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 もしも幸せが目に見えるとしたら、今、この空間にはきっと無数の幸せの欠片がフラワーシャワーの花弁のように降り注いでいるだろう。
 ジューンブライド信者を呪っていたはずの酒井さんは、梅雨の晴れ間の青空の下、六月の花嫁になった。
 南フランスの邸宅をイメージしたという真っ白な漆喰の壁に、オレンジの瓦屋根のコントラストが美しい結婚式場。
 私たち招待客はプールのある中庭に集められ、ブーケトスの瞬間を待っていた。
 色とりどりの花々で飾られた二階のバルコニーから手を振る酒井さんの、ウエストのラインがしっかり出るタイトなウェディングドレス姿の完璧なこと。
 長身でほっそりとした彼女のスタイルを一番美しく見せる形だ。
 その隣では見るからに穏やかそうな蜂谷さんが、愛おしそうに酒井さんを見守っている。

「酒井さん、本当に綺麗」

 そう呟いた私に、隣の町田くんが「ふふ」と小さく笑う。
 趣味の一眼レフを首からさげた彼はバルコニーの二人をファインダーにおさめ、シャッターをきった。

「なに?」
「うちの奥さんが一番だけどって思っただけ」
「もう、こんなところで変なこと言わないでよ」
「いいじゃん。春子さんのウェディングドレス姿、最高だったよ」

 町田くんが臆面もなくそんなことを言って、今度は私にレンズを向けた。
 火照る頬を手のひらでおさえるようにして隠すと「可愛いなぁ」なんて鼻に皺を寄せる。

「こらそこー! ひとの結婚式でイチャイチャしない!」

 酒井さんが目ざとく私たちにむかって叫んだ。
「すみませーん」と町田くんが大げさに笑って頭をかいてみせる。
 そんな二人のやりとりを見て、周囲からもドッと笑い声があがった。
 平和な結婚式の一コマ。
 酒井さんは蜂谷さんと顔を見合わせて、私が見たことのないような幸福感に満ち溢れた微笑みを浮かべた。
 幸せそうでよかった。

 実は結婚式の数日前に酒井さんの推しのアイドルに熱愛が発覚し、ものすごく落ち込んでいた。
 一部ではこのまま結婚式が延期にでもなるのではないかと噂されたほどだ。
 だけど、それを同じファンである蜂谷さんがそばにいたことでなんとか乗り越え、今日という日を無事に迎えた。
 酒井さんは今回のことで自分を理解してくれる人がいてくれてよかったと言っていたけれど、一般人である私にはそんな気持ちは分かるはずもなく、沢井さんなどは「アイドルの恋愛ゴシップごときで結婚式を延期にするなんて馬鹿なんじゃないですか?」と毒づいていた。
 最近、木原さんのおかげで随分まるくなったと思っていたのに、なかなかのパンチのきいた発言だ。
 でも言葉はきついけれど、それくらい酒井さんのことを心配していたんだと思う。
 それは私も同じで、無事に今日という日が迎えられたことが心から嬉しい。

 披露宴の司会進行役がブーケトスの始まる合図を出す。
 酒井さんは鮮やかなオレンジを基調としたブーケを頭上に高々と掲げて、歯を見せて笑った。

「いーい? いっくよー! せーの!」

 眩しいほどの青空に、ふわりと舞い上がるオレンジ。
 酒井さんの振りかぶった手のひらから放たれたブーケが弧を描いて、中庭に落ちてくる。
 それは私の予想通りの軌道をなぞり、沢井さんの手の中にすとんと収まった。
 やっぱり。酒井さんなら、そうすると思った。

「次は沢井ちゃんと木原くんねー!」なんて叫ぶ酒井さんはおもしろがっているようで、きっと本心では後輩たちの幸せを願っている。
 そんな気持ちを知ってか知らずか、沢井さんはブーケをホームラン予告よろしく木原くんの眼前に差し出し、「聞きましたか? 次ですって! 次!」と猪突猛進の姿勢だ。
 木原くんはそれを憮然とした顔で受け止めているけれど、きっとあれはまんざらでもないんだろう。
 そんな二人を見て、町田くんが笑っている。その笑顔に胸のなかがじんわりと温かくなった。

 私たちは時に迷い、悩み、常に自分の進む道を模索しながら生きている。
 長いようで、等しく限りのある人生、色んな道のりやゴールがあってもいい。
 恋愛は絶対に必要なものではないし、恋をすることで生まれる苦しみや失うものもあるけれど。
 それでも私たちはかけがえのない人に出会って、自分が自分でいる意味を、その人の存在が力になることを、幸せを分かち合うことを知った。
 だからきっとこの先も笑ったり、泣いたりしながら、好きな人の手をとって歩いていくのだ。
 
(了)

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