第7章ー4 斬り拓け 「全員で運命を斬り拓く!」
アゲハから天頂方向に、3機のエイシが出撃した。
1機は、もちろんソウヤ機で、もう1機には琢磨が乗っていた。作戦内容にも伏せていた切り札の1枚目だった。そう、伏せていなければ、琢磨の作戦案は絶対に通らなかっただろう。
最後の1機にはクローがコクピットに納まり操縦していた。
『琢磨さんがエイシに乗機するなら、我にもエイシを貸し出してもらうぞ。さもなくば、棚なんとか少将に琢磨さんが出撃すると、今すぐ連絡するが・・・さて、どうするのだ?』
どう捉えても脅しでしかないのだが、琢磨は快くハルナ機をクローに貸し出した。しかも、琢磨は自らハルナ機を調整するという厚遇ぶりだった。
しかし、エイシの操縦にはロイヤルリングを必要である。
琢磨は基準ロイヤルリングというのを、クローに貸し与えたのだった。
これは個人用ロイヤルリングを作成する際に、各種合金の割合と構成を決めるための検査用リングである。十全ではないにしてもロイヤルリングであり、エイシを操縦することが可能になる。
「足、引っ張んなよ、クロー。エイシの操縦は難しいぜ」
『問題ないぞ。ソウヤ如きが既に実戦に投入されるぐらいだ。我の活躍が眼に浮かぶぞ』
「琢磨さん。クローなんか足手纏いだ。男3人で戦死なんて、オレの人生設計にはねぇーんだぜ」
『それは安心して構わないかな。戦死するとしても、君達2人だけだからね』
出撃してから、しばらく余裕はあった。
幻影艦隊が、ソウヤ機たちを追撃するよう伸ばした戦線に、横から棚橋艦隊の強烈な一斉砲撃を加えたからだ。
有利な形で戦端を開いた棚橋艦隊が、戦力で優る幻影艦隊を押している。
だが、全艦を完全に抑え込むことはできない。
2隻が抜け出しソウヤたちへと迫る。
主砲射程内に捉えられたエイシ3機への砲撃はなかった。
切り札の2枚目は、ヘリオーの生存誤認である。
タクマ機からは、エルフ族特有の生体波と救助要請の欺瞞情報を流している。
これが有効な方法というのは、先の戦闘で証明されている。故にタクマ機を追ってきた時点で、撃墜するような攻撃はないと判っていた。
『撃墜される心配はないと聞いていたが、さすがにソウヤの肝は冷えたぞ。我は何ともないがな。このまま、いくらでも敵を引きつけてやろうぞ』
「口と態度だけデケー割に、意外と小心者のクローは、オレをダシにしないと不安を解消できねぇーようだぜ・・・。しゃーねーな、テメーのカツオ節になってやるぜっ!」
『カツオ節に謝るべきだわ』
『ソウヤ~・・・その台詞カッコ悪いよ~』
『クロー、ソウヤ。戦争なんだ。真面目にやれ! かかっているのは自分の命だろっ!』
『我は稽古も戦争も本気でやっている。しかも、己の命を賭けた勝負は、なんと全勝だぞ』
「それをいうなら、オレもだぜ」
『生きてるんだから、当たり前だよね~』
『ソウヤ君、クロー君。戦艦から砲撃はないだろうけど、クモは猛攻撃してくれるだろうね』
『ふむ、正義は我にあり。往くぞ、従者ソウヤ。そして死にそうな時は、我に縋りついてこい。主として貴様に慈悲を授け、介錯してやろうぞ』
『クモが戦艦から出撃した。注意しろ、クロー、ソウヤ』
ジヨウから、それ以上のお小言はなかった。作戦指揮に手一杯というより、意識を他に回せるほどの余裕がないのだろう。
「いろいろ間違ってんぜ、クロー。そういう時は助けるもんだ。介錯したら死んじまうぜ」
『大丈夫だ。正義は我にあるのだぞ』
『クモの射程まで10秒。いいか攻撃開始4秒前』
「そこじゃないっ! それにな、生き残らなきゃ正義は語れねぇーぜ」
『見識の高い意見です。しかし普段とのギャップを考慮すると、ソースは別にありそうですね』
恵梨佳は、ソウヤの発言を冷静に分析した。
『そんなことないよ~。ソウヤはね、意外とスゴイんだよ~』
意外は余計だぜ、レイファ。まあ、ソースは別にあるんだけどな、とソウヤは心の中で呟く。
『2、1、はじめ』
「せいっやぁあああーー」
『オオォオーー』
3機のエイシから、ありったけのミサイルが発射された。射程距離外から発射されたミサイルは、クモの隊列の手前で爆発する。
ミサイルの破片がクモに衝撃を与え、隊列が乱れた。
ここで、クモを徹底的に叩くようなことはせず。安全を確保しながら、進行方向右横へと90度転進し、幻影艦隊からも、アゲハからも離れる位置に移動する。もちろん全力加速を止めないし、迎撃しない訳ではない。
3機のエイシが6挺のクロイカヅチを乱れ撃ちする。
数匹のクモを撃ち落とす戦果が索敵システムで確認できた。琢磨の作戦第一弾は、望外の戦果があがった。彼は牽制になれば良いかな、と言っていたからだ。
『アナタたち、パパに迷惑かけないでよ』
『捕まったら死んじゃう鬼ごっこだよ~。がんばってね~』
『作戦を第2フェーズへ移行。進路変更しろ・・・。そして、斬り拓け!』
『「承知っ!!」』
琢磨の操縦する機体は、まったく危なげない。
『クロー君、黒刀は振りかぶるではなく、振り抜くようにすれば良いんだよ。それに貫いても良いかな。黒刀の斥力場が敵を斬り裂くから、力は必要ないね』
命が懸かっているからか?
