主人公の知らない世界
さて、今回はフローラが閉じこもっている間のお話。暇だった俺はあちこち見て回ってた。
魔王さんはあれで優しいからな、ずっと側に居るんだよ。起きたら大抵喧嘩するのにな。
で、俺は主にどこ行ってたかというと……
「アメリアさん? ちょっとよろしくて?」
「? ……ああ、これはリムレット侯爵家のバルバラ様。何か御用かしら?」
「うちの臣下が随分とお世話になったようですわね」
「? 申し訳ありません。ちょっと身に覚えが……」
「まぁ白々しい! カルネオ家の事ですわ!」
「カルネオ……ああ、シルバ様の事ですわね。これは当事者同士のお話ですのでバルバラ様には関わりのない……」
「だまらっしゃい! シルバは貴方には勿体無い位の器量良しでしたわ! 能力に何の不足も無く、しかも家格も釣……」
「バルバラ様?」
不意にアメリアの声色が2トーン程落ちる。普段朗らかで華やぐ声をしているだけに、余りの沈み様にバルバラが「ヒッ」と息を呑む。喪女さんに見せてやりてー! 順調に育ってますってな!
「私の両親にはいつも言われておりますの。『私達は政略結婚ではあったけど、こんなにもお互いが好きで居られる。とても幸せなことだ』と。憧れますわよね?」
元のトーンに戻ったアメリアは少し恥ずかしそうにそれでいて嬉しそうに頬を染める。喪女さんなら興奮する所だろうか。
「そしてこうも仰ってくれてるのですよ? 『私達は今までのゴルドマン家の様にお前に家のために生きろとは言わない。好きな男を見つけたのなら全力でモノにしなさい。全力で応援する。ただし無理やりはいけないよ?』と。そう言いながらお父様は、私に好きな人ができたらできたで、大いに拗ねてしまわれるのに」
まだ声には朗らかさが保たれてるというのに、何故か底冷えする迫力を湛えているアメリア。バルバラはというと、気味悪げにアメリアを見つめるばかりで、口をはさむことさえできずにいた。
「それで……シルバ様がなんでしたっけ? ああ、そうそう。見目がよろしいのでしたっけ? 成績が優秀? 家格がどうのと……」
そこまで言うと、アメリアは表情を消し、またトーンを下げて言い放つ。
「だったら貴女にこそ、丁度、良いんじゃないでしょうか……?」
そして不自然な勢いで首をこてんと横に倒す。メアラ先生程じゃないけどギャップが凄ぇ! 怖ぇ!?
「わ、わた、私に……ですって? そんなの……」
「そもそもぉ!」
「ひぃっっ!?」
「貴女、アーチボルド様に見向きもされないからと、一番近しい私にあの3流ナルシストを当て馬に使いましたわよ、ね?」
3流って……。ナルシストはともかく3流なのか。
「あ、あれは優秀なしん」
「私にも! ……勝てない程度の、優秀な臣下ですの、ねぇ?」
「……は?」
おお、俺とバルバラ様の心が一つになった! 何そのネタ?
「あら? あの方、当て馬の割には私に本気で熱を上げてしまったらしく、それはそれはしつこかったのですよ。それはそれはそれはそれはそれはそれは……それはもう!」
「ヒッ……!」
バルバラ様、もう声も満足に出ないレベルでビビってます。喪女さんやったね! アメリア様はちゃんとアメリア様だよ!
「……しつこくてですねぇ。しょうがないので一度立ち会ってあげたのですわ。私から一本取れたら考えてみても良い、と。まぁ? 結果はお察しの通り、てんで相手になりませんでしたわ。挙句の果てに『レディに手を挙げるなんて僕の主義ではない』だとか……反吐が出ますわ。あら失礼?」
うおい、素が出てる……のか? ちょっとばかし信じたくない俺がいる。
「そ、その様なはな……」
「まだ! ……ありますわよ?」
言わせねえよ? とばかりのアメリア様! バルバラ様はもう涙目だ! どこかの軍人に端っこへと追いつめられた初心者の様である!
「先頃はバモン様を修練場にて暴行を加えておられましたが、私にも……似たような事をされてますの、よ?」
「……う、え? 嘘? ほんとに??」
「ですのでね。あちらの御当主様には既に話は通してあったのですわ。次何か起こしたらゴルドマン家と全面戦争であると。……ああ、勿論伝手は存分に使わせて頂きます、ともね。今回直ぐにあの方が廃嫡なされたのはそういう経緯があっての事、なのですわ」
アメリアは今度こそ何時もの可憐で朗らかな笑みを見せた。ただしバルバラ様は心底怯え切っている!
