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負け犬の矜持

「(手柄を上げれば私の株も上がります事よ!)」

 そう気炎を上げるのは、我等のバルバラ様である。行け行けバルバラ! 押せ押せバルバラ!

「(えっと、確かあのイラストの方は……ああ居た)ちょっとそこの貴女?」

「え? はいな。なんでござんしょ?」

「……何ですの? その珍妙な喋り方は」

「あれぇ? 結構初対面の方には受けが良いのだけど? どちら様でしょうか?」

「貴女、家格は?」

「おっと! そうお聞きになるという事は貴き家格のお方ですね!? 初めましてお嬢様。私はフェネス・ダルモントン、騎士爵家が4女です! いやぁ、うちの回りじゃ家格なんて気にしないもんで、すみませんねぇ」

「……平民ですのね。私はバルバラ・リムレット、侯爵家長女ですわ」

「おおう、そんな高貴なお方が私に何の御用で?」

「これ、人相書きにしては変わってますが、貴女ですわよね?」

「え? ……はい? 私とこのイラスト似てますかね? 全くの別人だと思いますが」

「……お前、何者ですの? その反応、変装してるのね?」

「……はい?」

「私の家柄は代々続く、真贋の魔眼持ち。国境における不審者の出入りを防ぐ最後の砦。その私の目の前ではいかなる偽装も意味は成しませんわ。誰ぞ……むぐっ!?」

 フェネスと名乗った女に口と喉を塞がれ、暗がりに連れ込まれるバルバラ様。

「あー、ったく。ご都合主義にも程があるだろう。あいつの話じゃまだそういう時期じゃねえはずだが? ……ああ、こいつは、なるほど? お前、ザルツナーんとこの三男坊に横恋慕してる口か?」

「むぐぐぐー!?(何で知ってらっしゃいますの!?)」

「おいおい、騒ぐなよ……、喉を抑える手に力が入っちゃったらどうするんだ?」

 底冷えのする唸るような声にバルバラ様が恐怖する! 涙目だ! ご馳走様!

「……ちっ。でよぉ? あんた確かアメリアとか言う別格貴族だったか? アレのこと排除したいんだろ? ならさぁ、手伝ってくれると有り難いんだよなぁ」

「………………」

「ひっひ、睨むなよう? あいつが居なければお前がザルツナーんとこの三男坊とくっつくのも容易いだろ? っつか、国境防衛絡みの恋って奴か。あんたん所の家の人間は辺境伯家やらとくっつきやすそうだよな? 今から口を開放してやるけど騒ぐなよ? 騒いだら……分かるよな?」

「……貴女、目的はなんですの?」

「今度の戦争で内っ側から引っ掻き回す役割だったんだけどな。こんな形でバレるとは思ってなかったぜ」

「敵国のスパイ、ですのね? 名前もデタラメ……」

「ああそうさ。で、もしあんたが私の代わりに上手く手引してくれるなら、三男坊の命は救ってやるしアメリアもちゃんと始末してやる」

「………………」

「良い話だろう?」

「そう……ですわね」

「なら協りょ」

「お断りしますわ」

「………………あ゛?」

「あの方を……裏表の無い飾らない男らしいあの方を……私はお慕いしておりますのよ。ええ、ええ、分かっていましたとも! 私の様にプライドばかり高くて素直になれない女が! 素直になれないばかりに小狡い手を使う以外になかった女が! あの雲一つない青空の様な方に思われるわけがないと!」

「ちょっ、おまっ、静かに……」

「だからせめて同じ志で! 国のためにあらんと殉じる覚悟ぐらいはしてますわよ!」

「ちっ! そうかよ! じゃあくたばんな!」

 バルバラに掛けられた、フェネス(仮)の手に力が入……

 シャッッ!

「うおっと! 危ねえなぁ。何だ、護衛付きだったのか?」

「いえ、護衛というわけではありませんわね」

「 !? ……アメリア、さん?」

「ああ何だぁ? あれか? 例の恋敵とやらがわざわざ助けに入ったのか? ……もしかして泳がせて、私の手を取るようなら斬るつもりだったか?」

「ひっ!?(ゾゾッ!!)」

「違いますわよ? バルバラ様は……まぁ魔眼の事もありますので死んで頂くわけにはまいりません。仮に貴女の手を取っていたなら、それなりの処罰は受けてもらい、そのまま何処かに、生涯幽閉されることになっていたでしょうね。そこに私の感情の入り込む余地なんてありませんわ」

「ほーぉ」

「ですが……、バルバラ様の本心を聞けたので、嫌いな女から嫌な女には格上げしても良いかな、と」

「そうなんですの……ってぇ、格上げされてる気がしませんわ!?」

「存在するのも許せない嫌いな女と、私の思い人に思いを寄せる嫌な女。確実に違いますでしょ?」

「……あれ? そうですわ、ね? ではなくて! 何で貴女に気に入られる必要がありますのぉ!?」

「おいおい、恋敵同士が仲良くしてんなよ? っつか、何なんだよこの国は。あちこち色々煽ってやっても何一つ上手くいかねえ。上手く行ったかと思えば、アホみたいに力技でぶち壊す阿呆も居る。なんでどいつもこいつも最終的には仲良しこよしになってやがんだ? 気持ち悪ぃ」

