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収穫

 墜落から三ヶ月間が経った。
 セイジがその爺ちゃんから受け継いだ田舎の知恵のお陰で、私たちは何とか生き延びている。毎朝、早起きのヒロが皆を起こしてくれる。バカはどうやらよく寝るんだよね。ま、余り深く考えないのも彼の取り柄かも知れないが、考えなしで突っ込むのは彼の悪い癖だ。最初は私は、あれやこれや考えて心配で心配でろくに眠れなかったのだが、満天の星空を眺めたら段々と、どうでもよくなった。こんな宇宙の辺境まで、日常ストレスという概念を持ち運んでどうするっての。そうだ、日常的に抱いてしまう常に張り詰めた感覚は、あんなのが必要ない。

 私たちは異星に住んでいる。
 地球での常識が通用しない。
 私たちはもう、解放された。

 ここでのルールは違うんだから。如何(いか)に社会にしがみ付き上手く依存できるか、じゃない。大人たちに縋り付くことはできない。自分で考えて、自分で行動する。私たち三人に、如何に自立性を育て合うか高め合うか、というのがこの星での生き方。
 それで毎朝ヒロに起こされて、ポッドのろ過器を使って飲水にした海水で、菜園の水遣りを一緒にするようになった。幸い、救命艇の原子力電池残量は0・00001%しか減ってない。しかもろ過器は最先端の逆浸透膜で何十年も機能できるはず。
 水遣りをした後に、皆で菜園の手入れをする。大変な仕事だが、セイジが栽培の一番簡単な野菜を選んでくれたからそこまで大変じゃない。これが楽しいと思うくらい時もある。農家はそういう楽しさは多分知らないと思う。だって都会人の為に大量に育てないといけないから。何事もやり過ぎはダメだよね。
 畑仕事が終わると、日除けオーニングの下で取り外したポッドの四角い容器を挟んで、皆でお昼にする。単に()でた昆布とインゲンだが仕事の後の食事は格別だ。この前はレタスだったのだが、まぁ、どれも自分で栽培したから美味しいに決まってるでしょう! という心の声が弾んでいるのは否めない。何だろう、自分で何かを作る満足感は半端ない。兎に角・・・
「どう? 茹で豆コンブ?」
「もういやだ! レタスのほうが美味しかった」
「我慢だ、ヒロ、我慢」
「あーあ、ミズナ様がそういうなら、しゃあねぇ」
「僕は好きだよ、豆」
「あら~、いい子ね~。でもフォローはしなくていい、セイジ」
「あーあ、ババア臭ぇ。ミズナは本当は何才何だろうなあ、とか時々年齢が怪しい何だなあ」
「記憶喪失はそういうもんだよ、ヒロ。彼女を責めないで」
「二人とも・・・豆を食べなっ‼」
 と少女は二握りの豆をやかましい彼らの口に押し付けた。
 そしてここから見える畑と最近出来た小さな食料庫は、とても微笑ましい眺めだ。因みに、あの倉庫は自然乾燥した海泥の煉瓦で造って、私たちの自慢だ。
「はは、あれ、変な形になったぜ!」
 とか笑い流すヒロである。
 皆で建てた物だから私は文句を言わない。
 午後は、皆で小さな救命ボートに乗り、あれもまたポッドの容器から取り出した空気注入式のプラスチック製ボートなので軽くて便利であって、それで波打ち際より少し離れた距離から、交代で海に潜って昆布を採る作業という、大事な仕事に取り掛かる。昆布は意外と実用的で、お腹も土壌も膨らますことができる。
 その途中で定期的に休憩を挟んでいる。何しろ何メートルものアプネアは結構ハードなので、そうしなければ体力が持たず危険である。昆布採りが基本は交代制で、一人がダイビング番で、もう一人が彼の見守り番で、最後の人は休憩、という形になっている。そんな時は、ボートの片隅でくつろいで二人の様子をチラッと見ながら、片手を海水に浸って、太陽が掌の上に描く、キラキラな模様を眺めたりしている。
 あぁ、こんな形でセイジとの約束を果たすとは・・・想像もしなかったな。確か、彼の夢が海の探検だったね。彼が知らずとも、約束が果たされるとは、皮肉なもんだ。
 昆布採りの後、このまま帰らないで・・・それはヒロの提案だけど、救命ボートで近くの砂州(さす)まで行って、気晴らしにそこで夕方までキャッチボールをする。本島、あっ、それは私たちが呼んでいる墜落した島だけど、兎に角、本島は広くないから、畑を傷つけたくないので、その砂州で遊ぶようになった。(ちな)みにそこを沖縄と呼んでいる。ま、子供のふざけた冗談だけどね。でもそう呼ぶと、何だか心がポカポカする。それで二人の気晴らしに付き合うことになった。
 夜になると、ポッドの中で毛布を掛けて、その日の出来事とか、達成したこととか、面白い話とか、悲しい話も沢山して、ようやく眠る。そういう平穏な生活は、私は結構気に入ってる。

