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17話





12月になった。



外はめっきり寒くなった。


いつもの週末がやってきた。



しかし、もうZOOMホストも、デートもない。



楓さんと出会う前はよく寝られていたのに、あれからは夜あまり寝れない日が続いて、目の下にはクマができるようになった。




何か私の胸にぽっかり穴が空いたようだった。

あれから、何度か朝比奈さんからメッセージがきたが、私が答えることはなかった。

彼女は私に嘘をついていたのだ。なぜ答える必要があるのだろうか?

しかし、私の胸は締め付けられるように痛んだ。

彼女だって理由があるんじゃないの?


いや、嘘をついていい理由なんてあるはずないじゃない。





もう東京タワーには近づけなくなっていた。

歌舞伎町にも。特にガイアの近くには。


でもなぜかスマホに残した彼女と撮った写真はデリートできなかった。




今日はどこにも出かけず、家にいよう。


そう決めたのだけど、何もする気が起きない。


することといえば、ミーくんとじゃれ合うことだけ。



あれだけ好きだった映画を見る気もしない。休日はよく映画をみていた私にとって考えられないことだった。それはやはり彼女のせいだった。


全て彼女のせいだと思った。


彼女が悪いのだ。



ベッドに寝転がって、悶々とする。


あーでもない、こーでもないと考える。


でも、何も解決策は思いつかない。


彼女を一人ホテルに残して自分は逃げ出したことの罪悪感にも襲われた。

一人残されて、彼女はどう思っただろうか?


彼女はなぜあんなことをしたのだろうか?


なぜホテルで働いていたのか?


なぜ映画界を去った?


なぜ私を好きだと言ったのか? 


なぜ私にキスをしたのか?


なぜ私は彼女を好きになったのか?



私は女性と交際していたのだ。私はレズビアンなのか?


いろんな疑問が頭を渦巻いた。


答えは出なかった。


彼女に直接聞くこともできたのに、しなかった。


こんなことなら、彼女と出会わなければよかった。


コロナ禍前に戻りたかった。


心が苦しかった。




もし戻れるのなら、戻りたい。


彼女を知らなかった頃に。


そうすれば私の心は曇りなく、晴れやかな生活を送れていただろう。




そんな時、またメッセージが届いた。


元彼のヤスシからだった。


「君の声が聞きたい」と書かれていた。私も聞いてみたいと思った。


電話をかけた。


「ヤスシくん?」

「ありがとう、電話をくれてーー」


私は泣き出していた。



「カナ?」

涙が止まらなくなっていた。

なぜかはわからない。

彼の声を聞いて何か張り詰めていたものが決壊したのだ。


「大丈夫?」

心配そうな声。


久しぶりに聞く。

私は彼との大学時代、甘い記憶を思い出していた。


「お前に会って話がしたい」と彼は言った。


「私も・・・・・・」だけが私が言えたことだった。


だが脳裏に朝比奈さんの記憶がちらついた。






2日後の昼間、私はヤスシとカフェで落ち合った。



静かな店内。客はあまりいない。


彼はコーヒーを注文して待っていた。

私はアイスティーを頼んだ。対応に来てくれた若いウェイトレスの女性が長身で綺麗な人で、マスクをしていたけど目が似ていて一瞬ドキッとしてしまい、注文を噛んでしまった。彼に気づかれていないか心配になった。



彼はマスクを外していた。 私もマスクをとって彼の顔をよく見る。



前よりも違って見えた。

それに、大学の時よりもたくましくなっていた。

ジムとか行ってるのかな?


