3、てめえに褒められたって全然嬉しくねぇんだよ!
「ここまで来て戻るって選択肢はねぇな」
『ふ、貴様達ならそう言うと思ったぞ。それで、二人はどうする?』
アルベルトの言葉に、レガメのメンバーは頷く。
内心ほっとした。ここでレガメに帰られるときついからな。
俺が視線をやると、エミーリオが口を開いた。
「自分も、最後まで一緒に行きます。最初に、そう言いましたよね」
だから連れて行ってください、と言うエミーリオの貌にもう迷いはなかった。
確かに、最初に騎士団を出奔して追いかけてきた時に言っていたな。
勇者に憧れていたとか、暗黒破壊神との戦いを最後まで見届けたいとか。
「私は……私に、何ができるかはわからないが、それでも、無理を通してここまでついて来たんだ。ここで帰っては、道理が通らない」
『入口で防衛する部下達のことはよいのか?』
「信じろと、1号殿が言った。彼らとて柔ではない。きっと持ち堪えてくれよう」
良い表情だ。
ジルベルタもまた、偽女神と戦う決意をしたようだ。
ならば、もう進むだけだ。
「では、改めて」
『征くぞ! このダンジョンを終わらせに!』「しゅっぱーつ!」
「「応!!」」
1号の言葉の続きを奪う。
恨みがましい視線を寄越されたが、バカめ、それは俺の役目であろう。
そこからは、余力を残しつつ駆け足で進む。
バジリスクと2回、ミノタウロスと3回戦ったが、黒モンスターでもない限りもう敵にもならないのだ。
最凶ダンジョンのはずなのに、外のモンスターの方が強く感じたな。
倒しても倒しても、レベルを上げるのに必要な経験値には全然足りなくて、俺のレベルは全く変わっていない。
「ミノタウロスって、こんな弱かったか?」
「私たちがそれだけ強くなったということであろう」
70階層も超えたあたり。
4回目のミノタウロス戦で、ミノタウロスとまともに戦えるようになったジルベルタがフンスと鼻を膨らませる。
レベルMAXのレガメメンバーは二人が油断しすぎてやられない程度に手を出すだけだ。
「慢心するなよ。お前たちのレベルが上がって戦いやすくなったのは確かだが、慣れただけってこともある」
『暗黒破壊神の欠片を取り込んでないモンスターなど、練習相手にもならんな』
「ミノタウロスでさえ、暗黒破壊神や偽女神の足元にも及ばないと思っていた方がいいぞ」
アルベルトと俺、1号で二人の高く伸びた鼻をへし折っとく。
実際、拍子抜けするくらい弱く感じるのだ。
ミノタウロスはまだエミーリオとジルベルタのレベル上げに使えるけど、俺たちだと時間稼ぎにもならない。
こうして相手を弱いと思わせて油断したところで……、と考えておいた方がいい。
暗黒破壊神の欠片のおかげで俺のステータスは階層ボスよりよほど高くなったが、レベルが全然上がっていない。こんなんで偽女神と戦えるのかと内心焦っているのは隠さねぇと。
「水場があるな。今日はここで野営にしよう」
今は人口の迷宮みたいな階層。
壁から生えた獅子の顔から透明な水が流れている部屋を見つけ、アルベルトが野営を決めた。
念のため1号が土魔法で入口を塞ぐ。
「うん、大丈夫。飲める水だよ」
飲料に適した湧水だと鑑定したベルナルド先生が、水を補給する。
ツルツルした床や、壁に埋め込まれた電球。
学校の廊下を思わせるこの造りは見覚えがある。
『どうやら、深層に入ったようだ』
「ということは、もうバジリスクとは遭遇しませんのね」
ルシアちゃんがほっとしたように呟く。
1回毒混じりの唾吐きかけられてドロドロになったもんな。
臭いわ、ぬめるわで体だけじゃなく心にもダメージ負ってたみたいだった。
「バジリスクも外に向かうんだろうな」
「何とか持ち堪えてくれれば良いが」
アルベルトの言葉に、ジルベルタが心配そうに言う。
信じると心配は別物なのだ。
先を急ぎたい気持ちもあるが、体を休めることも大事。
久々に1号が魔法で風呂を用意してくれて、リフレッシュできた。
更に一週間後。
ミノタウロスと戦うこと3回。階層を30層分駆け下りた。
変わり映えのない景色、昼夜もわからない中を進みだんだんギスギスし始めた頃。
唐突に階層の様相が変わった。
「鍾乳洞……、ですね」
「ということは……」
『最深層、だな』
ひんやりとした空気の中、水が鍾乳石を滴り落ちる音が響く。
ここは、先代聖竜がその身を核に結界を張った場所だ。
その身は役割を終え消え去ったが、まだ清浄な空間が保たれている。
「俺達もここに来るのは初めてだが……階層ボスはどこだ?」
俺とルシアちゃんが外へ出るために通ったときは、この鍾乳洞のエリアと教会のある森林エリアというとてつもなく広い階層だった。
虫型のモンスターはいたが、ボスは先代聖竜が封じたのかいなかったはずだ。
警戒するように周囲を窺うアルベルトの言葉に、俺も索敵スキルを広げていく。
――ぞわり。
『総員、下がれ!』
この感覚には、覚えがある。
咄嗟の言葉にも全員ちゃんと反応し、後方に大きく飛び退る。
直前まで俺達がいた場所を、太い鞭状の何かが横に振り抜いていった。
「ふむ、避けるか。……成長したな」
『貴様に褒められたところで嬉しくはないな』
地面から声がしたかと思うと、じわり、と闇がにじみ出る。
それはだんだん人の姿を取り、予想通りの人物へと変貌した。
臨戦態勢を取っていたドナートが先手必勝とばかりに矢を射かける。
しかし、それは当たることなく、ぞわりと湧いた闇に吸い込まれていった。
「暗黒破壊神!」
追撃を仕掛けようと動き出すレガメメンバー。
不敵に笑う暗黒破壊神ことアミールは、彼らが視界に入っていないかのように俺に向かって手を差し出した。