21話 不可解な力
「何これ!?」
家の外に出ると、外の状況は更に悪化していた。雪だけでなく雹も吹き荒れ、まともに食らえば怪我をするのは間違いないだろう。
だが、それらは全て私には当たらない。厳密には全て溶けているのだろう。
「うわっ! 危ねっ!」
雪に足を踏み入れた途端、雪が消えた。落ちそうになったところを柵らしきものに慌てて捕まり、落ちずに済んだ。
……氷は溶けていたが、さっきまで溶けなかった雪が溶けた。何が理由で溶けるのかさっぱり分からない。何か条件があって溶けるのだと思うけど、見当がつかない。
「……ヤバイ。どうすれば」
今まで氷は溶けても雪は溶けなかった。だから大丈夫だろうと思っていたが、変わってしまった。このままではここから動けない。
「一か八か……」
体勢を立て直して落ちないところに立った。そして、先程まで掴んでいた柵の板を抜いた。この寒さで脆くなったせいか、力のない私でも簡単に取れた。
それを雪の上に置き、その上に足を乗せてみる。柵自体も脆いせいで少々心許ないが、雪が溶けることはなかった。
「よし。いける」
そう判断した私は板が壊れることを想定して、何本も抜いた。全て抜くと、両手がいっぱいになってしまったが仕方ない。板を敷き、その上を歩き始めた。勿論、回収も忘れずに。
「あ、そうだコンパス」
当てがないわけではない。手がかりは掴んだ。それは先程手に入れた本の中にある地図だ。……正直、元の世界での常識が通じるかは分からない。だが、それに懸けるしかない。
「こっちか」
東を指した方に進んでいく。地図は右側のページが破かれていた。方位記号はないが、仮に元の世界と同じで大半の地図は北が上だと仮定した場合、屋敷の位置関係から考えると東の方向だ。
だが、北東か南東かなどは分からない。どこまで東に行けばいいのかも分からない。その辺は私の運になってしまうだろう。
「そろそろ、ヤバいな……」
夜が近付いているのか、辺りが暗くなってきた。今まででもかなり視界が悪かったが、これ以上視界が悪くなると更に危険だ。
「ライトは……ライト……あれ?」
懐中電灯か何かを探してみたが、ない。そう言えば、見かけた覚えすらない。この視界の悪さだから、見かけていたら真っ先に使っていただろう。ということは、やはりないらしい。
「入れ忘れ? そんな筈は……」
沙月さんならこの状況を想定していたはずだ。であれば、何か入れていない理由でもあるのだろうか。
「——まさか」
1つの仮説が浮かび上がった。だけど、確信が持てない。確率が低いからだ。でもこれなら、沙月さんがライトを入れていない理由にも納得がいく。
「私を、試している?」
そうとしか思えない。私だけ良い装備にして、1人で行動させているのもそうとしか思えない。……もしかして、その試しに成功した時がこの世界を救うことになるのか?
「あれ、水?」
考えながら進んでいると、違和感を覚えた。水のような透明な液体が溜まっていたのだ。この寒さで水は全て凍っているはずだ。
……そもそも、これらが水でできた雪や氷なのかはまだ断定はできないけど。
「おかしいな……えっ」
よく見ると、透明な液体とは別に青い液体も溜まっていた。まさかと思って手に持っていたコンパスを近付ける。……ビンゴだ。反応した。
「じゃあ、これは……」
左手の手袋を外して青い液体に小指の先を入れる。何とも無いのを確認してから左手を入れた。すると、青い液体は段々と減っていった。だが、私の左手は何ともなかった。冷たくなることもなかったのだ。
「——やっぱり」
まだ断言はできない。できないけど、仮説が成立しそうだ。でもそうなると、
「……」
今は何も分からないし、何も起きない。なら、このことを考えている暇があるなら、暗くなる前に先に進んだ方が賢明だろう。そう考えた私は手袋をはめ直し、先へ進む。
「……疲れた。お腹空いた」
そう呟くけど、そんなことを言っている暇はない。夜は近い。
休憩を取りながら半日以上は歩いているだろうけど、たったこれだけでも精神が磨耗しているのが分かる。歩き続けていることによる体の疲労からではない。この何もない白の世界でいることに気が狂いそうになるのだ。それを、3年。
「うん。無理だわ」
こうやって今でも独り言を呟いていないと、恐怖で心が死んでいただろう。
元から独り言は多い性格ではあるけれど、いつにも増して多い。だが、何もないところをずっと歩いていると独り言も尽きる。……誰もいないし、歌うか。
「……え、え!?」
歌いながらしばらく歩いていると、突然静かになった。吹雪が吹き荒れていないのだ。雪は降っているが、先程とは大違いで視界も良好だ。
「……見つけた」
どうやらお目当ての場所のようだ。まだ少し歩く必要はあるが、目的地はもう近くに見えている。あれしかないだろう。
東へ進むこと以外は勘だったが、まさか辿り着いてしまうとは。その上、想像以上に早く着いてしまった。明るさからして、まだ日は沈んでいない。今のうちに中に入ってしまおう。
「ぬええええ!? 何じゃこりゃ!?」
問題発生。あと少しというところまで近付いたのに、これ以上近付けさせてくれない。地面から巨大な氷柱がいくつも生えてきているのだ。あれに刺されたら、多分致命傷だろう。しかも、荷物が重いため俊敏には動けない。
「あ、待てよ。私これ平気じゃね?」
突然こんなことが起こったせいでうっかり忘れていたが、私が触れば氷は溶けるはずだ。そう思って氷柱に触れる。
「うっそだろ!? 何故溶けないぃぃぃぃ!」
結果、全く溶けませんでした。ただの冷たい氷だ。何度触れても、別の氷柱に触っても結果は同じ。
その上、氷柱が生えてくる時の振動のせいか、地震のような揺れが起きている。そのせいでまともに歩けない。
「くそっ、もういい!」
先に進んでからも回収しやすいように前の方へ荷物を投げ捨て、酸素ボンベでさえも捨てた。ただし、重すぎて全然飛ばなかったけれど。
酸素ボンベが無くても幸い、息はできた。そのまま雪の中を走り抜けていく。
「うわっ、どうしても入れないつもり!?」
目的地に向かうほど氷柱の数が多くなっている。このままでは氷の壁ができてしまいそうな勢いだ。
というか、私の目の前だけで言えばもう壁も同然だ。迂回すれば通れるけど、その前にまた迂回しようとした場所に壁ができるかもしれない。
「開けろぉぉぉっ! えっ」
想定外のことが起きた。無我夢中で、というか半分くらいヤケクソで何も考えず本気で氷を殴ったところ、氷が壊れたのだ。割れたとかではない。あっさりと氷柱が崩壊したのだ。
氷の破片が飛び散って少々危ないが、氷が溶けない以上はこうするしかない。
「開けゴマぁぁぁ!」
などと自分でももう訳の分からないことを絶叫しながら、氷柱を壊して先へ進んでいった。着実に近付いている。
「よし、荷物は無事! これなら大丈夫だろ!」
前へ投げた荷物を拾って再度背負い直し、前へ進んでいく。
もう氷柱など、お構いなしだ。ゴールはすぐそこだ。
「はあっ!」
そのままの勢いでドアを突き破り、中に入ったのだった。