それとも琢磨のアドバイスだからか?
クローにしては珍しく素直に聞き入れる。
『ふむ、心しようぞ』
クローは琢磨のアドバイスに応えるように、近づいてきたクモ3匹を斬り裂き、突き刺す。 先程からタクマ機の巧みな援護によって、どうにかクロー機は戦線離脱せずに済んでいる。いくら琢磨がクローにロイヤルリングを与え、エイシを調整してもクロー機の動きはぎこちなかった。
エイシの性能のおかげか、キセンシの時よりは戦闘力が上がっているようだが・・・。
『ソウヤ君、黒雷を撃ちまくれば良い訳ではないんだよね。連射モードで追い込み、通常モードで確実に撃破すれば良い。連射の時、逃げ道を用意しておいて追い込むと、より簡単かな』
「そうかよ。やってやるぜ」
それがデキたら苦労しない。
まったく簡単に言ってくれるぜ。
人ならば相手の目や表情を視るなり体全体を視野に入れれば、動きを読むこともできるし、フェイントで誘導することもできる。
クモの何を視て動きを読めってんだ?
それに追い込もうにも、クモの動きの特徴なんて良く知らねぇーぜ。
それでもソウヤは、黒雷でクモ数機をまとめて消滅させる。
作戦開始から1時間近く経ち、既に第11フェーズに入っていた。
いったい何フェーズで終了するのか?
先がまったく見えないぜ。
『作戦最終フェーズ。進路変更。決戦だ!』
ジヨウの声が鼓膜を叩いた。
待ち望んでいた台詞だった。
『「承知っ!!!」』
ソウヤ機とクロー機が、予定ポイントへと急速に方向転換する。
だが、タクマ機が僅かに遅れた。
クモの群れが、取り残された獲物に殺到する。
『琢磨さん!』
『逃げてぇー!』
『今、往くぞ!』
「クソ!」
ジヨウ、レイファ、クロー、ソウヤが絶叫したが、恵梨佳、遥菜は動じていなかった。
琢磨は殿を務めるためにワザと遅れたのだ。
黒雷を正確無比に連射して、クモの急所に精確に直撃させる。
撃破されたクモの機体が、後ろから殺到するクモの邪魔になり混乱を生む。
闇光するダークレーザービームの的にならなかったクモが、重力場でタクマ機を固定し、攻撃を加えようとする。
タクマ機の動きが鈍くなる・・・はずだった。
しかし、刹那の逡巡もない。
『どっ・・・どういうことだ?』
クローの口から思わず困惑が零れおち、ソウヤは疑問の言葉にする。
「琢磨さん、黒刀を抜いてないぜ」
『〈マイマスターに変わり説明します。通常エイシもキセンシも、レーザービームによる反動を抑えるよう戦術コンピューターによって機体の姿勢制御されています。マイマスターは姿勢制御をオフにして、黒雷の反動も利用して機体を動かしています〉』
タクマ機を重力場で固定していたクモの半数を5匹を黒雷で撃破する。
次の瞬間タクマ機は抜刀し、黒刀の斥力場が殺到してくるクモの存在を許さない。タクマ機は周囲のクモ全匹を斬り裂いた。
離れた位置で混乱していたクモ達は、黒雷の的としてのみ存在する。次々と黒い光に呑み込まれていった。
「オレの分も残しておいて欲しかったぜ」
『琢磨さんを敵に回すぐらいなら、帝国軍全軍を敵に回した方が勝てる気がするぞ』
クローは呆れた口調だった。
『それは事実だわ』
「どんだけ、父親を敬愛してんだよっ」
クモの切り崩しに成功したので、撤退の余裕が生まれた。
『ソウヤ君、クロー君。まだ、終わってないんだけどね』
クモの追撃を華麗に、かつ危なげなく躱し、牽制の射撃放ちつつ琢磨が軽い口調で伝えた。
ソウヤ機とクロー機にも攻撃の手が及びんでいる。2人は危なっかしく、クモの攻撃を躱しきれず、装甲を傷つけながら必死に予定ポイントを目指す。
予定ポイントには楓艦隊が展開し布陣を完了させていた。
『主砲斉射!』
約100隻から放たれる主砲の光条は壮観であった。恒星の傍らを航行しているかのような光に包まれる。戦艦が溶けださないのが不思議なぐらいだった。
