無言王子動く
カウンターで相変わらず鷹弥は無表情だった。
カケル「なー。鷹弥、さっきひなと一緒に入ってきたよな?」
カケルが鷹弥に声をかける。
鷹弥「んー……コーヒー飲んだ」
またいつもの返事かと思ったら意外な返事が返ってきたからカケルは驚いた。
カケル「え?ひなと?二人で?なんで?」
鷹弥「んー…」
あ、まただんまりかよ。
とカケルは思った。
鷹弥「あのさ、お前も今日のアレ、行ってたんだろ?」
後ろで盛り上がってるBBQの話をさして鷹弥が言った。
カケル「あー、昼間だけな。」
鷹弥「んじゃアイツの彼女にも会ったの?」
カケル「…会ったよ。うちのメンツもすっかり馴染んじゃって酒も入ってるし勝手にLINEのグループ招待したりしてたから…写真とかあるしひなももうわかってんじゃない?」
カケルはそう言いながら日向がいるテーブルを見る。
鷹弥はさっき公園のベンチで日向がスマホを片手に難しい顔をしていた事を考えていた。
鷹弥「それでか…」
あ…鷹弥がイラっとしたのがカケルにはわかった。
鷹弥「ねぇ。その彼女の名前、“あかね”?」
カケル「そうだけど…」
カケルは奥をチラっと見た。
さっきから会話の途中で“茜ちゃん”とよく聞こえてくる。
日向はカウンターを背にしていて表情はわからない。
鷹弥「あのさー…」
今日は鷹弥がよく喋る。
鷹弥「ちょっと頼んでいい?」
カケル「え…?何…?」
(鷹弥さん…ちょっと怖いんですけどー)
鷹弥「日向、こっちに呼んで。」
カケル「は?俺が?」
鷹弥「俺が呼んだら周りがうるさい。お前の方が自然。」
カケル「えーっと…」
鷹弥「お願い。呼ぶだけでいいから。」
(こんなふうに言うのはかなり珍しいな)
カケルは少しため息をついてカウンターからひなを呼んだ。
カケル「ひなー!ごめん、ちょっとビール取りに来て!」
カケルは圭輔も一緒に来たらどーすんだよ、と思いながら一か八かでひなを呼んだ。
日向「カケルちゃん、ビール?」
日向が一人で来てカケルは安心する。
カケル「ん、あの…」
とカケルが言いかけたら鷹弥が横から
「今日はココで飲んだら?」
と隣りの席にぽんと手を置いた。
その行動にカケルはビックリしたがそのあとの日向の返事にもさらに驚いた。
「えー…っと…じゃぁ…そうしよっかな?」
えーすんなり?!この二人…コーヒータイムに何があったんだ?!
カケルはちょっとわけがわからないまま鷹弥にビール!と言われてビールをついで渡した。
ただ…
(それ以降この二人…無言なんですけどー???)
いつもなら会話をしない鷹弥とでも意思疎通ができるくらいコミニュケーション力があるカケルだがこのよく分からない展開に少し戸惑っていた。
でも日向には鷹弥が言った理由がわかっていた。
日向(この人、また助けてくれたんだ。)
また落ち着く無言の中で馴染んでるとカウンター越しのカケルの方がこの状況についていけない、という顔をしてる事に日向が気付いた。
日向「えー…っと…二人は高校の同級生なんだよね…?」
日向は当たり障りのない会話を投げかけた。
鷹弥「そう。」
当たり前のように鷹弥からは一言の返事が返ってきた。
日向「カケルちゃんは高校生の時どんな感じだったの?」
鷹弥「結構今のまんま。人たらし。」
と鷹弥が言うと「おいっ!」とカケルが突っ込んだ。
鷹弥「モテてたよ。女からも男からも…」
と鷹弥が言うと
カケル「そうなのよねー。その時に男も恋愛対象でいけるって気付いちゃってー」
とカケルが言って鷹弥が笑う。
日向「えぇー??カケルちゃんてそうなの?」
カケル「あ、ひな知らなかった?俺、男も好きになるよ~」
と言って顔を近付けてカケルがニヤっと笑う。
日向「カケルちゃんが恋敵だったら勝てる気がしないよ」
と言ってから日向はハッと真面目な顔で…
日向「もしかして…二人って…」
と鷹弥とカケルの顔を交互に見る。
鷹弥・カケル「ないから!!」
二人の返事がハモって3人で笑う。
日向の笑顔にも安心したが
カケルはこんなに穏やかに笑ってる鷹弥を見るのは久しぶりだと思った。
日向「ちょっとトイレ行ってくるー」
とひなが席を立って階段の方へ向かった。
すると奥から圭輔も階段の方へ行く。
それに気付いた鷹弥が溜息をつきながらそれに続く。
カウンターの中でその様子を見てカケルは一人ヒヤヒヤする。
日向がトイレから出ると
(圭輔さん…っ……と鷹弥??)