「……その口ぶりですと、シルバ様を何度も私にけしかけたり、バモン君を私刑に掛けたりしたのは、もしかしなくても貴女ですの?」

「え!?」

「ああ? 良く分かったなぁ」

「少し前まではバルバラ様にけしかけられたのを拗らせた、もしくはバルバラ様に何度もせっつかれていたのだと思ってましたわ。でもバルバラ様を調べてみると、思ってた以上に裏工作が下手なんですのよ。一度そそのかせば後は全て上手く事が運ぶと思ってる程にお花畑なんですわ」

「ええ!? お花畑ってなんですの!?」

「だって何もかもがモロバレですし、安直過ぎなんですわ」

「モロバレ!? 安直!?」

「……つまり、バモンとやらを拉致ったり、私刑にかけたりした手際が良すぎたと?」

「ですわね。貴女、変装が得意なのでしょう? 大方、バルバラ様に化けて、シルバ様を暴走させたのではなくて?」

「……チッ、ああそうだよその通り。っつかマジで歯車が一個も狂いやがらねえなぁ! 面白くねえ……。しょうがねえ、賭けは私の負けみたいだし大人しく帰るとするぜ」

「あら? 逃げられるとでもお思いですか?」

「ああ、逃げられるぜ。私はお前等にゃあ捕まんねぇよ」

 フェネス(仮)はそう言うと、暗がりの奥へと身を翻した。

「っ! 逃しませんわ!」

 アメリアがすぐに追いかけるも、暗がりの奥は90度折れ曲がっていて、その先はすぐ行き止まりになっていたが、フェネス(仮)の姿は何処にもなかった。

「どういう事ですの……」

「アメリアさん! ……え? あいつは何処ですの?」

「……消えましたわ」

「そうですの……。残念ながら、私の目は追跡に使える類の物ではありませんのでお役に立てませんわ」

「仕方ありませんわよ。念の為、うちの家の者を一人ここに置いて、殿下に報告しに参りましょう。バルバラ様も一緒について来て下さるかしら?」

「勿論ですわ。……あの、その、シルバの事は申し訳ありませんでしたわ」

「そちらはどうでも良いですわ」

「えっと、その、今回突っ走った事も……」

「それは殿下にどうぞ」

「……ですがアーチボルド様が好きになった事に関しましては謝りませんわ! 隙あらば掻っ攫ってやりますから覚悟なさいませ!」

「……ぷっ」

「んなっ!?」

「ああいえ、そこを謝られてたら、嫌な女から嫌いな女を通り越して道端のゴミに格下げしてましたわ」

「ゴミ!?」

「だってあー君を好きな事を謝られたら、好きでもないのに欲しがったみたいではありませんの。それは同じ女として見る価値は無い、そう思っていたはず。でも好きな人を盗られたくない想いなら、私は大いに理解できますもの」

「アメリアさん……って、あー君て何ですの!?」

「幼馴染ですもの。愛称呼び位普通ですわ」

「んまー! んまー! なんて妬ましい!」

「このまま上手く行けば、あー君は三男ですので私のゴルドマン家に婿入りしますわ」

「ぬぐっ!?」

「……私達に子供ができたら」

「ぬあっ!? 聞きたくない!」

「あー君に側室を取る事を認めてもよろしいですわよ?」

「いやっ! 聞きたくな……はい?」

「ゴルドマン家は家格こそ伯爵ですが、歴史と横のつながり、本家としての立場がございます。ですので子は多い方が良い。仮に私との子に男の子が生まれなかったとしても縁戚は多いですしね。アーチボルド様を独占したいのは山々ですがゴルドマン家のためにも、私達に子供ができた後でなら、そしてあー君がバルバラ様を娶っても良いと言ったなら、更に貴女が2番手に甘んじる事を受け入れられたなら、了承して差し上げてもよろしいですわよ、と。そう申しましたのよ」

「……正気ですの? 私が貴女の立場なら、絶対に許しませんわ」

「ええ、そうですわね。でも貴女が国に殉じる事になっても、嫌われたくないと言ったその言葉に、私は強く胸を打たれたのですもの」

「……例えそうなったとしても礼は言いませんわよ? それに一番をまだ諦めておりませんもの!」

「ええ、そうでしょうね。それで構いませんわよ? ちなみに私はもう『誰にもやらん』と言って頂けてますの」

「自慢を通り越して嫌味ですの!?」

「それに他にも……」

「やめて!? 惚気なんて聞きたくないですわ!」

「あら? 自分に置き換えて考えてみる事もできますわよ? いずれあー君がバルバラ様をそう扱ってくれるかも知れないと想像できますでしょう?」

「え? ああ、そうですわ……って騙されませんわよ!? 二番煎じですし、何より確証もありませんわよね!? それ! やっぱりただの嫌がらせでしょう!?」

 こうしていがみ合っていた女達の間には、奇妙な友情とも呼べない何かが生まれていたのだった。……アメリアからかえる相手ができて楽しそうだな。喪女さん相手だとからかわれるから純粋に自慢できる相手がいて嬉しいのかね。

 この後、アメリアが残したゴルドマン家の手の者、計5人全てが打倒されていたのが発見された。まだ潜んでいる可能性を考え、わざと数をごまかして口にしたアメリアだったが、向こうが一枚上手だったようだ。


 ………
 ……
 …


 喪女さんが居ない時があっても良いと思うんだ。……いや前にもあったか。

(戻ってくるなり存在をディスるってどうなの? 何時も居なくなるのはあんたの方でしょうに)

 この事件の数日後、隣国ベルタエル王国から救援要請の使者が送られてくるのであった。続編のスタートである。

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