第10話 王女様が俺を探すみたいです
イリヤ姫様を乗せた馬車が王城の門をくぐると、そこには王冠を被った逞しい男性と、シルバーのティアラが良く似合う美しい女性が待っておられた。
エレクトス王国国王デニス・フォン・エレクトス陛下と王妃のマリヤ妃殿下である。
つまりイリヤ姫様のご両親である。
「イリヤ、イリヤ、本当に良かった。
そしてランス、ご苦労であったな。
ゴルドーを始め、この度犠牲になった者達には特別功労として、家族に充分な保証をするつもりだ。
当然、生き残ったお前達にも、恩賞の沙汰があるだろう。
本当に良くやってくれた。
感謝するぞ。」
私達に感謝の念を向けて頂き私は頭を垂れながら、陛下達の立ち去るのを見ていた。
シルバーウルフの群れとの遭遇という全く予期しない状況にあって、なす術も無く姫様を含め全滅を覚悟してしまった私だが、神の御技とも思える不思議な現象に救われて無事に帰還できた。
ゴルドー団長を含め多くの団員を失ったが、無事姫様をここまで送り届けることができたのは、幸いであった。
しかし、あれが無かったらと思うと私は自分の不甲斐なさに恥ずかしさでいっぱいで、頭を上げることが出来なかった。
しかし、ゴルドー団長亡き今、私が騎士団をまとめていくしかあるまい。
私は気を取り直して、居並ぶ皆に号令を掛ける。
「さあ、皆んな良く頑張ってくれた。
王よりありがたいお言葉を賜った。
本当にありがたいことだ。
皆疲れているとは思うが、亡くなった者達の遺骸を弔ってやりたいと思う。
ミロス、教会に行って葬儀の準備を頼んできてくれ。
ヤルト、警備隊に声を掛けて亡くなった者達の家族に声を掛けてきてくれ。
騎士団の習わしにより、合同葬儀は明日の午後執り行う。
準備を頼んだぞ。」
指示を出し終えひと息ついた私は、副団長室に戻った。
従者が淹れてくれたお茶をすすりながら、今後のことを考える。
ゴルドー団長亡き今、俺は次の団長に推挙されるだろう。
今回の件で、王家騎士団は少なくない騎士を失った。
団長の抜けた後の諸々の仕事や、俺の持っている仕事、騎士の補充と教育訓練、亡くなった者達の家族へのフォローなど、考えただけでも憂鬱になりそうだ。
俺は冷めて冷たくなったお茶を一気に飲み干して気合いを入れる。
「俺が頑張らなきゃゴルドー団長に怒鳴られちまうな。」
執務机に向かい魔法体系の論文に目を通す。
イリヤ姫様の護衛の任に着く前日、魔法師団長のマリルが置いていったもので、最近この国で密かに研究されている魔法について、まとめたものだ。
王家騎士団と魔法師団との連携を強化することを視野に勉強しなければいけない。
この世界には神通力と言われる不思議な能力を持つ者がいる。
神から授けられるだとか、悪魔からだとか、いろいろ言われているが定かでは無い。
この神通力という力、1000人に1人くらいが持つと言われている。
ただ、昔から幾度も迫害対象となったこともあり、秘匿する者も多い。
また、能力保持者が神通力を悪用して事件を起こすことも珍しく無いため、王家として神通力の調査に乗り出したのだ。
ただ、神通力の呼び名では悪いイメージがあるため、「魔法」と名付け、神通力保持者を保護すると共に彼等の能力を調査、体系化を始めた。
およそ10年の歳月を掛けての調査のおかげで、騎士団の戦力として利用できるまでになったのだ。
「ふうー。」
ひと息ついていると、部屋がノックされた。
イリヤ姫様からの呼び出しみたいだ。
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ランスに部屋に来てもらったのは、お父様やお母様、お姉様から解放されてすぐでした。
私を心配して下さっているのは分かりますが、3人共どうしてあんなにおしゃべりなんでしょうか。
この部屋に戻って来てから既に4時間は経っています。
あの方が王都を去ってしまわないうちに、せめてお礼だけでもと気が逸ります。
ドンドン。
部屋がノックされました。
「イリヤ王女様、ランス様がお越しになられました。」
「こちらに。
ランスこの度はご苦労様でした。
沢山の尊い命を失ってしまいましたが。......