席についてから、コロナの話とか、映画の話、仕事の話をした。

たわいもない、当たり障りのない話。

でも彼の緊張した顔から察するに、もっと重要な話があるはずだ。



「あのさ、話って何?・・・・・・」


私とよりを戻したいのか。それ以外にないことはわかっていた。

いや、それとも大病をしたとか

好きな人ができたの? そんなわけない。


でも・・・・・・


「今お前、付き合ってる人いるのか?」


少し考えて、答える。


「いないよ」


なんとか、顔に出さないように、平然と答えたつもり。


また、心が締め付けられるように痛んだ。

嘘だから。

これを彼女が聞いたらどう思うだろうか? 彼女を突き飛ばして別れた時の彼女の切ない、悲しそうな顔が一瞬浮かんでしまった。


私はとんでもないことをしてしまったのではないか・・・・・・




「そうか・・・・・・」


黙ってしまった。


アイスティーをすする。彼もコーヒーを一口。


大学を卒業してから何年も会ってない彼。

今まで何をしていたのか。

ユイを通して、噂しか聞いていない。




「一人になって、わかった。カナ、お前を幸せにしたい。お前と幸せになりたい。俺と結婚してくれないか・・・・・・」


それはまた付き合いたいという願いではなかった。

シンプルな求婚。


そんなこと、人生で人から初めて言われた。

嬉しくなかったと言えば嘘になる。



彼とはもう何年も前に別れたのに。こうして言ってくるということは、相当思いつめていたのだろう。


「でも、私たち別れたでしょう・・・・・・?」


「ああ、わかってる。どうしようもなかったんだ。母親が認知症になって。ずっと看病をしなければならなかったんだ」

初耳だった。驚いた。私はてっきり好きな人ができて、それでフラれたのだと思っていたのだ。


「わかってる。あの時言うべきだった。でも、言えなかった・・・・・・すまん・・・・・・」


これは何かの夢だろうか?

最近、不意打ちで重大なことを打ち明けられるのが多すぎる。


「え、本当に?あなたのお母さんが?」

「ああ」


彼から大粒の涙が溢れた。


いつも笑っていた彼が泣いているところを初めて見た・・・・・・




「それで、お前も学校卒業したら就職するし、新たな出会いもあるだろう、幸せになれるだろうと思って、身を引くことにしたんだ。俺といれば、お前を幸せにできないから。看病につきっきりになるから。それで、お前に嘘をついた」



そんなことってないよ・・・・・・

いつも明るく振舞っていたのは嘘だったの?



「私、あなたに新しい恋人ができたんだろうって・・・・・・。ユイもそう言ってた」


私の心は張り裂けそうになって、言葉も出なかった。別れ話を切り出されたあの日の夜、人目を忍んで泣いて泣いて泣きまくったあの夜。

ミーくんを飼おうと決めたのもあの時だった。

最後の涙。

それらの記憶が押し寄せてきた。

そして、突然ある思いが。

あの夜、彼女も泣いただろうか?


「実はユイに相談したんだ。彼女も協力してくれた。お前と別れてからは看病と仕事の毎日・・・・・・そしてコロナが蔓延し始めてすぐに母親が癌にもなった」


「そんなの知らなかった・・・・・・お母様が?」


「ああ、でもこの前、一ヶ月前に亡くなったんだ」

また彼の目から涙が落ちた。


「お、お気の毒に・・・・・・」と返すのがやっとだった。



もう、見てられない。


テーブルに置かれた彼の手の甲に、私の手を重ねる。


彼は人目も憚らずに泣いていた。



「今、俺は一人になったんだ。家も買った。コロナで一人の寂しさが身にしみてわかったんだ。お前をやはり愛していることに気づいた。俺と一緒に。結婚して、暮らさないか?」


あまりにも急すぎる話だった。


でも、悪い話でもなかった。


実質、もうすぐ私は25。 四捨五入したら30。

結婚のことについて考え始めていた。その矢先にあらわれた、あの男と思っていた女性。


コロナ禍で、私の人生はなんと狂ったことか。


こんないろいろなことがたて続けに起こるなんて。


「カナ・・・どうだ?」

「私、わからない・・・・・・」



私の脳内で、彼と暮らす未来を考えた。


幸せになる未来が、浮かんでは消えた。


「時間、時間をちょうだい・・・・・・」


「そ、そうだよな・・・・・・」


「うん・・・・・・」


「お前、ホストに入れ込んでるって噂を聞いたんだけど、ホントじゃないよな? 貢いでるとか、そんなことしてないよな?」


「え、どこから聞いたの、そんな話。ウソに決まってるじゃん・・・・・・」

「なら、よかった」



彼の発言のせいで、また彼女のことを思い出した。

忘れようとしていたのに・・・・・・


私のスマホが鳴った。電話だった。

テーブルが振動でブルブルと揺れる。


それは、朝比奈さんからだった。 なんと悪いタイミング。


着信拒否設定にしていない私も悪かった。

なぜしなかったのか。

写真まで残して。


「電話、出ないのか?」


「あ、うん・・・・・・」

スマホを手に取り、電話を切る。


彼は不審そうに私を見る。


「知らない番号からだった」


「そうか・・・・・・」


「ちょっとトイレ行ってくるね」


そう言って私は席をたった。



トイレの鏡で自分の顔を見る。大丈夫、取り乱してなんかない。


スマホをチエックする。やはり、彼女からだった。


電話に出るべきだっただろうか? いや、もう彼女とは別れたのだ。自分を偽って私に近づくなんて、ひどいことだ。電話なんかに出てやるもんか。


ヤスシのことを想い浮かべる。


私はもう、新しい人生を歩むのだ。朝比奈さんなしで。彼女なんかより、ヤスシの方がずっといい。ヤスシとは3年も一緒にいたのだ。入学式で話をした時から彼のことを意識していた。



彼と結婚して何がいけない?

