Verse
「麻宮さんは彼氏と予定入れなかったの?」
「うん。ないものは予定に入れない!」
表情ひとつ曇らさずに、麻宮さんは笑顔のまま手のひらを掲げて結晶と戯れる。
「色々誘われたけど、それどころじゃないんだよ。あたし、やりたいことがあるもん」
続けざまに返ってきた「朋原君は?」の問いは僕の声を淀ませるばかりで、ため息をつきながら僕はボードを折り畳む。
「予定が無かったからシフトに入った、かな。何をやってるんだろうって思っちゃうよ。クリスマスなのに楽しい思い出がひとつもない。この仕事と出会ったのが運の尽きかな」
彼女を中へ促そうと僕は肩で扉を押し開けた。胸ポケットにカイロを忍ばせている僕ですら震える気温だ。エプロン一枚シャツに重ねただけの彼女はもっと寒いに違いない。
僕の気配りも、氷点下に迫る気温にすら目もくれず、麻宮さんは両手の腹に乗せた白い結晶をじっと眺めると、突拍子もなく天に向けて解き放った。呆気に取られる僕へ振り返ったその顔は相も変わらず無邪気な笑みで満たされている。
「明日ってオフだよね」
「クリスマス出勤組はみんなオフだよ。やっと羽を伸ばせる。ケーキもチキンも既に手遅れだけどね」
「そうそう、伸ばしましょ。うーんと広いところでさ」
あとでメールするねと言って麻宮さんはテーブル席へと戻っていった。キッチンのカウンターから清掃指示を出す店長に体育会系顔負けの元気な声で返事をすると、布巾を手にした彼女のテーブル拭きは閉店前にも関わらず二倍増しでキレがいい。
彼女の言葉にどぎまぎしていた僕に店長の怒声が飛んできた。命令も聞き取らずキッチンへひた走って店長の前に立つと「レジ閉めろっつっただろうが!」の一喝を受けて、僕の足は一目散にレジへと向けられる。
誤差ゼロを貫徹したレジスタの金銭登録を終えて、僕は中からマネーケースを取り出した。違和感を覚えたケースの側面を見ると、セロテープで貼り付けたメモ用紙の下に千円札が隠れている。
-メリークリスマス 独り身の残念な君へ贈る店長からの思いやり-
事務所にケースを運び終えた僕は「レジ誤差です」とメモ用紙に書き添えると、店長の机に貼り付けて出ていくことにした。