バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

拗らせ美人

ここはオフィスやファッションビルが立ち並ぶ市街地の少し奥。賑やかな夜の街並みから脇道に入ったところにある隠れ屋的場所だ。

ダイニングBAR 『brushup』
扉が開いて一人の女性が入る。

咲坂 日向(サキサカ ヒナタ) 27歳。
大手メーカーの営業職。
標準的な身長だが立ち振る舞いから存在感があり、華奢な身体は透き通るような白い肌で綺麗な長い髪をサラっとなびかせる…誰もが振り返るくらいのとびきりの“美人”だ。

「いらっしゃい」
カウンターから声を掛けたのはこのBARのオーナー兼バーテンダーのカケル。

日向は数ヶ月前から仕事帰りに一人でここへ立ち寄るようになっていた。
「ビールください」
と言って日向はいつものようにカウンターに座る。

日向が初めてこの店に入ったのは彼氏にフラれた後だった。

同僚だった彼の方から日向を好きになり付き合いを始めて順調だと思っていた矢先
「お前は何も言わないから気持ちがわからない」
そう言うと彼はあっさりと浮気相手に乗り換えた。
順調だと思っていたのに、何を言って欲しかったんだろう。日向にはわからなかった。
その前の彼氏は束縛が激しく、仕事にも影響する程だったので話をすると
「お前がいろんなところで色目使うから悪いんだろ!」と言われた事を思い出す。

日向は(また私のせいか…)と思い、帰り道を呆然と歩いてるところ見つけたのがbrushupだった。

薄暗い店内は意外と広く、カウンターの奥にテーブル席が少しとダーツなんかもできたりする。ワイワイ楽しむのもいいが、カケルの付かず離れず、聞き上手で話し上手な対応は、1人で落ち着いて飲むのにも最適な空間だった。

その日も日向は仕事に行き詰まってbrushupに寄って帰ることにした。

営業職は、負けず嫌いで勝気な日向には向いていると思っていた。昔から女子の馴れ合い的な群れが苦手だったのもあり、同僚に男性が多いのも、不必要なお世辞や同調がいらなくて日向にとっては仕事がやりやすかった。

でもどうしても日向の“外見”は目立ってしまう。
『咲坂さんは美人だから…』
男女問わず周りの目は、仕事で成功しても上司に気に入られても、全て“外見”で判断される。自分の“中身”の方が外見の付属物に思えて、日向はずっと前から『美人』と言われる事が苦痛だった。

そして恋愛もそうだった。
日向の容姿から、男は寄ってくる。でもそういう男たちは『勝気な美人』を理想とするのか…恋愛になって従順な姿を見せると「なんか違う」と去っていく男も一人ではなかった。
負けず嫌いで勝気ではあったが、恋愛となると純粋で尽くす面もある。一見、それはいい事に思えるが、その日向の“内面”を良しとする男になかなか出会えず、過去の彼氏に言われた言葉も日向の中にどんどん重く重なっていく。
大人になるにつれて日向は“恋愛拗らせ女”になっていた。

「なんかあった?」
カケルがカウンター越しに日向に声をかける。

「んー…べつに何も。うん、“いつもの事”かな」
日向は笑って答えた。

それ以上カケルは何も聞かない。
カケルはカウンターをほとんど一人で回していたので、ただ上手にその時カウンターにいる客と客を繋ぐ。
人見知りな日向もその巧みなカケルの存在感に、常連同士一人で来る人と話す機会も多かった。

ふと日向が奥のテーブル席を見ると、よくいる人たちがその日も楽しそうに騒いでいた。いつも賑やかな派手なグループで日向は少し苦手だった。何度も居合わせていても毎回数人が固まっていたので、日向が話す機会は一度もなかった。

ただいつも一人だけ、目で追ってしまう人がいた。その人はいつもそのみんなの輪の中心にいて“圭輔”と呼ばれていた。
整った顔立ちに、いつも楽しそうにその輪の中でじゃれている笑顔は人を惹き付ける魅力がある。

突然、その“圭輔”がカケルにお酒を頼みに友達とカウンターへやってきた。
日向のすぐ横にいる。

圭輔「カケルちゃーん、ジントニックね」
そう言うとすぐ横で話をしながらお酒が出されるのを待つ。

友達「圭輔お前、またあかねちゃんに浮気バレたんだって??何回目よ」
一緒にいた友達が笑いながら圭輔の肩に腕を回しながらおちょくるように言った。

圭輔「数えてねーよ。でも今回もアイツ怖かったなぁ~…まっ…仲直りHは最高だったけど~♡」
友達「お前ホント最低な!…てかあかねちゃんって怒ったりすんの??」
最低と言いながらその友達は笑いながら話す。
圭輔「そりゃするだろ!」

あ、この男、最低だ______。
不意に聞こえてしまった会話に日向は嫌悪感を抱いたが、この最低男の恋愛観に少し興味を持ってしまっていた。

圭輔と話すようになるのはこの数日後だった。

しおり