第百二話
クシクシとコートの裾で顔を擦り、涙を拭っている様はまるで小動物だ。
「……可愛い」
口は災いの元。零れ落ちた言葉を回収できる術はない。
「え? ……オジサン、マジで変な人じゃないよね?」
彼女は引き攣った顔で鞄からスマホを取り出した。
通話画面を開き、1、1、と——。
「あっ、いや、違うんだ! これは……っ!」
通報されるっ!
「あっははははは! 面白いねオジサン! 通報なんかしないってば。でも……さっきの顔……マジで必死すぎて……あははは!」
体をくの字に曲げ、笑い倒している彼女。
なんなんだこいつは。
俺をおちょくっているのか?
まごついていた俺はだんだん腹が立ってきた。
大人げないとは思うが、不愉快な感情が隠しきれない。
それを見て彼女は笑うのを止めた。
「ごめんごめん。ついね…………。でもオジサンに声掛けられたの初めてだよ」
彼女が口元を隠してふふっと笑う動作に一々魅入ってしまう。
「これも何かの縁だし、自己紹介でもしよっか! ……じゃ、まずはオジサンから」
「俺?」
「そっ。最初に話しかけてきたのはオジサンなんだから、オジサンから名乗るのが礼儀でしょ?」
まあそれもそうか。
だが苛立ちを忘れたわけではない。
オジサンオジサン煩い奴だ。