえてジールには聞こえてないって……
「やだ……こわい」その声に振り向くと……チビもだった。謎の声にすっかり怯えきって、俺の尻尾をぎゅっと握りしめている。
ーミツケタ。
ーミツケタ。
ーミツケタ。
声はだんだんと数を増やしてきた。
エッザールにも、トガリにも、それにフィンやジールにも聞こえてないみたいだ。
俺の周りのこの二人だけには聞こえてるって……なんだよ一体。
まあとりあえず主探しは後だ。とにかく今は……
「エッザール、トガリ! ここから撤収だ!」
つーかヤバい。
この声が聞こえてて、なおかつ戦えるのは俺一人だけ。実に説明しづらい。
「何かあったんですか?」エッザール、やっぱりお前も聞こえなかったか。
「気配を感じるんだ……それもかなりの数がいる!」
エッザールも俺の言葉をすぐに察してくれた。すぐさま臨戦態勢に移ってくれたし。
「空耳とか滝の音でなく……ですか?」
恐らくな。と目で返す。
「なんかいるの……?」トガリは無論戦うことはできない。いや、戦いの場に出したくない。
「チビとタージア、それとフィンを連れて近くの窪地に隠れろ!」
「ラッシュ、俺も戦う!」フィンが荷物の中からまだ新品の剣を取り出してきた。
「ダメだ、お前も隠れてろ」
「お、俺だって戦える! そのためにずっと訓練したんだし」
無意識にチッと舌打ちしてしまった。
落ち着け俺。こんな時に未経験のフィンを出すのは逆に俺らには不利になるのは明らかだろうが。
大きく深呼吸してフィンに告げた。
「人を殺せる覚悟はあるのか?」
「え……」
「いいから答えろ、恐らく俺たちは囲まれてる。それも指で数えられないくらいのな!」
「や、やれ……やれる! やってやるさ!」
こういう時にウソを言うのは強がりの証拠だ。手足が小さく震えてるぞ。
「俺らはまだ慣れてるから平気なんだ。だからお前は……」
「だ、だからやれるって言ってるだろ!」
怒鳴りつけたくなる気持ちをグッとこらえて、俺はフィンの頭をわしわし撫でた。
「……親父を殺せるようになったら、いくらでも戦いに出してやる」
今までの俺だったらここで一発殴りつけてただろう。だが相手は、フィンはまだガキだ。それに俺が体験した時と時代が違いすぎる。
「今はトガリたちを守れ。変な奴が来たら腕でもなんでもいいから斬りつけろ!」
戦いに出られないのが悔しかったのか、フィンは今にも泣きそうな顔でうなずき、俺の元を去っていった……恐らく理解してくれただろう。いや、そうであって欲しい。
「大人の対応できたね、今のナイスだよラッシュ」ジールも万全の態勢だ。片手サイズの小さなボウガンを二丁手にしている。
「ラッシュさん……私にはさっぱりでしたが、一体どんな気配が?」
エッザールが不思議そうな顔で俺に聞いてきた。
だけどお前も知っているだろう、あの気持ち悪く甲高い声のことを。
「人獣の声だ……」