しかも対エルオーガ軍特殊装備に換装しているため、エナジー比率はレーザー光よりも荷電粒子の方が圧倒的に多い。つまり通常装備と比較して、光量が少ないにもかかわらずだ。
『誘導機雷ミサイル、敵前方に展開。主砲第二射、ぅてぇー』
パウエル中将の低重音の声が、艦隊全艦に響く。
本格的な艦隊戦の幕開けであり、同時にアゲハのマーブル軍事先端研究所から続く脱出行の幕引きともなった。
琢磨の作戦案どおり、楓艦隊は機動力を活かし、幻影艦隊を半球包囲で火力を中心に集中する。見えない戦艦が次々と撃沈する情報が、旗艦の戦術ディスプレイに表示されていく。
圧倒的な戦力差を前に撤退を計るエルオーガ軍だったが、時は既に遅かった。幻影艦隊の後方からは、棚橋艦隊が楓艦隊本隊への半球陣へと追い込むように、苛烈な攻撃をしながら進軍している。
楓艦隊107隻に対して幻影艦隊18隻。
幻影艦隊の戦艦は、オセロット王国の戦艦より一回り大きいが、上回る性能は時空境界突破航法と隠密性、それに戦闘機体の格納数だけだった。
半球包囲陣に追い込まれる前に、無理やり転進した敵艦もあったが、却って楓艦隊の良い的となり、死期を早めた。
幻影艦隊の残存艦数隻が半球包囲陣に飛び込み、決死の中央突破を試みる。
楓艦隊による一方的な蹂躙があるのみとなっていたが、如何に多数対少数の艦隊戦とはいえ、死兵と化した敵を殲滅するのは難しい。それに損害も大きくなる。
楓艦隊は半球包囲陣の中央をゆっくり解くと、幻影艦隊が脱出しようと殺到する。
その場所を満身創痍で抜けた艦が、2隻も存在した。
しかし幻影艦隊の残り2隻は、楓艦隊の罠である誘導ミサイル機雷網へと突入し、死の網に絡め捕られる。
逃走先を残し、そこに誘導する。そして逃走先の場所には、罠なり伏兵なりを配置するのだ。
戦法としては基本である。つまり効果的であるからこそ、基本戦法なのである。
戦場とした予定ポイントに楓艦隊の本隊が到着してから、2時間と少し・・・。
旗艦”楓”のコンバットオペレーションルームのセントラルホログラムに、敵味方の陣形がデフォルメして表現されていた。今は幻影艦隊の陣形が消滅している。
陣形が崩れて、散り散りとなったのではなく、消滅である。
これは、エルオーガ軍の戦艦を1隻残らず撃破したことを示しているのだ。
アゲハとエルオーガ軍の間に開かれた戦端は、楓艦隊に到着より幻影艦隊を殲滅して終了した。翻って楓艦隊の損傷は中破以上の艦はなしという、これ以上にない結果で終了であった。
その戦端を開いた・・・というと語弊がある。しかし、戦わざるを得ない状況で奮戦したアゲハ船内で疲れ切ったソウヤたちに、別の戦いが待っていた。
「さて、8時間後で良さそうかな」
静かになったコンバットオペレーションルームに、琢磨の声が響いた。
「そうですね、お父さま」
「レイファ。後で、ドレスに着替えるわよ」
「どうしてなの~」
「パーティーするのよ。私もドレスに着替えるわ」
「なるほど、戦勝パーティーをするのだな。もちろん我らも参加せねば話にならんぞ。そうなのだろう?」
「無論だとも。君達には大きな功績があるからね」
「大きな功績・・・どういう事ですか?」
ジヨウの質問に、琢磨は軽い口調で、重たい事実を告げる。
「王位継承権9位と10位の王女を救ったからね。この戦勝パーティーでは、大きな顔で参加すれば良いさ」
ソウヤとクロー、レイファは言葉が出ないほど驚いていた。ジヨウも驚愕していたが、その驚きをポイントのずれた事を口にする。
「しかし、まだ危険がなくなったとは限ら・・・」
「もう、危険はないわ」
「オセロット王国の領域内で楓艦隊に守護されています。ここで戦いを挑もうというのは、愚か者を通り越して、自殺志願者であるとしか言えませんね」
ジヨウの責められている姿で、ソウヤが驚きから立ち直り、次にクローが立ち直る。
「ジヨウは心配しすぎだぜ」
「そうだぞ。少しは前向き考えないと、頭が禿げ上がっていくぞ」
