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「すまないねラッシュの旦那。ワシのためにこんなに働いてもらって」
依頼人は俺らと同じ獣人の熊族。だが見るからに、もう墓に入っておかしくないくらいのジジイだった。聞けばもう50年以上ここでリンゴ農家を営んでいるんだとか。全然知らなかったわ。
そうそう、俺が毎日市場でもらっている果物屋のばあさんのリンゴも、ここから仕入れているんだとか。
だとしたら一大事だ、たくさん穫らねえとな。
俺はここ最近の悪夢続きで半分眠っている頭に喝をいれて、真っ赤に大きく育ったリンゴをカゴに放り込んだ。
でもって、チビは……というと、カゴからこぼれ落ちたリンゴをおいしそうに頬張っている。とりあえず食いすぎるなと念押し。後で腹壊しても知らねえぞ。
しかしぱっと見、働いているのはどうも俺一人しかいないみたいだ。
「ああ、若い奴らなんてほとんど戻ってこねえさ」理由は言うに及ばず……か。この戦争はいろんなものを奪っちまったってことか。
ときおり、チビを肩車して手伝わせつつ……無心で穫ってたらいつの間にか昼が過ぎていた。
日当代わりにもらったもの、それは背負いカゴ一杯に詰まったリンゴ。
これはある程度予想はついていた。あとでトガリにアップルパイでも作らせるかな。
そしてお願いがもう一つあるってことで、このリンゴ園の先に教会があるんだとか。そこへリンゴを一個届けてもらいたいんだとか。
別にそりゃあ構わない。けどなぜ一個だけ?
「ディナレ様に捧げるんじゃ。その年に穫れた一番形のいいやつをな」
!?
ディナレという名前を聞いたときだった。俺の鼻面の傷跡に鋭い痛みが走った。
そういえば……ルースがこの国の歴史を話してくれた時にも同じ痛みがしたんだっけか。
ちくしょう、なんなんだ一体。
爺さんに別れを告げ、俺とチビはまるで宝石のように傷一つない、つやつやと輝くリンゴを手に、教会へと向かった。
「これたべないの? どうして?」
「大事なもんなんだ」
「なんでだいじなの?」
「神様にあげるんだとさ」
「かみさまってなに?」
「え……っと、その、すごくえらい人だ」
「おうさまよりえらいの?」
……これがチビじゃなかったら地面に頭まで埋めていたところだ。
そんな問答を繰り返しているうちに、俺たちはいつしか目的地である教会へと着いていた。
……こういうのもアレだが、すげえボロい。さして大きくもない石造りの建物なんだが、屋根や壁のあちこちが欠けてたり崩れていたりと、相当の年季が経っているのが、俺の目からしても明らかだった。
同様に無数のひびの入った巨大な扉の左右には、名前の由来であるディナレの像が彫られている。
よく見てみると、うん、確かに。俺と同じ獣人の顔立ちだ。
そうそう、肝心の彼女の顔なんだが、薄布を顔の前にきれいにかけた造形がされていて、全く分からない。
そこから前に伸びた鼻面……唯一それで判別できるってわけだ。いろんな角度からのぞいてみても、やっぱりどういう顔なのかは分からない。つまりは、このディナレって女はどういった傷を顔に刻み込んだか……それが分からないってことなんだ。
まあ、こんなボロい像をジロジロ見てたところでしょうがないことだし、とっととリンゴ渡して帰ろうかと、扉に手を伸ばしたときだった。
「……やだ、はいりたくない」チビが突然ぐずりだした。
「なんでだ?」
「……こわい、ここはいりたくない!」教会に背を向けてしまった、それほどまでにイヤなのか……?
すぐ終わるからと言い聞かせてもダメだった。俺の手を振りきり、猛ダッシュで向かいの通りにある街路樹の影に身を潜める始末。
「仕方ねえな……そっから動くんじゃねえぞ!」
いらだつ気持ちを押さえ、俺は教会へと入っていった。