騎士団長の策略
お姫様と別れてほどなく、俺にもついに呼び出しが来た。
お坊ちゃん騎士に後についてでっけえ城のずっと上へと階段を上ると、ひときわ大きな部屋についた。
やっぱり動きづらそうな金属の鎧をまとった連中が一気にざわめく。ざっと十数人はいるだろうか。
それに俺を歓迎する目つきでもなかった。そう、いつもと変わらぬ冷めたような目つきで。
「傭兵のラッシュ君とか言ったな……よく来てくれた。きみの活躍はかねがね噂に聞いている」
部屋の窓際に立っている白髪交じりの初老の男……痩せた身体に鎖帷子をまとい、その上から赤と黒に塗り分けられた国旗のような服を着ている。確かにここにいる誰よりも地位は高そうだ。こいつが騎士団長ってことかな。
だが痩せているとはいっても、俺にしてみればこいつは妙に病的に見える……そう、親方の最後のときの姿がちらつくんだよな。まるで頭蓋骨にじかに皮を貼り付けたような、そんな姿だ。
「申し遅れた。私はリオネングの騎士団長。名前はドールだ……君は先日マシャンヴァルの一団と接触したそうだな」
こいつの言ってることもまたクソ長くて眠ってしまいそうだ。
要はそれに対して、リオネング王国軍の連中が非常に不快感を示しているそうだ。
でも、珍しくこのドールとかいう団長さんに関しては俺を擁護……というか、きちんと当事者の話は聞いてあげたいんだと。優しいやつもいるもんだ。
俺はドールに案内され、さらに奥にある応接室へと通された。
王様とかが入る場所とは違うんだろう、テーブルも敷物もシンプルなつくりだ。俺にとってはその方が落ち着く。
ってことで、俺はこの前の作戦でマシャンヴァルから襲撃を受けたこと、自分とアスティだけでどうにか切り抜けられたこと、そしてゲイルと話したこと全てをこの騎士団長に話した。
ふと開けた窓から外を見ると、リオネングのお城って結構高く作られているんだなあ、って感じた。
正直言うと、リオネング城ってまともに見たことがなかったからだ。
親方からは「どうせ俺らには縁のない存在さ、けどあそこから金をもらえなくなったらこの国はおしまいだしな」なんて言われたことあったっけ。
俺の住んでる町のど真ん中で、まるで威張っているかのようにそびえたっているっていうのに、この歳になるまで一度も入ったことがない、不思議な存在だ。
真っ白な石で作られた、どんな建物よりも高くそびえたつこの城……
「つまり、君はそのゲイルという同胞に誘いを受け、それを断ったということか……」
椅子に深く腰掛け、時折消え入りそうな声で淡々と答えるその姿。それに出された紅茶のカップを持つ手は、かすかに震えている。やっぱり身体は悪そうだな。
騎士団長というからには、今まであったお坊ちゃんのような騎士のやつらより威張り腐ってるんだろうなと思いきや、こいつに関してはまるで俺のよき理解者だと思えるくらいに、親身になって聞いてくれている。
だが……
そうであってもやっぱり油断はしちゃならねえ。長年で培われた俺の感覚がそう警告している。
いや、そうじゃない。以前ルースの勉強会では、リオネングのお偉いさんは獣人に寛容だと教えてもらったのに、この刺さる視線、そして蔑まれっぷり。その中で唯一このドールとかいう奴だけがここまで優しいっていうのも、逆に言えばなにか……裏がありそうな気もする。
だから俺は、敢えてアスティのことに関しては事細かに言うのはやめにしておいた。あの時……そう、川に落ちて死にかけていたあいつは、もしやこいつらに殺されそうになったんじゃないかって。だとしたら妙に合点がいく。アスティだって今回の作戦の生き残りであり、貢献者でもあるのだから。
そしてそれ以上にロレンタの名前は一切俺は口にしなかった。そうだ。誰にも秘密でついてきた彼女は、アスティ以上にヤバい存在なんだし。
「君のその決断……同胞の友情より我が国の誇りを優先したこと、私は大いに評価するよ」
よかった、一応分かってもらえたみたいだな。
「そこで話なんだが……ラッシュ君」
軽く咳き込みながら、ドールはゆっくり椅子から立ち上がった。
ほら来た、やっぱりこういうやつには裏があるんだよな。俺の直感は当たっていたっていうことか。
さてさて何を切り出してくるか……取引か、はたまた手のひら返しか。
「私のもとに就く気はないかね」