そう考えていた時、またスマホが音をたてて震えた。


メッセージ。 朝比奈さんからの。


画面を見る。




「カナへ。もう連絡をしません。今まで騙していてごめんさない。さようなら。」


ずっとそのメッセージを見つめていた。


「さようなら」



その言葉の意味。


ホテルでの、彼女の最後の姿。


胸に晒を巻いていた彼女。


彼女と過ごした日。


全てが思い浮かんだ。


私の心はゆれた。


メッセージは返さなかった。既読もつけなかった。






トイレから戻ると、彼はコーヒーを飲み干していた。


「大丈夫?」と彼は声をかけてくれた。

「うん・・・・・・」

私の顔色が悪かったのか? 青白くなっていたのかな?



「さようなら」

その言葉。


それからの会話はあまり覚えていない。



また会う約束をして、別れた。

別れ際に、私は彼を慰めるように優しくハグをした。


彼のぬくもりを感じた。


自分から男の人をハグしたのはいつぶりかな?




アパートに戻った時のことも。


ミーくんがどう迎えてくれたかも。



ベッドに倒れると、スマホの写真フォルダーを開けた。


そして、思いきって朝比奈さんと東京タワーで撮った写真を見る。


彼女の笑顔。そして食ったなく笑っている私。


彼女の笑顔は、微笑んでいるけど、どこか寂しそうだった。


私といる時、楽しかったのかな?





そうだったらいいな・・・・・・

短い間だったけど・・・・・・



なんか、涙が出てきたよ・・・・・・


あれ、おかしいな。

おかしいよ・・・・・・


彼女のこと、忘れたはずじゃん!


涙が止まらなかった。


ヤスシの悲しい境遇のことも脳裏にあったからかもしれない。私の両親は健在で、大病もしたことない。母親を亡くすなんて、なんと悲しいことだろうか?




東京タワーでなぜ彼女があまり写真を撮りたがらなかった理由がわかった気がした。

もし自分が彼女の立場だったら、自分の偽りの姿を写真に残したりするだろうか?


心配して、ミーくんが私の頭に顔を近づけて涙を舐めとろうとした。それでも、涙は止まらない。





彼女はずっと苦しんでいたんだ。




本当に私のことが好きだったんだ・・・・・・!


一緒に撮ったとんこつラーメンの写真を見てまた泣いた。


彼女は本当に味わえていたのか? 味もしなかったかもしれない。


どれだけ、勇気がいっただろうか? 私に告白した時。


ホテルに誘った時。


なんで私、そんな彼女の気持ちに気づかなかったの?



「さようなら」



スマホの電源を落とす。



これ以上、見てられない。


ある一つのこと。



私も彼女を愛していたんだ。


「さようなら」




別れて、初めてわかった。



何とバカなワタシ。

何で、彼女を突き飛ばしたりなんかしたの?


驚いたから?

同性だったから?

同性にキスされたから?

それが理由?


性別なんか関係あったの>


彼女の気持ちを、苦しみを考えたことがあったの?




愛っていったい何なんだろうか?


今すぐ、彼女と会いたかった。

会って話をしたかった。


またスマホの電源をつけて、電話をかける。


通じなかった。


メッセージも返した。「会いたい」って。

既読がつくことはなかった。



またあの言葉。「さようなら」がちらつく。


私は、彼女がお店に出勤しているかもしれない



すぐに立ち上がって、椅子に座り、パソコンを開いて、ZOOMホストにアクセスする。



「ガイア」の店長の古賀さんが出迎えてくれた。



「カナさん、またご来店くださり、ありがとうございます」


私は息急き切って言った。


「あの! 楓さん、出勤してますか? 話したいことがーー」


「楓さんですね、彼はお店を辞めましたよ、昨日」




心臓を氷で貫かれたような気分になった。







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