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1.勇者

 気がついたら“英雄”だとか“勇者”だとか呼ばれていた。
 皆が、まるで傑物のように俺のことをもてはやす。
 だが俺は知っている。
 自分が全くそんな器ではないことを。
 本当はいつだって、何もかも放り出して逃げ出したくてたまらない。
 それなのに、いつの間にかこうなってしまったのは、俺が貧乏クジばかり選んで引いてしまう損な性分だからなのだろう。
 
 物事というものには、どんなものであれ、大概、原因があり、理由があり、ターニングポイントがある。
 どんな大きな災厄であれ、よくよく目を()らして見つめていれば、その前兆は見つかるものだ。
 だが残念なことに、誰もがそれに気づけるわけじゃない。
 大概の人間は、そんなきっかけや前触れを、そうと気づかず見逃して、みすみす災いの種を育ててしまうものだ。
 だが俺は、運が良いのか悪いのか、そういう勘だけは優れていた。「これをこのまま放置していたら、大変なことになる」「これがいずれ、世界崩壊の引き鉄となる」――そういうことに、気づいてしまう性質だった。
 
 もちろん、気づいたからと言って、初めから「俺がこの災厄を未然に防いでやるぜ」なんて思い上がっていたわけじゃない。
 そんな危険で、面倒くさくて、大変そうな役目、誰が好き好んで引き受けるものか。
 できれば俺よりもっと優秀な、他の誰かがそれをしてくれればいいと、本気で願っていた。
 だが悲しいことに、俺一人しか気づいていない災いの芽の話など、誰に言ったところで信じてもらえない。「お前は心配性だな」と一笑に付されて終わりだ。
 
 このままでは確実に、良くない未来が来る。周囲だけでなく、俺自身にも危険が及ぶ。
 分かっているのに何もしないでただソレを待っていることなど、できるはずがない。
 他人を動かせないなら、自分で動くしかない。
 力不足だったとしても、無駄に終わるかもしれなくても、せめて後悔の無いように、自分にできるい精一杯のことはやっておこう――最初は、そんな程度の気持ちだった。
 
 何も知らないド素人だったから、初めのうちは思考錯誤の連続だった。
 うっかり死にたくないという思いだけはあったから、慎重に、地道に、一歩ずつ……トロいくらいの足取りで前へ進んだ。
 自分自身の未来のためでもあるとは言え、誰からも認められないまま、たった一人で災いの芽と闘い続ける日々。その孤独感には、さすがに時折凹んだりもしたものだ。
 だが、そのうちに開き直った。
 独りの方が、マイペースにできていいじゃないか、と。
 
 皆は俺が一日も歩みを止めず、一時たりとも休むことなく世界を救おうと足掻いていたと思っているようだが、実際は違う。「今日はもう疲れたから、ここまで」と、今日できることを明日や明後日に先延ばししたり、「もうこんなことやってられるか」と投げ出して何日も放置したりはザラだった。
 だが、俺の闘いに目を向ける者がいないということは、サボったところで誰も咎める者はいないということだ。
 とてつもない苦労をしているのに誰からも称賛されないというのは、限りなく空しいものだったが、そういう点ではラクだったとも言える。
 
 あの頃は俺の活動自体、誰からも理解されなかったから、「ヘンな人だと思われてるんじゃないだろうか」と、結構ビクビクしていたものだ。
 それが、いつ頃からだろう……。気づけば、俺と同じ行動をする者が現れだした。
 俺に話しかけてくる人間が現れ、応援してくれる人間が現れ、ついには協力者や仲間までできた。
 
 不思議な感覚だった。
 他に誰もやってくれなさそうだから仕方なしに重い腰を上げ、自分のペースでダラダラやってきたことが、さも偉業のように褒め称えられる。
 
 俺も人間なので、そんな風に祀り上げられれば多少は調子づく。
 本当は相当テキトーにやってきた部分も多々あるというのに、「最初から全て計画通り」「常に全力で事に当たっていました」という顔で苦労を語ったりもした。
 だが、調子に乗っていると痛い「しっぺ返し」が来るのが世の中というものらしい。
 俺はいつの間にか“その道の第一人者”のように見做され、常に注目されるようになってしまった。
 
 皆が俺に世界の救済を求め、一挙手一投足を期待を込めて見守ってくる。
 もはやこれは監視。人の目でできた檻だ。
 俺はいつの間にか勇者という“役”から逃れられなくなっていた。
 それが、俺の実力に見合わない大役だとしても……。
 
 皆は俺が「世界を救うためなら自分の命さえ惜しまない」人間だと思っているらしい。
 だが、決してそんなことはない。死ぬのは普通に怖いし、嫌だし、できることなら今すぐにでも、この役目を全て他人に押しつけてしまいたい。
 だが、どうやらもう、そういうわけにはいかない所まで来てしまったらしい。
 
 避けることのできない道を選び続けて、気づけばいつの間にか、逃げ道の無い袋小路に追い込まれている――人はこういうものも、“運命”と呼ぶのだろうか。
 
 ……まぁ、他に道が無いなら、もう仕方がない。
 だからと言って、世界のためにこの命を差し出す気もさらさら無いのだが。
 
 仲間のできた今、以前のようなペースで、とは、なかなか行けなくなってしまった。
 最初は俺を尊敬の眼差しで見ていた仲間たちも、そろそろ俺のグータラぶりに気づき始め、ダラダラしていると(げき)を飛ばしてくる。
 ……まぁ、怒鳴られるくらいならまだしも、聖女に冷たい目で見られるのは地味に一番キツい。
 出会った頃はキラキラしていた彼女の目が、だんだん(あき)れ、白け、冷たくなっていくのは、何ともやるせなくて仕方がない。
 だが、幻滅しても、呆れても、皆、俺を見捨てずについて来てくれる。
 この仲間に恵まれただけでも、世界を救おうと立ち上がった甲斐(かい)はあるのかも知れない。
 
 今日も、きっと明日も、俺たちの前には困難ばかりが待ち受けている。
 それを想像するだけで、正直ベッドから起き上がりたくなくなる。
 だが、もうそういうわけにもいかなくなってしまった。
 俺はまたいつものように、仲間に叱咤(しった)されながら、トロトロと装備を整える。
 完全にマイペースとはいかなくなってしまったが、ハイペースに無理をする気も毛頭無い。
 急いで(あせ)って俺や仲間の命をうっかり失くしてしまわないように、あわてず、ゆっくり、慎重に――今日も、世界を救いに行ってやろうじゃないか。

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