「上手くいったから良いが、先遣隊の棚橋艦隊が破れてたら、戦力に逐次投入という愚を犯すことになってたんだ」
ジヨウの台詞が負け惜しみであると、全員理解していたので、満場一致でスルーする。
「さて、戦場の処理は楓艦隊に任せるとして、まずは休息かな! 今から7時間後に、ここに集合としよう。パーティー準備はホストの役割だから、僕たちが用意することになるんだよね。ああ、料理とか配膳とかはロボットに任せるけど、君達は正装して、礼儀作法を覚えたりしてもらおうか。ただ安心していいよ。立食パーティーにして、儀典は極力排除するから心配はしなくて良いかな。それに、僕も苦手なのさ」
「お父さまの場合、パーティーへの出席率をあげれば、自然に身につくと思われます」
「パーティーってことは大勢くるんだ。お前らが心配だな」
ついさっきまで戦争していた。
だがオレたちは、生き残ったぜ。誰一人欠けることなく・・・。
それが、ほぼ琢磨さんの力に因るものであっても、誰も死ななかった。
今はこの結果を喜ぶが、いつかはオレだけだったとしても、ジヨウたちを護れるようになってみせるぜ!
そうさな・・・今はこの結果を愉しむとしようか・・・。
「オレたちは、肉を喰ってればイイんだぜ。ジヨウ」
「そのとおりだ、ジヨウ。我ら元帝国軍の軍人になぞ、誰も興味はないだろう。存分に肉を喰らえば良いのだぞ」
クローの台詞に、恵梨佳は苦笑を隠せなかった。確かに、元帝国軍の軍人には興味はないだろう。何せ帝国軍の捕虜はたくさんいる。だが、早乙女家がソウヤたちの後見役を引き受けると発表してしまった。早乙女家に繋がりのない将校は、彼らに群がってくるに違いない。
「ジヨウ君。お肉、食べられるといいですね。・・・無理でしょうけど」
心配性のジヨウに、透き通る声音で不吉な予言を授けると、疲れを癒すべく恵梨佳は遥菜とレイファを伴って、コンバットオペレーションルームを後にした。
次にソウヤとクローがバカな議論をしながら、コンバットオペレーションルームを立ち去ろうとする。その時、琢磨がソウヤに声をかける。
「ソウヤ君、君の姓はフタカミというらしいけど、漢字はあるのかな?」
「あるぜ。漢数字の二に、神様の神と書いて”二神”っていうんだ」
「そうか・・・妻の実家の姓は”ミカミ”。漢数字の三に神様の神で”三神”なんだよね」
「ほう、我はオセロットが姓だと思っていたぞ」
「突っ込むとこ、ソコじゃないぜ。それが、なんだってんだ。オレの方の数字が上だからって、ヨンカミとか、ゴカミに改姓する気はないぜ」
「ゴカミはいるかな。それに改姓を薦める気はないんだよね。ただ、君は退屈しない人生を歩むことになる」
「ふむ、ソウヤは見ているだけで、退屈しないぞ。それに、波乱万丈はヤツの望むところだろう。いい様だぞ、ソウヤ」
「最後の台詞が本音かよ、クロー。しかも退屈しないから波乱万丈って、忙しさが格上げされてるぜ。まあ、忙しいのを押し付けられるのはゴメンだが、退屈しないのは歓迎だぜ」
琢磨は意味ありげな微笑みを浮かべる。いや、微笑というには表情の下に悪意が含まれていた。ほくそ笑むというか、ばれていない悪戯の仕掛けが残っていて愉しみにしているか、そういう類の笑みだ。
遅れないようにと言い残してから、琢磨が先にコンバットオペレーションルームを立ち去った。
後に残されたソウヤとクローは視線を交わすと、悪い顔になる。
「オセロット王国に行っても愉しくなりそうで、我は嬉しいぞ」
「周りが原因なら、少しぐらい大事になっても言い訳がきくからな。愉しくなりそうだぜ」
「天の川銀河で、人類最果ての国に赴くのだ。人類への迷惑は最小限で済むぞ」
「いくらオレでも、人類にまで迷惑かけないと思うぜ。暗黒種族への迷惑なら、まっっったく気にしないけどなっ」
「奇遇だ。それは、我もだぞ」
天の川銀河系の辺境が、これから賑やかになるのは間違いない。
それがオセロット王国にとって幸いとなるかは、この時点では判らない・・・。