ところでランス。あなたはシルバーウルフに囲まれて絶体絶命の危機だった時を覚えていますから?」
「はい、大変よく覚えております。
動ける者が私1人となって、正直なところ半分諦めておりました。
姫様のことだけが、気力を支えるものでしたから。」
「そうですね。私もあの時死ぬものだとばかり思っておりました。」
私は次の言葉を待つようにランスを見つめる。
「姫様、あの時神の御技としか思えないほどの稲妻でシルバーウルフ達は一瞬で倒れてしまいました。
後で、持ち帰ったシルバーウルフを解剖しましたが、頭に数センチの傷があるだけで、他は全く無傷でした。
頭の中はぐちゃぐちゃになっていたため、頭から穿たれた稲妻により、即死だったと推測されます。
ただ、あの場には誰も居なかった。
誠に神の御技が姫様を守られたとしか思えません。」
「そう…誰も居なかった。
そう思える状況でしたね。
でも確かにあの場所に誰かが居て、神の御技とも思える驚異的な力で私達を救って下さったのです。
ランス、あなたは秘密を守れますか?」
「はい、我が一族は王家の剣であり盾です。
姫様や王家を裏切るようなことは、ありえません。このランス、神に誓います。」
真剣な眼差しのランスを見つめて微かに笑みが溢れる。
「ランス、実はお父様達もご存知無いのですが、私には皆に隠している能力があります。
私には人を鑑定出来る能力があるのです。
この能力で、人の性別や年齢、持っている能力など様々なものが見えます。
それだけで無く、隠蔽魔法も看破することもできるのです。
以前、合同演習で魔法師団長のマリルが隠蔽魔法を使って騎士団を翻弄したことを覚えていますか?」
「ええ、あの時は私も全くマリル殿の姿を追えず、攻撃の魔法を察知して避けるのが精一杯でした。」
「実はあの時もわたしはマリルの動きを追えていたのですよ。
それなのに、あの方の動きは追うことが出来ませんでした。
辛うじて魔物に対して魔法が放たれる瞬間のみ、高速で動く人として認識できたのみでした。」
「もしかすると、姫様はその方が王家魔法師団長よりも秀でた魔法師であると思われるということですか?」
「それは分かりません。隠蔽魔法に特化しているのかも知れませんし。
しかし、マリルに匹敵する能力を持っている可能性は否定できません。
それに私はまだあの方にお礼を言っておりません。是非お会いしてあの時のお礼をしたいと思っているのですが。」
「しかし、姫様の能力をもってしても見つけられないとなると、探しようがありません。
この国全体を探すにしても全く手掛かりがありません。」
「手掛かりはあります。
今日、城門をくぐったときに、微かにあの方の魔力を感じ取りました。
私はあの方を探しに行きたいのです。あの方が王都を出てしまわれないうちに。
ランス、私に協力してくれますか?」
「わかりました。姫様。あの方は私にとっても命の恩人です。喜んでご協力させて頂きます。
すぐに魔力波長台帳であの方の波長に近いものを選び出せますでしょうか。
魔力波長台帳であれば、100万人分の魔力波長が登録されていますので、近いものも見つかると思います。
その結果に基づいて各城門に魔力探知装置を設置いたします。
そうすればあの方が城門を通る時に感知することが出来ますでしょう。」
「ランス、素晴らしいアイデアです。早速お父様にお願いして、魔力波長台帳の調査に向かいましょう。」
私は逸る気持ちを持て余しながらも、お父様のいる執務室に向かうのでした。