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3.魔法使い(本当は王女)

 王女だ姫だとチヤホヤされても、結局は王国の“財産”でしかないのよね。
『世界を救った者と姫を結婚させ、次の国王とする』――なんて御触(おふ)れを出されてしまうあたり。
 お父さまは私のことを「宝物のように大切だ」と(おっしゃ)っていた。けれどまさか本当に、宝物のように救世のご褒美(ほうび)にされてしまうとは思わなかったわよ。
 
 私だって、王族にそれなりの責任や務めがあることは分かっている。
 だけどそれが、顔も知らない救世主と結婚して、この国をその人にあげることだとは、どうしても思えない。
 だから、考えに考えた末、決めたのだ。「だったら、私自身が世界を救ってしまおう」……と。
 
 勝算の無い賭けではないと思っていた。
 王女の特権をフルに活かして習得しまくった趣味の魔法は、宮廷魔術師のじいやからも「筋が良い」と()められていたし……。
 本や下町出身の下働きたちの話から、外の世界の知識も得ているつもりだった。
 ……知識と現実とのギャップが思いのほか大きくて、いろいろと戸惑ったり、やらかしたりしちゃったのは……まぁ、何と言うか誤算だったのだけど。
 
 私には、身分や肩書というものがイマイチよく分からない。……と言うか、外に出るまで意識したこともなかった。
 たぶんそれは私が元々、身分を気にして相手への態度を変える必要もない立場の人間だからなのだろうけど……。
 だから、ビックリしたのだ。
 外の人間が思っていたよりずっと、身分や職業に縛られていて、差別したりされたり、理不尽な問題がたくさん起きていることに……。
 
 特に、貴族が威張(いば)り散らして一般人をイビっているのには、どうしてもガマンができなかった。
 王女としても見過ごしておけない。だから、つい、家出中のお忍びの身で、王女と分からないよう変装していたことも忘れて、飛び出してしまったのよね……。
 
 でも、王女でも何でもない“ただの魔法使い”が、貴族をどうこうできるわけがなかった。
 魔法を使えば簡単にこらしめられるけど、人へ向けて、しかも街中で魔法を使うのは御法度(ごはっと)だ。騒ぎになれば私の正体がバレてしまう危険もある。
 思わず飛び出したはいいものの、何もできずに困り果てていた私を助けてくれたのが、あの人だった。
 
 ……まぁ、「助けられた」というより「一緒に逃げた」と言った方が正しいのだけど。
 でも、助かったと思ったのは事実だし……ドキドキした。
 男の人に、あんな風にぎゅっと強く手を握られたのなんて、初めてだったのだもの。
 
 助けてくれたその人が、“勇者”と目されている人間だと知った時、運命だと思った。
 これはもう、ついて行くしかないと思った。
「俺は勇者なんてガラじゃない」「もっと世界を救えそうな奴はいっぱいいる」なんて謙遜(けんそん)するあの人を、追いかけて、説き伏せて、無理矢理パーティーの一員になった。
 
 勇者と呼ばれるその人は、実際近くで見てみると、周りの評判ほどには勇者らしくない。
 かなりいい加減だし、頼りない部分もたくさんある。
 でも、世間知らずで魔法使いとしてもまだまだ未熟な私には、これくらいの“ゆるい”勇者の方が合っている。
 モンスターに遭遇してはキャーキャー騒ぎ合い、ダンジョンの中で迷っては、互いのせいにしてプリプリ文句を言い合う。だけどその空気感が、何だか心地良いのだ。
 
 彼は、私の正体を知らない。
 彼に言わせれば、私は無意識に“上から目線”で高飛車なところがあるらしいから、“どこかの令嬢が気まぐれで冒険者をやっている”くらいには思っているかも知れない。
 だけどまさか一国のお姫様が泥にまみれて冒険しているなんて思わないでしょうね。
 
 世界を救ったその後、この人はどうするのだろう。
 御触れの通り、姫との結婚と玉座を求めるのだろうか。
 その時、私はどうするのだろう。そして、逆にそれを求められなかったとしたら、どうするのだろう。
 今はまだ、分からない。今はただ、この人たちと一緒に世界を巡るのが楽しくて仕方がない。
 辛いことも苦しいこともあるけれど、あのまま城の中にいたら、こんな気持ちは味わえなかった。
 そして、この旅が終わって城へ戻れば、もうきっと二度と、こんな経験はできない。
 
 世界は救われなければならない――そのことは分かっている。
 だけど……もう少しだけ……あと、ちょっとだけでいいから、普通の女の子でいたい。
 
 この旅が終わったら、ちゃんと王女に戻るから。
 人前で感情を(あらわ)にしたりせず、自由の無い生活にもガマンして、ちゃんと王族の務めを果たすから……。
 だから、今だけはまだ、恐いものをキャーキャー恐がって、胸がキュンとするのを素直に味わって……自由に心をドキドキさせることを、許して欲しい。
 
 今日も私は仲間とともに、フィールドを駆け回り、杖を振る。
 王女ではなく、一人の魔法使いとして。
 世界を救うために戦っているはずなのに――旅の“終わり”を目指しているはずなのに……なのに、私は心のどこかで「この旅がまだまだずっと続いていって欲しい」なんて、そんなワガママなことを考えてしまっているのだ。

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