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ケバブ!

 結論だけ述べよう。

 大変美味であった。

 店を出た私達はその後も下降を続け、また大通りに行き当たったので、そこで右に折れた。
 また右に曲がる。

 つまり、降りるのはやめて、今度は登ることにした。これまで来た方向に戻るわけだけど、道は当然違うから、それだけで楽しめた。

「エッフェル塔とか行かないでいいの?」とカズナリ君が聞いてくる。
「明日行こっか?」
「じゃあ、そうしよっか」
「うん」

 カズナリ君が笑う。

「サエさん、あんまり観光名所にも興味無さそう」
「うーん、そんなこともないけど、そういうところより知らない街を散歩してたりする方が楽しいと思う」
「生活を感じられて?」
「うん。本物っぽい。カズナリ君は?」
「俺もあんまり人多すぎると辛いかな」
「並んだり出来ないタイプ?」
「そうだね。待つのが嫌というわけじゃないけど、なんか並んでるのが嫌だね」
「そうなんだね」

 何気ないおしゃべりから、カズナリ君のことを知っていく。何でもないことなのに、一つ一つを楽しく思った。

 私達の泊まっているホテルがある大通りに出た。

「どうする?ホテルで休憩してく?」

 それだけなら中々際どい言葉を、カズナリ君が平気で聞いてくる。

「んーん、まだ良いかな」
「そっか」
「カズナリ君は大丈夫?疲れた?」
「いや、俺も大丈夫」

 そう言って微笑む。カズナリ君は思った以上にたくましい。さっき持ち運ばれた時も思ったけれど、かなりの筋肉質だ。

 もしかしたら、私達がカズナリ君の部屋から退散したあとに、筋トレや持久力をつけるためのトレーニングをしているのかもしれない。

「サエさん?」

 なんとなくジッと胸の辺りや、まくり上げたシャツから伸びる腕を凝視してしまっていた。特に腕はスラッと伸びていて、美しい気すらした。

「・・・カズナリ君って、腕長いって言われない?」
「えっ、初めて言われたけど」

 照れ隠しに変なことを言ってしまった。

「じゃ、今度はあの道を登ってみよう」

 気を取り直して、私達はさっきサクレクール寺院に向かったのとは別の道で、丘を登ることにした。

 サクレクール寺院は右側にあるから、左側の方を攻めてみようという話になった。せっかく来たのだから、休んでいるのがもったいない気分だ。

「なんかさ」カズナリ君が言う。「ケバブ屋多いよね」
「ね」
「食べたい、ね」
「ね」

 私達はケバブの匂いにいざなわれた。

 モンマルトルのケバブは、日本でたまに食べるよりも大きくて、厚紙の箱にきちんと入れられて渡された。フライドポテトも添えてある。

 店内で食べている他の客のケバブを見ると、二人で一個で十分の大きさだったので、一個だけ注文した。

 歩きながらつまむことにした。田舎者くさいかな?と思った。昔、アダムスファミリーかなんかを見ていたら、女性が男性に「田舎者くさいからやめて」と怒られていた。

 そのことをカズナリ君に話すと「まぁ、良いんじゃない?実際、田舎者だし」と言って、全く気にする様子もなく、ケバブにかじりついた。一口が大きい。

「ん~、スパイシー」

 美味しそうだ。

 ケバブを渡されて、私もかぶりついた。口の周りがオレンジ色のソースでベチャベチャになった。でも、すごく美味しかった。

「にへへ」

 思わず笑みがこぼれてしまう。

 カズナリ君は一瞬驚いたようになって「サエさん、はしたないですわよ」と言って、ナプキンを渡してくれた。

 でも、カズナリ君もよく見ると、目の下にソースがくっついていた。どうしたらそんなところにつくのか。

「あらあら、カズナリさん、お里が知れてよ」

 太一にするように、反射的に手を伸ばす。

 あっ、背高い。

 当たり前だけど、カズナリ君は太一じゃなかったことが意識される。すると、反射的な行動がちょっと恥ずかしくなって、手が中途半端なところで縮こまった。

「んっ」

 カズナリ君は何を思ったのか、身を屈めて、顔を拭きやすいようにしてきた。目をつぶって、口元には微笑を浮かべている。

 絶対遊んでる。

 私はナプキンにおばあちゃん並みにツバでもつけて、拭いてやろうかと思ったけれど、やめた。というか、出来なかった。

 ドキドキして挙動不審になる前に、カズナリ君の目の下にナプキン越しに触れた。私が使ってないところを神経質に選んで、やっぱりまつ毛長いなー、なんて思いながら拭いた。

「はい」

 拭き終わって、手を離すと、カズナリ君は目をぱっちり開けて、ニカッと笑った。

「ありがとー」

 天真爛漫に笑いかけてくる。

「赤ちゃんみたい」

 皮肉や嫌味でなく、素直に、好意的な意味でそう思った。つい微笑み返してしまう。

「ばぶー」

 カズナリ君はおどけた。子どもたちにも人気なのがわかる。

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