「臣下の家を使うのであればちゃんと管理なさって下さいませね? でないと……」
アメリアが目を見開いていき、
「私、貴女、方、を。……ついうっかり潰してしまいそうですわ」
最後にもう一度可憐で朗らかな笑みを浮かべる。対象が自分だけでない事を示唆されたバルバラ様は、恐怖でへたり込んでしまった! 喪女さんの失態なら楽し気に広めるが、乙女の秘密だ! 決壊については触れない! もう触れちゃってるともいうぞ!? なんてツッコミは受け付けないので悪しからず!
ちなみにアメリアは、バルバラの惨状に「へっ」って感じの嘲笑を浴びせた。……え? 流石にそこまでのキャラちゃうやろ?
………
……
…
ツッコミ不在であれはきつかったので、また別の場所にも寄ってきた。メアラ先生の所だ。
「うちの息子になんてことを!」「それでも教師か!」「お前の様な暴力者を教師にしておけるか!」
やんややんやの大騒ぎ。でもどこ吹く風なメアラ先生。
「いやかましい!!」
ビリビリビリ……!
今のはメアラ先生ではありません。鬼将軍・ハトラー伯爵その人であります。
「これがやり過ぎたのは事実であろうがそれは関係ない」
「んな!」「関係ないだと!?」「何様だ!」
「文句のあるものは前に出るがいい。この場で叩っ切ってやる……!」
鬼将軍の迫力に、余り前に出て戦うことをしない中央貴族達は委縮した! 効果は抜群だ!
「あらあら、ハトラー伯、その辺で。そんなことをされたら私……」
難き相手ではあるが、止めてくれるならそれもよし、なんて甘い考えを持つ阿呆共。メアラ先生はあれだぜ?
「当たる相手が減ってしまって欲求不満になってしまいますわぁ!?」
ビリビリビリ!
阿呆共はドン引きだ! メアラ先生はどんだけだ!?
「やめんか小娘。後先考えぬ狂犬ぶりは相変わらずだのぉ」
狂犬と聞いて阿呆共の中の何人かはメアラの正体に当たりをつけ、青褪めた!
まぁ、そもそもちゃんと情報を収集している『賢い』貴族連中はここに来ていないし、関わった自分の所の愚息は処断し、痛み分けと言う事で話をつけている。鬼将軍の孫や狂犬一族の嫡子に怪我をさせたとなれば、どんな仕返しが待っているか想像に易いからだ。勿論、実際手を出されたらやり返すことはできるだろう。……その時に自分たちや血族がどうなっているかはさておかねばならぬ、という前提でだが。
「だぁってぇ、獲物を横取りされた腹減りわんこは怖いんですのよ?」
「何に媚びておるのやら。そもそも内容が全くもって可愛くないわい。……さて、今回の事で被害に対する抗議がどうだ等と抜かしておったなぁ?」
「そ、そうだ……」
「その前に! 私刑を受けてケガを負ったのはそこな狂犬、グラジアスの所の嫡子であり……巻き込まれてケガをしたのはうちの孫娘だ」
鬼将軍の落ち着いた声で、淡々と事実が述べられる。その落ち着き様とは裏腹に、鬼将軍のみならず、狂犬までが強烈な殺意を膨らませている! 貴族達の顔色はもはや真っ白だ! あ! 何人か倒れた! フローラさんの場合、自分でボコった相手の方が多いんだけどね!
「この場に居らぬ弁えた者達はとは既に話はつけてある。残ったのは弁えぬお主等だが……お互い、落としどころを探ろうではないか。幸い暫くすれば儂のとこの婿殿も、狂犬の所の姉君達も到着する予定だ。早馬で駆けてきておる故、疲れてはおるだろうが問題ない。話し合い……であるからな」
鬼将軍がニィ~っと獰猛な笑みを浮かべると、まだ意識を保っていた何人かの殆ども崩れ落ちた。
「む? 話し合いをする前から倒れてどうする。……そこなお前!」
「ひぁぃ!?」
「せっかく一人起きておるのだ。少しでも話をまとめておこうではないか。なぁ?」
「え~ぇ、そうですわ、ねぇ?」
「ふぐぅ……」
何故気絶しておかなかったのか、哀れな奴。ここは俺に任せないで! って言えるものなら言いたかろうに。
………
……
…
(……で? あんたは何してたのさ?)
うむ、色々見て回って面白かった!
(うんそうだね。答えは何となくわかってたけどそんなこと聞きたかったんじゃないのよね)
明日が楽しみだなぁ!
(……おい待て。何があった? 何を隠してんの!?)
あの子も元気、あちらも元気! 今日もご飯が旨い!
(てめえはご飯食べれないでしょうが!? 何があんのよおおお!?)