【逃げれるか?】
【逃げれるか?】
夜のジャングルは鬱蒼としており、視界が良くない。全速力で走ると、木々の枝が自分達を容赦なく痛めつける。
「お母さん···っ!姉さん···!」
ガリーナが嗚咽する。子供のように泣きじゃくるガリーナを、今すぐに抱きしめたかった。
走りながら、レイフは今まで起こったことを現実として受け止めなければならなかった。ジャングルの冷たい空気が、熱していた怒りや激情を冷まし、ありありと今まで起こったことが現実だと知らしめる。
(母さんが壊されて···オレは、ユキを置いて···っ!)
あの状況で、咄嗟にレイフにできたことはガリーナと逃げることだけだった。いくら剣があろうと、あの軍人の数には勝てない。
(本当に、ガリーナちゃんは···っ)
あの悪名高いアクマの子供なのだろうか。
何かの間違いではないのか。またセプティミア・バーンが先程の放送には手違いがあったと言ってくれないか願った。
「ガリーナちゃん···っ!」
手が震える。
事の重大さに、目がくらみそうだ。
アクマの子供として指名手配とは、どこに逃げても同じなのではなかろうか。
どこに逃げようと、彼らは追いかけてくるのではないか。
あまりに巨大な不安が自分を襲う。
手を繋いでるガリーナにも、きっと伝わっているだろう。
ガリーナの手も、細かに震えていた。お互い震える手を、せめて慰め合うように強く握りしめ合った。
「だ···大丈夫だから···オレも頑張るからっ!」
オレが守るから、なんて無責任に言えなかった。強大すぎる脅威を前にして、レイフは自信過剰なことは言えない。そんな自信、自分にはないからだ。
「レイフ···」
2人して息を荒くしながら、ジャングルの中を駆け抜ける。ラルで指し示されたそこは、すぐ近くだった。カバディンを走らせればもっとすぐ着いただろうが、あの状況でカバディンを取りに行っている暇はなかった。
「ここだ···」
ラルから、地図の画面を表示し、レイフは確かめる。立ち止まり、辺りを見回す。
何も変わらない、ジャングルのそこには木々や灌木が生えているだけだった。
ゴーモとは宇宙船のことだが、そんな巨大なものはここにはない。ジャングルの中のいち風景である。
「え···ここで、合ってる?」
「あ、合ってる!母さんがくれたデータでは···」
サクラがくれた位置情報は、確かにここだ。間違いがない。指し示す地図データをレイフとガリーナは食い入るように見つめるが、間違いはない。
「まさか、あいつらに取られたとか···」
「まさかっ!?」
ガリーナが重々しく言い、すぐにレイフは否定する。
だって、フィトは知らないようだった。コナツというゴーモの名前を聞き、驚いていたのだ。
(···アシスの連中じゃなくても、誰かに取られた···?)
レイフは青ざめる。惑星トナパから逃げる手段の1つを失ったのだ。これから自分たちの足で逃げて···逃げ切れるのか?
レイフが逃げてきた方向の空が、突如として明るくなる。
ハッとして、レイフとガリーナは振り返る。自分たちの家の方向の空の一部が、まるで朝のように明るくなったのだ。夜はまだ終わっていないのにーーー。
後ろを振り返れば、大蛇の影が見えた。自分の家の空だけが、朝のように明るい。
「あれが、MAの力···?」
「えっ?!」
「だって、MAってゼノヴィアシステムに干渉できるんでしょう?気候システムを操れるってことは、昼夜のシステムにも干渉できる。ペスジェーナを倒すのに、夜は不利でしょう?だったら朝にすればいい」
顔は強張っていたが、ガリーナは淡々と説明してくれた。
では、自分とガリーナを探しやすいようにジャングルの空も朝の設定を施せるーー夜間だから探しづらいだろうということは、ないのだ。
(何でもありかよ···っ)
MAに敵うのだろうかーーレイフは苦渋しながらも、せめて彼等がペスジェーナに手を焼いている間になるべく遠くに逃げたかった。
「とにかく···っ、ガリーナちゃん!」
ガリーナを引っ張る。彼女は「きゃっ」と悲鳴を上げ、地面に倒れてしまった。慌てて、レイフはガリーナの肩をつかむ。
「ごめ···っ!」
ガリーナが両手を地面につけた時だった。
地面が、光った。
それは家の空が明るくなるような鈍い光ではなく、閃光のような眩しすぎる光だった。
「な···」
レイフが驚きの声を上げると、ガリーナは急いで立ち上がり、自分をかばうように両肩を掴んできた。2人はそれぞれを守るようにして、光った地面から突き出ようとする物体を見つめた。
音もなく、レイフのラルが通知画面を表示してくる。
『コナツ、起動します』と。
ペスジェーナが土から這い出るときのように、音はなかった。その物体は土から突き出た後になって、押し上げた土がぼとぼとと地面に落ちる。
自分たちの家よりも、よほど大きい。きっと距離的に、自分たちの家の前にいる軍人たちにも姿が見えていたに違いない。
「これが···コナツ?」
ガリーナは呟く。
それは、灰色の機体だった。何語かわからない赤い文字が壁面に書かれている。見たこともない文字だ。
自分たちの前に、ハッチが開く。巨大なゴーモを前にして、すぐに中に飛び込むことは躊躇した。本当に、中に入っていいのだろうか。
「···お母さんのゴーモって言っていたものね···」
ガリーナは確かめるように言った。
サクラが、コナツに行くと言っていた。つまり、危なくはないのだ。アシスの連中の罠でもない。
「うん···」
「じゃあ···大丈夫よね···」
ガリーナは恐る恐るコナツの中に入っていく。自分の手を強く引いてーーー。
このコナツで、違う惑星に逃げる。恐らくサクラがしたかったのは、そういうことだろう。
(···違う惑星に、逃げる···)
惑星トナパから、レイフは出たことがない。
(ユキを置いて、ガリーナちゃんと2人で···?)
レイフは後ろを振り返る。暗闇の中でも、一部が明るくなったそこを見て、痛感する。
「···ハッチを閉めて、待っててくれないか」
「え?」
レイフはガリーナの手を離した。自分が、ユキを置いていけるのか?
それは、否、である。
「でも···」
ガリーナは何かを言いかけるが、止まる。彼女も迷うような仕草を見せるが、押し黙ったのはレイフと同じ迷いを持っているからだろう。
「···わかった」
3人の姉弟は、幼い頃から仲良く育ってきた。
ユキを助けたいという気持ちに、嘘はなかった。