圭輔がひなに声を掛けようとすると鷹弥が横から
「どーぞ!」とトイレに入れと促す。
鷹弥は元々無表情だけど、圭輔は明らかに鷹弥を睨みつけてる。
不穏な空気にいたたまれなくなって日向は先に階段を降りた。
途中でトイレのドアがバタン!と閉まる音が聞こえた。振り返ると鷹弥が階段から降りてきた。
日向(あれ?トイレじゃなかったの?)
そのままカウンター席に戻る。
相変わらず鷹弥は何も言わない。
圭輔がトイレから出ると鷹弥はいなかった。
圭輔「くそっ…やられた!」
圭輔はそのままカウンター席のひなの所へ向かった。
圭輔「ねぇ。そろそろひな、返してくんない?」
日向の肩に手を回しながらギュッと日向を引き寄せて圭輔は明らかに鷹弥に向かって言った。
日向「え、ちょっと圭輔さん!酔ってる…?」
人前なのにあまりに近くて日向はビックリする。
日向(カケルちゃんも二人の空気に困ってる。どうしよ…)
でも追い打ちをかけるように鷹弥が日向の腕を掴んで
鷹弥「今ココで話してる!」
と言って一食触発状態。
えぇー!どうしよー
と日向が困っていたら
「カケルちゃーんオカワリ~♡」
とアキが割り込んできて助かった。
…でも相当酔っている。
アキ「あれー?ひな、また無口王子の横で飲んじゃって~♡コノコノ~」
(アキちゃん…今それは禁句です…)
日向が思うと、鷹弥はアキのノリが苦手なのかスっと手を離してくれた。
圭輔のスキンシップはいつもの事だから見慣れてるようで、お酒を受け取ると
「はいっ!店長も行きますよー」
と言って見事に圭輔を連れて行ってしまった…
日向「えー…と…」
日向が言葉を出した。
カケルは黙ってカウンターの中でグラスを吹いてるが明らかにこっちを意識してる。
鷹弥との無言が気まずいのは初めてだ。
日向「なんかごめん。ちょっといろいろ勘違いされちゃってる…ぽい…かな?」
日向は鷹弥がどう思ってるのかが謎すぎてなんて言っていいのかわからない。
鷹弥「勘違いじゃないから。」
そう言って鷹弥はクイッとお酒を飲み干した。
日向「…でもやっぱり今日は戻るね。
みんなできあがってるから今日はお開きも早いだろうし!」
と言って日向は席を立った。
戻る前に「あの…ありがとう…」
ボソッと鷹弥に言った。
日向が席を離れてから
鷹弥「…なんで戻るんだよ…っ!」
と明らかにイラついてる声で鷹弥が言った。
カケル「お前さー…急にエンジンかけすぎだよ…こっちがヒヤヒヤするわ」
とカケルが言うと
鷹弥「うるさい」
と鷹弥が言い返した。
鷹弥「…帰るわ。」
と言って鷹弥はその日、日向より先に店を出た。
カケル「へー…鷹弥のやつ…ひながいるのに先に店出たの初めてだな…」
カケルがボソッと言った。