 皆で起きる。
 皆で行動する。
 皆で眠る。

 未知の世界での単独行動は危ない。それは初めから三人で決めたことだ。ま、セイジは元々慎重派だが、ほとんどヒロの為に設けたルールだと、私は感じる。
 この星には何も無い。季節もない。潮の干満もない。遠く見渡すかぎり、静かな海しかない。魚もいない。荒れた天気もない。微風(そよかぜ)しかない。私の知る限り生命は昆布しかない。昆布は、この星の唯一の在来種なのかもしれない。肉眼ではそう見えてしまうのだが顕微鏡があったら、多分その印象が変わって来るだろう。どうせ、この星については謎だらけだ。
「でも私は一人じゃない。ヒロとセイジがいる」
 と少女は心の声を少し漏らした。
 彼女は救命艇の上で二人を優しく見守っていた。その一人、セイジは野菜を収穫して喜んだ。
「よし、採れたよ、ミズナ!」
「本当? 早く来て」
「うん!」
 もう一人、ヒロはまだ仕事の途中であった。
「ああ、ちょっと待って、俺はまだ終わってねぇ」
 セイジがポッドの上に登ってミズナと集合すると、採れたての人参を彼女にあげる。
「ほら、人参を採れたよ!」
「うわああぁ~、有り難うセイジ!」
「ここに来て最初の人参だよ!」
「うん、久々の人参か~ぁ。頂きます!」
 二人が人参から土を手で拭いてから、採れたて人参を(かじ)ると・・・
「ぅ、ぅ、う・・・うまい」
 とミズナが涙をこぼしてしまう。
「ホントだ、うまい、うぅ~」
 セイジも泣いてしまう。
「人参は、シクシク、こんなに、シクシク、甘かったっけ?」
「あぁ、甘い~」
 そこでヒロが彼らと集合すると・・・
「テメェラ、なに泣いてんだ?」
「ふんっ!」
 とセイジが腕を伸ばしてもう一本の人参をヒロに差し出す。彼が食べてみると・・・
「ぅ、う、う、うめぇ~」
「なあんだ、おめえも泣いてんじゃねぇか」
 とセイジがからかう。
「だって、シクシク、美味しいんだもん」
 ポロポロ泣いてその美味しさを肯定する。
 そこで娘が娘らしくない表現でセイジの知恵を次のように称賛する・・・
「君の温故知新(おんこちしん)のおかげよ、セイジ!」
 すると彼にこう驚かされる・・・
「ウンコ知識?」
 と、前言撤回をしたくなるほどの褒めて損した気分に、普通の場合そうなるのだが、なんと少女はそうならなかった。どうやら最近の平穏無事な日々で娘の心が和み和らぎ、溶けていたようであった。そして彼女が動じず涼しい顔を見せながら、このように応える・・・
「うん~、そうだよ~、セイジ」
 同時に、ポッドから落ちるくらいの勢いで、ヒロが笑いを繰り返していた。
「ウンコ! ウンコ! セイジのウンコのおかげだぞ!」
「温故知新ね」
 と、彼女が涼しい顔を何とか保っていても明らかに逆効果で、諦めて放って置くしかない。
「ウンコ! ウンコ!」
 と彼らは興奮していた。
 そして、数分の間しばらく経つと、男子らがついに落ち着く。それで水平線まで広がるこの独り占めした景色を眺めて、人参をモグモグしながら、彼女が自分の幸せを噛み締める。
「私たち、よく、ここまで来たんだね」
 とミズナが二人に言った。彼女にとっては、この状況は信じられないほどの奇跡に見えた。
「ミズナの言うとおり、大人がいなくても、僕たちだけで何とか生きられる」
 とセイジがこの数ヶ月の間に彼女に言われたことを思い出した。
「そうよ、大人の言うことなんて、大人の概念、大人の思想・・・皆どうでもいい。どうせ、彼らが考えてるのは、いつも醜いもんだけだ」
「うん」
 とセイジがうなずいた。一方、ヒロは落ち着いた気持ちで控え目な励まし宣言をする。
「俺たちだけで生き延びようぜぇ~」
「うん」
 と皆が賛成した。

 地球に見捨てられて・・・
 これ以上の自由はない。
 何故なら、ここには社会が存在しないからだ。

 社会の鷲掴(わしづか)みから解き放たれて・・・
 私たちは真の自由を手に入れた。

 ここには悩みも怒りもない。
 ここには・・・悩みも怒りもない。
 悩みも怒り、それはもう・・・昔話。

 昔の私は・・・
 物理的『壁』だったり、
 精神的『壁』だったり、
 それらが高く(そび)え立ち、屹立(きつりつ)して並んでいた・・・『壁だらけの人生』だった。

 ようやく解った。今までこの人生で最も自分の足を引っ張っていたのは、私の身体障害ではなかった。肉体よりも、精神的負担が一番辛いことに気付いた。車椅子よりも、社会が一番の重みと感じていた。でも今は、そう・・・そう、ようやく前へ進める気がする。

 この足で一歩一歩。
 そして何よりも、この新しい心で一歩一歩・・・
 人生を歩める気がする。

 そして少女は皆にこう気持ちを表す。ヒロのほうを見て・・・
「ヒロがいつも一生懸命で、ありがとうね」
 そしてセイジのほうを見て・・・
「セイジがいつも真面目で、ありがとうね」
 と彼女が感謝の念を表す。
「皆、ありがとう、本当にありがとう」
 すると男の子二人とも感動を受ける。
「ミズナ!」
 と少女に抱きつく。
 三人は、性格それぞれでも、屈託の無い笑みを浮かべていた。
 彼女が内心に想う・・・
 そうだ、私はミズナ。もうマリじゃない。まるで(さなぎ)から蝶への例えで、私は本当に生まれ変わったんだ。そして私が生きることで『ミズナ』という存在が決して消えない。

 車椅子の墨染毬があの日、地球で死んだ。
 人工知能のAI毬も、パピリオと共に死んだ。
 谷川ミズナはあの時、確かに死んだ。
 その生き返った体が、マリの肉体となった。
 それらどれも・・・私の中に生きている。
 私が皆、皆が私だ。

 ごめんね、ミズナ。
 ありがとう、ミズナ。

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